第10話 初心者にしか出来ない依頼って何?!
タッタッタッタとコンクリートを蹴る足音が早朝に響く。
その音のリズムは早く、何か慌てているようだった。
「急ぎましょう。依頼人が待ちくたびれて、干からびてしまいますよ」
「そんなに暑くないでしょ!今!」
朝日が昇ったばかりだから涼しいくらいだ。何なら少し肌寒い。
だが、それは今のうちだろう。
僕達はギルドに向かって、朝からずっと走り続けているのだ。
早朝に走らされるなんて部活か?と懐かしい気持ちが溢れる。まだ数日しか経ってないのにね。
しかし、そんなことはどうでもいい。
本当に納得いかないのは、アテスが僕より速いことにある。
こんな僕でも陸上の世界でなら、かなり有名だった自負がある。
だけど、アテスはその僕よりも速い。
しかも、彼女の顔からまだ余力が残っている気がする。畜生!
とは言え負けず嫌いの僕の努力もあり、過去最高速度でギルドに辿り着いた。
「はぁはぁ……疲れたー」
「驚きました。意外と速いんですね」
「お、なんだ?皮肉か?」
息切れしてないのによく言うよ。
「それでここまで急ぐ理由って何だっけ?」
「ですから、依頼人がお待ちしてると」
「昨日の話だと、7時くらいからお話しするって言ってたよね」
現在の時刻は5時くらいだろうか?
まだ2時間くらいあるのに、何故急いでいたのかすごく気になる。
「……ほら、朝の運動って素晴らしいものじゃないですか」
「間違えたんだね」
「最近、体を動かすことが少なかったので丁度良かったです」
「いや、誤魔化しきれないよ」
何なら最近、体を動かすことの方が多かった気がするけど、アテスの記憶には微塵もないようだ。
脳内USBメモリを変えた方が良いんじゃない?
しかし、彼女も失敗することがあるんだなーって安心した。
完璧に見えた少女も少し抜けているところがあって可愛いものだ。
「まあ来てしまったものはしょうがないので、一旦中に入りましょうか。もしかしたら、既にいらっしゃるかもしれませんし」
「ギルドって、こんな朝早くからやってるもんなの?」
「毎日24時間営業です」
コンビニやないか。そんなに便利な場所やないぞ。
食事ができたり、依頼を受けたり、魔石を売ったりすることぐらいだ。
ちなみに、昨日の魔石は合計で銅貨10枚だった。
薬草の依頼はなんと……銀貨2枚にもなった!過去最高金額だよ!
「とにかく、中で確認をしましょう」
「そうだね。決めつけはよくないからね」
僕達はギルドの中に入っていく。
早朝ってこともあってか、中は閑散として、受付嬢も「ふあぁ」っとあくびを恥ずかしげもなく晒している。
そんな状況で依頼人が来ているとはやっぱり思えないのだが。
そんな呆れをよそに、アテスは眠そうな受付嬢に話しかける。
「すみません、チームリンリンという者ですが」
「ちょーっと待って」
アテスの腕をぐいっと引っ張り、耳元で尋ねる。
「何その名前。どこでつけたの?」
「つい最近ですよ。やっぱり一体感があった方が良いじゃないですか」
「にしてもダサすぎるよ!何で僕の名前を2度使うんだよ」
アテスって意外とネーミングセンスがない?
