第7.5話 アテスの裏側

 朝5時。街を散歩する少女は悩んでいた。

 昨日、自分の主人に魔法を教えたのだけど、イマイチ手応えがなかったことに。

 机の上にノートを置き、アテスが言ったことを書き記す。

 子供に絵本を読み聞かせるように、淡々と話を続けるけど、凛は理解したフリをしていた。

 それがわからないアテスではない。


(私の教え方が悪かったのでしょうか?)


 少女は分かりやすく落ち込む。

 仕方ないことである。アテスは誰かにモノを教えたことはなかったが為に、自分が学んできたことをそのまま伝えただけに過ぎない。


(1番は実際に見せることですけど、外は危険ですし)


 街の中での魔法は原則として禁止。

 仕事の関係で使わなければならない時や緊急時には使用が可能。

 アテスがやった畑仕事はその1つだ。

 だから、魔法を見せようと思うと、街の外に出て、それなりに距離を取らないといけない。

 しかし、外には魔物が多く存在し、武器を持たない丸腰な2人では不安しか無い。


(武器さえあれば)


 所持金は見るも絶えない状況。これ以上の出費は避けたい。

 街の中を歩いていると、ふと目に入った。


(……レンタル可)


 それは鍛冶屋の商品サンプルとして置かれていた物の値札に小さく書かれていた。

 武器を購入するより明らかに安く、質も上等なまま貸し出してくれるとのこと。

 アテスはすぐさま行動に移す。

 街の中にある鍛冶屋を全て見て周り、1番安いお店を探し出す。

 街の構築をすでに知っている彼女にとって、最短ルートで最適な道筋を立てるのは朝飯前。

 モノの数秒で考えがまとまって、すぐに歩き始める。

 しかし、物事とはそううまくはいかない。


(まあそうですよね。レンタルなんかして、壊されたら堪ったもんじゃない)


 ベンチに腰を掛けて、晴天の空を見る。

 全部で5件。この街には鍛冶屋が存在するが、最初を除いてどれもダメだった。

 最初のお店も安いとは言え、お金を払わなければならない。


(諦めますか)


 腰を上げ、宿屋に戻ることにした。

 今日の予定を考えながら宿の扉に手をかけた瞬間、ふとそばに立つ看板が目に入る。 

 腰までしかない小さな看板。

 しゃがみ込んで読んでびっくりする。


(鍛冶屋……ですか)


 彼女は勘違いしていた。その看板はこの宿屋の物ではなく、そばに立つ家の看板だったことに。

 少女は隣の家を見る。誰が見ても普通の家でとても鍛冶屋には思えない。

 看板の続きを読む。


(えーっと、アヤ……工房。料金……要相談)


 文字は掠れて見えにくいけど、重要な箇所はちゃんと見えている。

 入ってみる価値はなさそうだけど。念には念を。可能性があるのならそれに縋ってみることにした。


「すみません、少しお話いいですか?」


 扉をコンコンと叩くが声が返ってくることはない。

 眠っているのかもしれない。何ら不思議ではない。朝の5時くらいで普通の人はまだベッドでぐっすりだ。

 アテスは翻し帰ろうとした瞬間、扉の奥からカランと物音がする。

 その時、彼女は確信した。


(起きていますね)


 明らかな金属音。日常生活で自然とその音は耳をすることはない。

 扉に耳を当てれば咳き込む人の声。

 営業しているとわかると、アテスは扉に手を掛けて思いっきり開いた。

 少女は後悔をする。

 咳き込む声が聞こえたのだから、中で埃やら何やらが舞っていてもおかしくは無い。

 実際は黒煙が彼女を包み込み、予想外のことでその場に立ち尽くしてしまう。

 そこでさらに後悔。

 煙が止んで自身の体を見ると、煤まみれの服と指先があった。


(せっかくリンさんから頂いた服なのに)


