第9話 魔物との初戦闘
まず最初に感じたのは花のような良い香り。
野原いっぱいに咲いてる場所に立ち、深呼吸したように心地よい感じだ。
「う、うぅん」
「お目覚めですか?リンさん」
「アテス?ここは?」
えーっと何があったんだっけ?
確か魔法の練習……いや、一発打っただけで終わったっけ。
その後、何故か倒れて……。
ぼやけていた意識が段々と覚醒する。
青い空。ゆらゆら揺れる葉っぱ。舞い落ちる花びら。
ゆっくりと体を起こせば、綺麗な少女が花畑に佇んでいた。
「ここは野薔薇の楽園。魔物が寄り付かない、美しい草原です。滅多に見ることのない安地ですよ」
野薔薇って言ってるけど、他にも色々な花が咲き誇って、地面にかかった虹のように綺麗な光景だった。
僕は眠っている最中に、アテスがここまで運んで来てくれたのか。
しかし……何だろう。少し寂しいな。
もうちょっと構ってくれても良いんじゃないかなって思ったり、膝枕をして欲しかったなーなんて思ったりと……面倒くさい奴だな僕は。
そんな思考を飛ばすように頭を振り払う。
「それで……一体何があったの?」
僕が倒れた理由。
自分に起きたことだから知らんと答えられるかもだけど、彼女なら知っているかもしれないと思い聞いてみる。
「安心してください。ただの魔力切れです」
「えぇ、それって安心できるモノなの?」
魔力切れって言わば、バケツの中に水が無くなっている状態のことだ。
水の入っていないバケツなんて、ただ円錐の角を潰したモノでしかない。
つまりどこからか水を補給をしなければならないのだ。
「おそらく、リンさんが危惧しているのは魔力の件でしょう」
心を読まれたね。超能力者かな?
「ちょこっとだけ話しましたが魔力は自然回復します。理由は……面倒なので自分で調べてください」
「どこで!文字読めないよ!」
ネットもないし、国語辞典にも載ってない!
急に面倒くさがるじゃん。
そもそもスマホがない。制服のポケットに入れっぱなしだったはず。
仮に開けたとしてもネット記事に書いてあるモノなのかって疑問がある。
まあ、いつかは調べるよ。
「それでアテスは何をしてたの?」
「薬草の採取と魔物の討伐など、資金になる物を集めていました」
そういう彼女の隣には袋に入った大量の薬草と思わしき草があった。
だが、魔物の姿は見えない。
逃げた?いや、アテスはそんなタマじゃないよなー。
「アテス、魔物はどこ?」
「ああ、そう言えばまだ教えていませんでしたね」
アテスはポケットをゴソゴソとし始める。
出てきた手は握られていて、何か持っているようだった。
そして、何かを握った手を開くと、七色の石がそこにはあった。
1つ手に持ってみると、研磨されたみたいにツルツルとしていて、そこら辺の石とは違うみたいだ。
太陽に
「これは何?」
「魔石と呼ばれる、魔物の命の源です」
「えぇ」
驚きつい手放す。
地面に落ちていくそれをアテスが空中でキャッチした。
おお……じゃない!
だって、命の源ってことは心臓ってことだよね?
えっ、魔物の心臓ってこんなんなの?!
体を引き裂いて取り出したのを想像したら、少し気持ち悪くなった。おえ。
「そ、それでこの魔石ってのはお金になるの?」
「この大きさですと銅貨1,2枚程度にはなるかと」
「大きさで変わる物なの?」
彼女が今手に持つまさかは小石程度。
そこら辺に転がせば、どこに行ったのかわからなくなるぐらいの大きさだ。
「そうです。金貨1枚相当となると……あの岩と同じぐらいになるんじゃないですか?」
「え、でか!こんなの待てないじゃん」
アテスが指差したのは僕の身長の半分くらいの大きさの岩。
これを袋に入れて歩こう物なら、ズリズリと大地とのハーモニーがそこらじゅうに広がるのは必須。
移動しづらいし、魔物にも見つかる可能性だって上がるかもしれない。
……いや待てよ。もしかしたら、熊よけの鈴みたいによって来ないかもしれない。命名、魔物よけの鈴。
そんなバカみたいな思考を巡らす。
「他にも判定基準があります。それは魔石の密度が濃ければ濃いほど価値が上がります」
「へぇー、でも、そういうのって判別難しそうだよね」
濃度なんか目で見てわかる気がしない。沸騰でもさせれば良いのだろうか?