いやいや、咄嗟に思いついた可能性だって考えられる。
「ダメですか……昨日寝る前に考えたんですけど」
「やっぱりかい」
馬鹿正直に答えてくれてありがとう。
「まだ仮名ですので、また今度考えましょう」
「……そっすね」
一旦この話を終了して、アテスは再び受付嬢に確認をとる。
そのやり取りを横で聞く。
「えぇっと話を戻します。昨日お願いされて特殊依頼を受けに来たのですが、依頼者はご来店されていますか?」
なんかファミレスみたいな言い方だな。
「わかりました。担当者に確認をしてきますので、ここで少々お待ちください」
そう言って受付嬢は奥の扉に入っていく。
待っている間に気になったことを聞くことにする。
「ねぇねぇ、特殊依頼って普通のと何が違うの?」
しれっと言ってたけど、昨日の時点では一才話には出てこなかった気がする。
そもそも、どういった経緯でこんな話が舞い込んできたのかを話さなければならない。
昨日、僕達が薬草の依頼を報告に行った時のことだった。
報告書と共に薬草を渡し終えた際、その受付嬢から1つお願いをされた。
「貴方達、初心者冒険者にしか頼めない仕事がある」と。
詳しい話は依頼者本人から聞くことになっているため内容は知らない。
流石に、初心者の僕達には難しい話だと思い断ろうとしたけど、その会話の中にドーピングを仕込まれてしまう。
もし引き受けてくれるなら、今回の依頼報酬を2倍にしてくれると。
もうね、首を縦に振るしかないよね!
だって銀貨1枚だったのが2枚に増えるんだよ!
だからね、僕達はこうして指定された時間(2時間前だけど)にやって来たわけだ。
「すみません、お待たせしました。確認が取れたので今から案内をします」
しばらくして、先ほどの受付嬢が戻って来た。
その嬢がカウンターに備えられている小さな扉を開き、嬢が入るあの扉の奥へと案内する。
初めて見るギルドの裏側。
扉を開ければ書類とかがいっぱい!みたいなイメージだったけど、そんなことはなかった。
廊下。何ら変哲もない普通の廊下。
木造の学校とかで見るような古びた感じ。
左右の壁には複数の扉が備えられて、その上にはネームプレートのような物があり、そこが何の部屋なのかを記している。
嬢が先頭を歩き、ギシッギシッとリズミカルな音を奏でている。
続いて僕達が歩き始めると3つの音が重なり合い、はちゃめちゃなハーモニーが繰り広げられた。
静かな空間のせいかよく響く。
何か少し気になるので、ちょっと波長を合わせようと歩く速度を上げてみたり、下げてみたりする。
どうしても納得のいく速度が掴めないまま、ハーモニーはやがてソロ活動を始める。
「イテッ」
アテス達が歩みを止めたことに気づかず、アテスの背中にぶつかってしまった。
痛くはないけど、つい反射的に言ってしまうのは人間のサガ。不思議なものだ。
「あ、すみません」
「いや、こっちこそごめん。ちょっと気が散ってた」
片手を振り何ともないことを示す。
10:0で僕の過失なのだから、アテスが謝る必要がないのにと思った。
多分、僕のイテッに反応して謝ったのだろうけど、つい。
それにしても……良い香りだったな。
香水なんて高価な物は買ってないはずだし、シャンプーとは違う別の良い匂いがしてドキッとしてしまった。
その匂いの正体が何かを考えていると、嬢が口を開く。
「こちらにございます。まだお客様はお見受けられないので中でお
「……了解です」
でしょうねって思ったけど口にはしなかった。えらいぞ僕。
目の前には隣接された2つの扉があり、ちょっぴり装飾が施されていて、他の扉とは異彩を放っていた。
扉を開けば、ザ・客間って感じの対面に並ぶソファーと長方形の机があった。
僕がクロードと話した時もこんな感じだったのを思い出す。
ソファーに座り、差し出された紅茶を一口。
「ふぅ、落ち着く」
「そうですね。こうやって飲む機会すら、貴重なモノですからね」
確かにね。
最後に飲んだのはクロードと話した時以来だ。
それ以降は水しか飲んでいないから、すごく美味しく感じるよ。
「それでは何かあればカウンターの方まで。紅茶のおかわりはあちらにありますので是非」
そう言い残して嬢は部屋から退室する。
ここから後2時間も待つのかーっとのほほーんと思う……いや、結構キツくないか?!
