第8話 初めての魔法

 突如として出現した巨大な塔。

 しかし、その姿はたったの数分で消え去り、ほとんどの人が幻だと錯覚したことだろう。

 そして、その塔があったとされる場所に2つの人影があった。


「それでどうやって魔法を使うの!早く早く!」


 野原に元気いっぱいの声が響く。

 初めてスカイダイビング(パラシュート無し)と言うものを体験して、少し気分が高揚しているのだ。

 それに加えて、魔法の実践をするのだから、ワクワクを抑えるなって言う方が無理がある。


「落ち着いてください。まだ教えるべきことがあります」

「はい、師匠!」


 まるで兵隊のように掌を額の側にやる。

 アテスはふぅっと息を吐き、次の説明を始める。


「まず魔法というのは魔力がなければ発動することが出来ません。これは呪文も同様です」

「魔力……って何?」


 昨日の勉強でもちょくちょく…いや、かなり出て来た単語。

 これが理解できなかったもう一つの要因。

 魔力と魔法の違いが珍紛漢紛になって、脳の容量が限界に達したのだ。


「そうですね……魔力を水、人をバケツとして例えましょう。バケツに水が一杯に入った物を想像してください」

「うんうん」

「そのバケツに入った水を水撒きに使ったり、ジョウロに移し替えたりするんです」

「はいはい」

「水をいろいろな形で使うじゃないですか。それが魔法や呪文です」

「ああ、なるほどね。うん、完全に理解した」


 自分なりの解釈をいれるとする。

 魔力というのは1つの燃料なのだ。その燃料を燃やし別のエネルギーに変化させる。

 そう考えればとても便利な物だ。

 元の世界に魔力があれば、色んな問題も解決するかもしれないと思った。


「それでは早速、魔力を放出する訓練を始めましょう」

「おっす!……で、どうやってやるの?」

「簡単です。まずは目を閉じて想像してください」


 彼女に言われた通りに目を閉じる。


「深呼吸をして、魔力が血液のように流れ込むような感じで」

「……うっ、気持ち悪くなって来た」

「本当に血液を想像したんですね」


 胃から出て来そうになるのを抑える。

 人って何故、内臓のことや血のことを考えると気持ち悪くなるんだろう?


「少し休憩しますか?」

「いや、もう少し。あともう少しで掴めそうなんだよ」


 体の中に魔力と言う液体が流れるのを想像する。

 その液体は血管、筋肉、内臓、全ての機能に行き渡り、僕の体に馴染んでいく。

 それがいつしか汗のように放出して、僕の体を包み込んでいく。

 その時、体に浮遊感を覚える。

 無重力空間で流れに身を任せているような、そんなフワフワとした感覚。

 わかる…これが魔力なのだと。

 目を開く。

 見える景色がわかったわけではない。でも、何か別のモノを見ている気分だった。


「……スゴイ、しっかりと魔力の放出が出来ています」

「ふっふっふ、どうよ?僕の才能は」


 我ながら想像力は一級品だと褒めてやりたい。

 これはさぞかし高評価に違いない。


「いえ、才能で言ったら凡人以下です」

「ええ!そんな!」


 少し肩を落とす。その瞬間、体の浮遊感がどこかに消えた。

 つい「あっ」と情けない声を出してしまう。

 その声を聞いて察したのか、アテスに笑われた。


「うぅ、見ないで」

「あはは、すみません。つい」


 ついって、それはそれでちょっと失礼な気もするけど……まあ彼女が笑ってくれたので良しとする。


「そ、それでさっきの話は本当なの?」

「本当です。現状では一般の方より魔力量が少なく、数発撃ったら終了すると思われます。わかりやすい例えで言うなら……向こうに木の実がありますよね?」


 アテスの指差す方を見る。

 木は見えるけど実の方は全く見えない。

 だって、木そのものが小さいんだもん。まあ彼女が言うのだからあるのだろう。

 僕は二つ返事で頷く。


「それぐらいですかね」

「え!?少な!」


 一般的に想像する木の実と言うのは、こう手を広げれば簡単に収まるくらいだ。

 それがどれほど少ないのかわからないけど、使い物にならないことぐらいはわかる。


「そうなんだ……魔力って増やせないの?」

「それは安心してください。魔法を使っていけばある程度は増えますよ」

「ほっ、よかった」


 ずっとこのままでーす。なんて言われたら、僕はしばらくベッドで寝込んでいただろう。


「ですが、魔力を限界まで使用して、魔力薬を飲んで急回復しなければなりません。しかも、魔力を限界まで使えば、基本的に倒れてしまいます」

「何それ、結構大変そう」

「まあ自然回復でも伸びないことはないのですが、比率で見ればこの方法が1番です」

「うーん、でもその魔力薬ってのを買う余裕がないよね」


 現状では赤字が続き、所持金は減っていくのが見てわかる。ホテル代で一杯一杯なのだ。

 その上で買い物をしようものなら、一瞬で今の家を失う。


「ですので、オーソドックスに自然回復でやっていきましょう。こうやって、外に出る機会も増やして行きますのでご承知ください」

「了解です」

「これで魔力の説明が終わったので、魔法の練習を開始しましょうか」

「おお!ついに」


 紆余曲折あったが、ついに待ち望んだ魔法!僕なんかに出来るのかな?