 ジャージ以外の服を持たない彼女にとって、それは人としての尊厳を守るための物であり、数少ない大事な物。

 それが今、汚された。


「ゴホ!ゴホ!あれ?お客さんだ。いらっしゃいませぇ……なんか怒ってる?」


 アテスと比べ物にならない黒くなった少女が出てきて、空気の異変に気付いた。

 神の怒りに触れたかのような、野生動物であればその場から逃げ出すほどの威圧。


「とりあえず、軽くお話しましょうか」

「あ、いや、ちょっと今は……忙しいかな。ほら、こんな状況だし」


 店内は黒煙に覆われて何も見えない。

 確かに、普通の人であれば換気をしたり、中の掃除をするはずだ。


「なら、簡単にお掃除しておきますね」


 街の中での魔法は原則とした禁止。

 ただそれは誰かに見られてた場合のみ。

 つまり、誰も見ていない状況であれば、魔法を使う人は多くいるのだ。

 アテスは手を前に掲げて魔法を唱える。

 彼女の手から強風が吹き荒れ、店内の黒煙を窓から外に排気する。

 床も煤が蔓延っており、軽く水魔法で洗い流して綺麗にする。


「では、お話をしましょうか」

「あのー、ほら、今日は定休日にしようと」

「お邪魔しますね」


 店主の声はアテスの耳には届かない。

 初対面だというのに、猫のように店主の首根っこを掴み店の中に入っていく。

 「助けて」と懇願する声が街中に響く。だが生憎、今は早朝。誰も助けには来ない。


「……」

「……」

「……」

「……あのー、つかぬことをお聞きするけど、そのお面は何?」

「誰が話していいと?」

「あ、すみません」


 床に正座させられて、縮こまっている少女の名はアヤ。現在、反省中。

 第三者から見れば、金髪の少女がこの家の主だと勘違いするだろうが、本来はアヤの家であり工房でもある。

 今は何があったのか事情聴取をして、アテスのお願いを聞き入れてもらってるところだ。


「それでさっきの件だけど、お願いできますよね?」

「それはもちろんだよ。さっきの出来事抜きにしても、あたしは無料で貸し出すつもりだよ」


 アテスはホッと胸を撫でろおろした。

 普通、初対面の人にこんなことをされたら、ブチギレられて断られるのがオチだと思っていたからだ。


「ありがとうございます」

「それにあたしの武器を使ったら、どうせファンになって買いたくなっちゃうしね」


 アテスは否定をしなかった。

 何故なら、アヤの作る武器はそこらに売っている物より上質で、持った瞬間の感覚が他の物とは違った。

 数々の教養を得てきたアテスでさえ、なんて表現すればいいのか戸惑ってしまうほどだ。


「それで……この体勢やめていい?」

「ええ、大丈夫です。すみません、脅すようなマネをして」

「あれ脅しだったんだ。子供みたいで可愛かったよ」


 怒り慣れていないアテスにとって、誰かを悪くいうのは難しいことだった。

 自身がされたことを思い出しながら、真似をしてみたけど、罪悪感には勝てなかった。

 そのせいかわからないが、全く反省の色を見せないアヤ。


「それでさっきの話なんだけど、そのお面は一体何?」

「これは大切な人が作ってくれたんです」

「へぇー、クソダサ」

「え?」

「何でもないです」


 心から思ったことが口に出てしまうのか、何も自重しない少女に軽く圧をかける。

 しかし、他人のことは言えない。

 アテスも最初は同じ感想を抱いたし、これをつけて街を歩くのは何かの嫌がらせかと疑ったりもした。

 でも、これをつけることで誰かに声をかけられることも無くなった。

 だから、彼女にとってもう一つの大事な物である。


「それで、早速武器を貸していただけないでしょうか?」

「あ、貸すのは良いんだけど、ちょっと待ってくれない?」

「それは大丈夫ですけど……どうしてです?」

「これから朝食だからね!」


 一回ぶん殴って黙らせた方が良いかもしれない。

 自由奔放、傍若無人、我が道を行く。

 意味は同じだが、どの言葉が彼女にピッタリだろうか?


「アヤちゃん、ご飯出来たよ」


 工房の奥にある扉から声がした。どこか幼い声でアテスが最近聞いたモノだった。

 扉がガチャっと開けば、10歳ばかりの小さな少女が顔をのぞかせる。


「アヤちゃん、聞こえてる?って、お客さんだ」


 出てきた少女は宿屋の看板娘だった。

 扉から体を出して、礼儀よくお辞儀をする。

 この工房は隣の宿屋と隣接し、2人が共同して生活が出来るようになっている。

 そのことがわかると、アテスは疑問に思う。


「お2人はどういった関係ですか?」


 友達にしては歳が離れているし、姉妹にしては全然似ていない。

 家が隣同士だとしても、お互いの家が繋がっているのもおかしな話である。


「ああ、彼女。キアラはあたしのお嫁さんだよ」

「……えーっとつかぬことをお聞きしますが、お2人はいくつなんですか?」

「あたしは18」

「えっと、12歳です」


 少女は絶句する。

 当たり前だが、この世界にも結婚可能年齢は定められている。

 いくつか制約はあるけど15歳からのものと、制約がない基本年齢18歳のものが存在する。

 アヤの方は年上だろうなと予想していたが、そのどちらも満たしていない小さな少女。


「それは犯罪にならないのですか?」

「いや、手は出してないし、まだ名目だけのお嫁さんだよ」

「だから、ウチが15歳になったらちゃんと婚姻届を出すんです」

「はぇー」


 最近の子はマセていると聞くが、まさか結婚までこの歳でやるとは思わないだろう。

 アテスでさえ間抜けな声を上げて、少し思考が停止してしまっている。

 どういった経緯でそうなったのか、どちらかが告白したのか気になって仕方ない。


「てな訳で、あたしは朝食をいただいてくるね」

「え!ちょっとアヤちゃん、お客さんは?!」


 アヤが扉を開き、2人は奥に消えていく。

 1人取り残されたアテスは、呆然としてその場に立ち尽くす。

 これから何をしようかと考えた結果。


(……お風呂に入ろっか)


 予定調和。

 汚れた体と服を見て誰もがそうするだろう。

 アテスだって1人の少女。この状態はあまり好まない。

 ため息を吐いて、工房から出る。

 これは凛と共に魔法について勉強を開始するちょっと前の出来事である。

 彼女なりの努力に乾杯。

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