ウッ…とあくびが出そうになるのを堪える。
しかし、そんなのは序章に過ぎなかった。
静寂な空間が僕達を襲う。
朝早かったし、走ったのも合間って、瞼が段々と重くなってくる。
寝て待つのも失礼な気がするし、何とかしようと目をパチパチと瞬きの回数を増やす。
ヤバい…寝るって思った時だった。
「……それにしても今日は良い天気ですね」
沈黙を破るようにアテスが口を開くけど…。
あ、これ会話の引き出しがない人の始まる方だ。
て言うか絶対アテスも頭が回ってない。
まあ……そうだね。会話に花咲かせて眠気を吹き飛ばすとしますか。
「雲ひとつないしね。心地いいよ。それで話が360度くらい変わるけど」
「いや1周して元に戻ってるのですが」
「アテスっていくつなの?」
「何か反応くれないと少し寂しいですね。それで何故急に?」
「ふと気になってね。アテスって大人びてるから、もしかして歳上なのかなって」
見た目だけでなく、落ち着いた雰囲気とか、豊富な知識とかを見てると、かっこいいなーって憧れの念があるのだ。絶対に彼女には言わないけど。
「そうですね、大体100歳ぐらいですかね」
「え!?ウソ!?エグい若造だな!」
「エグい若造って何ですか。冗談ですよ」
「…!?主人にウソをつくなんて……そんな子に育てた覚えはありません!」
「なんか今日のリンさん、すごいウザ…変ですよ」
おや、何か酷い言葉が聞こえた気がするけど、アテスはそんなこと言う子じゃないので空耳だ。
「それでいくつなの?」
「15です」
「あら、かわいいでちゅね。ちゃんとお年齢を言えるなんて良い子、良い子」
「バカにしてるんですか?」
「はい」
うわ、露骨にウザそうな顔された。お面越しでもわかる。傷つく。
これ以上イジると後が怖いのでやめておこう。
まあ一旦冷静になって…。
「……本当に15歳なの?」
「急に冷静にならないでくださいよ。温度差で風邪をひきそうです」
「風邪ひくんでちゅか。おネンネしまちょうね」
「……」
「本当にごめんなさい」
こっわ。
嫌悪と軽蔑の眼差しを同時に感じることになるとは。
「コホン、それで話を戻すけど、アテスと僕って同い年なんだ」
「そうですね。私もビックリしました。こんな子供が同い年だなんてね」
「ひどーい」
「ふふ、お返しです」
何ら変哲のない会話。少しおかしなところがあるとするなら僕のテンションだろう。
こういうアテスが困惑するようなことをしてみたいと思っていたのだ。
それに彼女の元気が戻ったようで安心する。
意外と自分のミスを引きずる子なのだと初めて知った。
やっぱり年相応だ。
子供同士、僕達は会話に花開く。
たわいもない時間というのはあっという間に
時を刻む。
そして、扉からコンコンと音が鳴る。
そこで会話がピタッと止まり、ほんわかしてた気持ちを引き締める。
「失礼します。お客様をお連れしました。どうぞ中へ」
「は、はい!」
高い声。おそらく女性だ。
さながら婚活に来た人みたいに、ドキドキしながら入って来たその人を見る。
案の定、その人は女性だったのだが、思いの外若い。いや、ものすごく幼い!
「ええっと、お名前言えるかな?」
「は、はい!ミアはミアって言います」
あー、かわいいー!
この初々しい感じが僕の母性をくすぐる。今この場で妹にしてしまいたい。
そう考えると、隣の奴は全く可愛げなかったな。優雅に紅茶なんて飲んでるし。
「はぁ」
「何か失礼なことを考えていません?」
「いえ別に」
可愛げのない妹を無視して本題に戻る。
「それで何をして欲しいのかな?」
「そのー、ママに誕生日プレゼントを買いたくて」
まあ良い子!僕が同じくらいの頃なんて、何も渡したことがないよ。
「うんうん、それで何を買いたいのかな?」
「隣町にある期間限定のネックレスを買いたくて」
「うんうん……え?」
何その、あからさまな言葉文句は。
「それが明後日発売なのですけど、隣町なのでミアには少し厳しくて。……お願いです、ミアの代わりに買ってきてください!もちろん、お金はお渡しします!」
…………どうしようか?