 不安は多少なりとも存在する。だが、楽しみの方が大部分を占めている。


「それでは早速、魔力を体に纏ってみてください」


 アテスに言われた通りにする。

 目を閉じて、魔力が体を走るのを想像する。

 人間というのは、一度の経験である程度感覚を覚えてしまうものだ。

 陸上と同じだ。

 走ってる時のあの感覚。海に身を投じ、脱力したまま溺れていく。

 一呼吸する。競り上がって来る浮遊感に覚えがあった。

 自分でもわかるほど魔力を放出するのが速くなった。放出する魔力は少ないけど。

 でも、ふとアテスの言葉を思い出す。彼女はって言ってたよね?

 頭にハテナが浮かぶ。

 意味はわかるけどどうやってやるんだろう?

 出すとは違う……体に留めることをイメージして……こうやる!


「おお、すごいです。まともに教えてないのに、ちゃんと纏えてます。しかし……何故呼吸を止めているのですか?」

「ほうひはいとふひはっは」(こうしないと無理だった)

「……ふっ、まあ見てる分には面白いですから別に良いですけど」

「なんか最近ひどくない!?」


 最近、アテスがちょくちょく棘のある言葉を発するのだ。

 流石の僕でも心に傷を負うのさ。

 顔が良ければ何でも許されると思ったら大間違い。

 ここはビシッと注意しないと。


「ハハハ、すみません。リンさんの反応が好きで、ついからかってしまうんです」

「えへ、そう?」


 好きだなんて照れる。

 彼女にそう言われたら喜ばない人はいない。僕が保証する。命賭けてもいいよ。


「それより呼吸を止めなくても纏えてるじゃないですか」

「えぇ?……本当だ」


 体には浮遊感がない。だけど、微かに感じる魔力の気配。

 初めての感覚なのに、それが魔力だとわかるほど不思議が気配。

 その感覚を体に刻みながら、アテスの言葉を聞く。


「その状態でイメージをしてください。掌を前に突き出し、魔力から炎へ」


 瞼を閉じた。

 目の前は真っ暗で光も通さないほどの暗闇に恐怖さえ覚えてしまいそうだ。

 しかし、そんな闇に一筋の光が差し込んだ。

 それは暖かくて、僕を包み込んでくれるような優しい光。

 それを見る。

 掌には炎が弱々しく燃えて、今にも消えて無くなりそうなくらい小さい。


「これが魔法?」

「そうです。しかし、まだ魔力を変換しただけでしかありません」

「じゃあ、ここからどうするの?」

「少し失礼します」

「はへ?」


 アテスは僕の腕を掴み、背後に回る。


「あ、あのアテスさん」

「集中して」

「は、はひ」


 アテスのウィスパーボイス。

 彼女のいい声が耳元でするから、僕の意識は完全にそっちに持ってかれそうになる。

 いつもの僕は多分、そっと距離を離すだろうけど、今はほぼホールドされて動けない。

 それに後少しでも意識を逸らしたら、目の前にある炎が消えてしまいそうになる、


「少し私の魔力を分けます」


 アテスがそう言うと、自分のではない魔力の流れを感じて、さっきまでの思考が一気に消えていく。

 なんて例えたら良いだろうか?不思議な心地よさがある。

 それよりも、この分けて貰った魔力を今ある炎に変換させることを考えよう。

 感覚はさっきので掴めた。

 もっと炎を大きく、もっとイメージさせて、魔力の流れを一点に!

 瞬間、豆粒程度だった炎が太陽のように巨大に膨れ上がり、僕の視界を覆い尽くす。


「スゴイ」

「まだ集中してください。この状態を維持し、私の掛け声と共に体から魔力を飛ばすイメージを」


 魔力を……飛ばす。


「今です!ファイアーボール!」


 その掛け声と共に、僕の掌から巨大な火の玉が発射され、はるか彼方に飛んで……爆発した。

 それはまるで朝日のような光だった。

 正月でしか見ない美しいそれに、つい見惚れてしまった。


「やった……やったよ!」


 魔力を飛ばす方法なんてわからなかった。

 でも、彼女の掛け声を聞いた瞬間、体が覚えていたかのように魔力を切り離した。

 多分、アテスがそばにいてくれたから出来たのだと確信している。根拠はないけどね。


「お見事です」

「アテスのおかげだよ。僕1人じゃ、ここまでスゴイ魔法は使えなかったよ。ありが…と」


 僕はその場に倒れる。

 体調が悪いわけでも、眠いわけでもなかったのに、体に力が入らないのだ。

 最後に見たのは、アテスに支えられて何かを呟いたところで、僕の意識は飛ぶ。

 街の外は危険でいっぱいだ。

 こんな無闇に意識を失えば命を落とす可能性だって存在する。

 普通なら不安でいっぱいになるだろう。

 でも、彼女に受け止められた瞬間、安心感と心地よさに命を託すことが出来た。

 ああ、不思議なモノだ。

 彼女と2人ならどこへでも行けそうな気がした。

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