「そこはプロですから安心して任せて良いですよ」
「まあそうだよね。素人が口出しするもんじゃないな」
「てな訳で、今から魔物の討伐に向かいましょう」
「どういう訳!?」
僕が戸惑っている隙に、アテスは腕を掴んで来た。
良い笑顔を向ける少女は、森の方に視線をずらし歩き始める。
「あぁ」っと情けない声を出しながら、同じように森の中に入っていく。
全然話の脈略がないまま、僕は魔物の討伐に付き合わされるハメになったのだ。
「気をつけてください、そこに木の根っこが。あ、そっちには鋭い木の枝が」
ガサガサと茂みを揺らし、道なき道を歩んでいる人影が2つ。
会話だけ聞けば子供相手に注意を向けている人っぽく思うだろう。
「いや、あの……アテスさん?そこまで気を使わなくても、しっかりと見えてますので。この両目でしっかりと」
まあその相手は10代半ばの高校生なんだけどね。
最善の注意と言えば聞こえがいいが、加減てのを知った方が良いかもしれない。
べ、別に子供扱いされてることに怒ってる訳じゃないからね!
単純に信頼されてないのかなーって不安になってるだけだし。
……アテスに大事にされてるんだって思えば心が弾むし良いか。というかそれしか思いたくない。
それにしても、森の中はどうしてこんなにも綺麗なのだろうか?
深呼吸すれば、体の不純物が吹き飛ぶような清々しい気持ちになる。
空気が澄んでるってこういうことなのだろう。
「あ、リンさん。あそこに魔物がいますよ」
「……マジかー」
森の恵みを堪能していたのも束の間、美しい景観をぶち壊すような恐ろしい存在が近くにいるらしい。
草むらに隠れてその存在を確認する。
「数は1匹ですが、もしかしたらどこかに隠れているかもしれません」
「じゃあ危険だね。やめよう」
「そんな時に使うのが、魔力による空間把握です」
「……はい」
僕の話に耳を傾けないアテス。まあ良いけどね。
それで彼女の話に戻るけど、どこか耳にしたことがある単語が飛び出して来た。
確か、昨日の勉強の時に…。
「簡単に申しますと、魔力で空間を把握するです」
「うん、そのままだね」
どこぞの環境大臣か。
「では、お手本を」
アテスが目を閉じる。
それはさっき僕が魔力を放出する時にやった動きと同じ。
無防備な姿……何かイタズラしたいな。
今まで散々いじられて来たのだから、少しくらいはお返ししても良いんじゃなかろうか。
試しに柔らかそうな頬っぺたを摘むとする。
そう思い手を伸ばした瞬間、バシッと手首を掴まれた。めっちゃ痛い。
ていうか見えているの?的確に僕の手首やるじゃん。
「ほっっっそい手首ですね」
「……余計なこと言わんくてよろしい」
掴まれた手首を振り払う。
少しビックリしたけど、多分これが空間把握能力の一環なのだろう。
これ以上、彼女の邪魔をするのはやめておくとする。
「……大丈夫そうです。行きましょう」
「うん、何が大丈夫なのかを詳しく」
別にアテスを疑ってるわけじゃないんだよ。ただ、今までの言動を聞いていると言葉足らずの大丈夫は不安しかない。
「マモノハイッピキシカイマセンヨ」
「何故カタコト?ねぇ、ねぇてば」
声かけも虚しく、アテスは魔物の前に躍り出だ。
僕は彼女の後ろに隠れ、魔物と目を合わせることを拒絶する。
「安心してください。あの魔物はそれほど強くありません。剣を抜いてください」
「う、うん」
アテスの前に立ち、生まれて初めて抜く本物の剣。
知識なんてない。でも、これが上等な物だと瞬時にわかる。
西洋の歴史、コロッセオの剣闘士が使いそうなその武器の刀身は、キラキラと光を反射して切るどころか見惚れてしまった。
見た目にそぐわない軽さ、手に馴染む不思議な感覚。