アテスの顔を見る。まだ紅茶飲んでんのか君。美味しいよね。
……じゃなくて、もっと興味持てよ!
何素知らぬ顔をしてるんだよ!
「ええっと、もう少し情報が欲しいかな?形とか販売場所とか」
期間限定なんて物は探せばわかりやすい場所に置いてあるのだろう。
だが、そんなのはどこにでもある言葉。
間違った物を買ってしまったら、ミアちゃんに申し訳ないし、彼女も悲しむだろう。
しかし、その前に1つ問題があるのだけど。
「形は5つの花びらが合体したみたいので、色はピンクの可愛い感じて」
彼女の話を聞き、僕は既視感を覚えた。
うーん、どこかで見たことがあるようなーって感じだ。喉元まで来てるのだが。
「なるほど。絵に描いてみたらわかりやすいでしょう」
そう提案したのは、さっきまで優雅にお茶をしてたアテス。
どこからともなく紙とペンを取り出して、先ほどの情報を元に絵を描き始める。
「……こんな感じですか?」
ものの数秒で書き終えて、完成された絵を見る。
その出来は、美術館にも飾られてもおかしく無いほどの美しさ。色鉛筆が無いのが悔やまれる。
そして、その絵を見た瞬間、既視感の正体がわかった。
「桜だ」
無駄にうまい絵を見て思い出す。
ソメイヨシノって言うんだけ?それに近い形をしたネックレスがご所望のようだ。
「そう!その形です!お姉さん、絵が上手ですね」
「恐縮です」
むむ、ミアちゃんのお姉ちゃんは僕だぞ!
謎の対抗心が芽生え、脳内で戦いのゴングがカンッと鳴る。
「それで販売場所ってどこなの?」
「この街からだと……西の方にあるお店です。お店の名前は……」
「
「そう!それ!お姉ちゃん、何でも知ってるね」
「それほどでも」
こ、これは尊敬の目だ。凄いと、憧れると、僕自身も体験したことがあるからわかる。
クッ!負けた!
姉の座はアテスのものだよ!
謎のバトル(僕の中だけ)は急展開を迎え、急に終了した。
「な、なるほどね。ありがとう、これだけ情報があれはミアちゃんのお願いを叶えれそうだよ」
「本当にですか!?ありがとうございます!あ、後これを」
そう言って、机の上に差し出された5枚の銀貨……5枚の銀貨…だと?
「ミヤの全財産。と言っても、全部お小遣いなんですけどね」
「へ、へぇー、すごい」
……まさか所持金ですら負けていたとは。
ちょっと悔しいけど、お母さんにプレゼントを上げるために頑張ったんだと思うと泣けてくる。
「ありがとう、ちゃんと大事にする」
「うん」
こうして僕達は彼女の依頼を受けた。内容はお母さんへのプレゼントを購入と言った可愛らしいものだ。
可愛らしいものだけど……どうしたものか。
「で、どうするんですか?移動手段」
僕の心を見透かしたようにアテスが訪ねてくる。
「ふぅ……どうしよう?」
「何か考えがあったわけじゃ無いんですね」
「うっ……アテスに聞けば何かあるかなーって思ったんだけど……」
「無いですよ。馬車もお金が掛かりますし」
「ハハハ、ですよねー」
ご察しの通り、この世界には電車やバスと言った便利な物は存在しない。
だから、何かないかと期待をしたのだけど。
「まあ私達が出来る移動手段と言ったら、1つしかないですよね」
「……そうだよね」
「徒歩しかありません」「徒歩だよね」
息ピッタリな僕達。
「幸い、西の方なら歩いて半日です」
「結構かかるね」
「まあ軽い旅だと思いましょうか」
「……そうだね。じゃあ善は急げ。今から支度して早速街に向かうとしますか!」
僕の掛け声に反応して、アテスは返事をする。
依頼から始まるちょい旅。
それを友達と一緒にやれるなんて。
修学旅行みたいでちょっとワクワクしている自分がいるのだった。
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