ここまで素晴らしい物はそうそうない。
感動さえ覚える……が、それを凌駕するほどの恐怖があった。
「はぁ…はぁ…はぁ…」
手が震える。汗が出る。呼吸が荒くなる。
生物を殺すことへの畏怖と死ぬかもしれないことへの恐れに、心が打ち砕かれそうだった。
このまま逃げてしまおうと、少し後退りしたところで、僕の掌に温かい何かが乗る。
「落ち着いて、リン。敵から目を逸らしてはダメよ」
見ればそれはアテスの手だった。
視線をその手の主に向ける。
彼女は魔物から目を離さず、警戒心をむき出しで睨みつけていた。
「怖いでしょう。でも、この世界で生きていくには覚悟を決めて」
「わかってる……けど」
どうしても足がすくんでしまう。
大体、温厚育ちの僕には無理な話だったのかもしれない。
迷わないと決めたが、いざ敵を目の前にするとこうして弱気になる。
やっぱりダメだな、僕は。
いっそ、ここで気絶した方が良いのかも。
そんな負の感情に飲み込まれている時だった。
「私がそばにいます」
色褪せた世界に光が灯った。
俯いていた頭を上げ、彼女の顔を見る。
気づけばアテスはお面を外し、優しい笑みを向けていた。
「1人じゃないですよ」
その言葉はまさに魔法だった。
体の震えは止まり、不思議と勇気が湧いて出て来た。
「…!?危ない!」
突如、傍観していた魔物が飛び出し、アテスに襲い掛かろうとした。
僕はアテスを守るように前に出て、剣を思いっきり振るう。
刃が魔物の首を捉え、切り裂き、鮮血を宙に舞咲かせる。
返り血を大量に浴びるが、エタノールのようにすぐ蒸発した。
初めての感覚だった。
肉を断つというのはこれほどまでに難しいく、命の重みというのをこの手で実感するのは。
完全に絶命した魔物は爆散して、コロンと石を1つ落とした。
これが人生初の魔物討伐。
「や、やった……やったー!」
安堵した僕はその場で尻餅をつき、剣を放り投げた。
不思議と悪い気分はなかった。
無論、罪悪感が無いわけではない。
だけど、それ以上に達成感があった。
アテスはパチパチと背後から拍手を鳴らし、横に座った。
「よく頑張りましたね。正直、厳しいことさせたと思っています」
ごめんさないと頭を下げる。
「あはは……確かに怖かったよ。なんでこんなことさせるんだろうって」
「……すみません」
彼女と視線が合わない。彼女なりに罪悪感を感じているようだった。
少しでも触れたら壊れてしまいそうな、いたいけな少女。
忘れそうになるけど、彼女だってまだ子供なのだ。
「別に攻めてるわけじゃないよ。アテスが提案してくれなきゃ、僕はずっと平穏に生きていこうとしてた。怖いからね」
僕1人では成し遂げれなかったこと。
彼女がいたから出来た挑戦。
欲しい時に投げかけてくれる優しい言葉。
言葉には力が宿る。
曖昧だったけど、今ならハッキリとわかる。
「でも、アテスが傷つく方がもっと怖かった」
儚い少女とやっと目が合う。
涙目になっているその子は親に叱られる子供のようだった。
こう言う時、人を安心させる方法を1つしか知らない。
スッと彼女を引き寄せ、抱きしめる。
「だからね、そんな顔をしないで。僕が頑張れるのはアテスがいてくれるからだよ」
これで安心させられるかはわからない。1つの方法でしかないのだから。
でも、少なくとも彼女はそれに答えてくれた。
僕を抱き返し、「はい」と短い言葉で返事をしてくれたからだ。
これで僕も安心して寝ることが出来る。
緊張が解けた僕は、アテスの腕の中で再び眠りに入った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます