第7話 憧れのアレ

 気持ちのいい朝。

 日差しを浴びて背伸びをした。

 その瞬間、全身が悲鳴を上げる。


「イッ」


 腕が完全に上がり切る前に痛みが襲い、その場で硬直する。

 筋肉痛だ。昨日の畑仕事で使ったことのない筋肉がバキバキになっている。

 ゆっくりとベッドから這い出て、もう一度伸びをする。ラジオ体操をするかのような感じに。

 そんな呑気なことをしていたら、ドタバタと近づいてくる音する。


「リンさん、本日は外に出ましょう!」

「わぁ!びっくりした」


 バタン!と扉の寿命を削る音を鳴らし、髪を濡らしたアテスが入ってくる。

 いないなって思ってたら、僕が寝てる間に朝風呂に入ってたのか。


「何で急に?」

「昨日の魔法についてお教えしました。ですが、何やら理解しておられなかったので、実践して見せようと思いまして」


 ああそういう。

 確かに、昨日の勉強会は何を言っているのかさっぱりだった。

 魔力による空間把握?呪文を用いた複数詠唱魔法?などなどわけがわからない単語が多く出てきた。

 そのままの意味で捉えるなら、何となく想像はつきそうなモノだけど、残念ながら僕の想像力では限界があった。

 そもそも魔力と魔法、呪文の区別がついていない時点で、全ての言葉が呪文のように感じた。あ、これが呪文というやつか(錯乱)。


「じゃあ、今日は依頼をしないってこと?」

「いえ、依頼をこなしながら、魔法をお見せします」

「てっことは……」

「少し危険な依頼を選びます」


 支度を終えて、ギルドに向かう。

 街の外。元の世界では、どこからどこまでが街の外なのかわからないけど、それほど危険というのは存在しない。森の中に入らない限りはね。

 でも、この世界では違う。

 街の外に出れば、魔物と呼ばれる存在が人々に襲いかかる。

 そのせいで死亡報告は絶えないし、魔物に関する依頼の数も多くあるらしい。

 僕が動物だと思っていたのは、実は魔物だった可能性がある。もちろん、普通の動物も存在する。 


「それでどれを受けるの?」

「そうですねー」


 ギルドに到着して、アテスが依頼書の貼ってある掲示板を見る。

 視線を右往左往させてピタッと止まり、1枚の依頼書を手に取る。


「何て書いてあるの?」

「薬草を集めて欲しいと。報酬は数に応じて、それ相応に払うようです。依頼主はギルド本部。期限は特になし」


 薬草……漢方みたいなものかな?

 アテスはしばらく依頼書と睨めっこし、その依頼書をクルクルと恵方巻を作るように巻き、袋の中に入れる。


「それにするの?」

「はい。今回は魔法がメインですから、報酬は二の次です」


 じゃあ何で依頼をするのだろう?小遣い稼ぎかな?

 僕は魔法が見れれば何でもいいから、特に何も否定しない。


「それじゃあ早速、外に行こぐへ!」

「何を寝ぼけたことを言っているのですか?朝、シャワー浴びてないからそうなるのですよ」


 首根っこ掴まれた上に、なぜかディスられた。僕ご主人だぞ。

 喉の圧迫で気持ち悪さが残り、ワザとらしく喉元を抑えてみる。……見ちゃいねぇ。


「それで?何がダメなの?」

「外に出るにあたって、私達には武器がありません。いつ魔物に襲われるかわからない以上、魔法だけでは心許ないのです」

「魔法は全てを解決しないのか。でも、武器を買うお金なんてないよ?」


 お財布の中身を見ることさえ恐ろしいのに、紐をこれ以上緩めるわけにはいかない。


「なのでレンタルするんです」

「え、そんなこと出来るの?」


 そんなお楽しみ体験みたいな軽い感じで良いのだろうか?

 まあ彼女があるっていうのだから、それを信じるしかない。


「ギルドでも借りれますが、鍛冶屋に行った方が無料な物が多いです」

「でも、無料って怪しくない?品質とか問題ありそう」

「そこは安心してください。腐っても鍛治師。自分の作る物には妥協は許さない。持ち主の命を守るのは自分の武器であると。そういう信念の籠った武器が多くあります」

「おお!何それめちゃくちゃカッコいい!」


 彼女の語りもさることながら、僕の心にある何かが奮い立つ。

 そういう、職人魂というのに憧れはある。

 一つのモノを極めるって、すごく難しいことだし、他に負けない自分だけの長所を作り出す。

 それだけ夢中になれるモノがあるのは、人生の幸せだと思っている。


「別の角度で見るなら、良い品を貸し出して、店の評判を上げると言った側面も」

「アテス、それ以上はダメ」


 スーッと冷水を浴びかのように熱かった心が冷めていく。

 この子は全く……デリカシーってのがないのかな?あるいは、真実だけを話すのか。

 もし、彼女の言葉が真だとするなら……ダメダメ!

 時間が経てば経つほど、よくない方向に思考が持ってかれそうになる。

 アテスを催促し、鍛冶屋に案内させる。

 どうやら目星はついているようで、その歩みに迷いはない。


「ここです」

「……おう」


 何だろう……言ってはいけない、思ってもいけないとわかっている。

 でもね、これだけは思わせて欲しい。

 めっっっっっっちゃ汚い!

 一瞬、物置小屋?と思ってしまったし、よく見たら僕達が泊まっているホテルの隣じゃないか!

 そりゃー足取りに迷いはないよね!

 確かに夜、カン…カン…と音が鳴っていたけど、それはここからの音だったのか。

 普通、こんな近くに鍛冶屋があるなんて思わないよ。


「べ、別の場所は?」

「色々下見した結果、ここが一番よかったです。予約も済んでいます」


 わあ、準備万端。デートの夕食にレストランを予約している彼氏みたいだ。

 素敵なサプライズに心が躍ることだろう。

 でも、それは場所が場所だったらの話。

 目の前には素敵なテーブルなどなく、あるのは塗装が剥がれた壁と、今にも穴が空きそうな扉。

 アテスはその扉に手をかける。

 しかし、その態勢はおかしく、扉に体を寄り添うような感じに立っていた。

 なんかおかしいな?って思った頃には前に扉は開かれた。

 その瞬間、黒煙が目の前に迫り、条件反射で目を瞑り腕で隠す。

 この時、僕は後悔した。

 顔を上げれば身体中煤まみれ、唯一の服も少し黒くなっていた。……最悪。


「失礼します。アヤさん、いらっしゃいますか?」


 扉の後ろに隠れていたアテスが声をかける。だが返事はない。

 その代わりに足音がリズム良く鳴らし、扉の方に向かっているのがわかる。

 黒い煙を掻き分け、全身黒く色を染めた1人の女性が飛び出して来た。


「……ぷはっ!はぁはぁはぁ、死ぬかと思った」


 山の空気を吸うかの如く、深呼吸を何度も繰り返して、やっと僕らと目が合う。


「やあ今朝ぶりだね、アテス君」


 今朝?……アテスがお風呂に入ってたのは、アレが原因か。

 どうやら僕が寝ていた時、彼女はただお風呂に入っていたわけではないようだ。


「そうですね。では、予約した通り武器を貸していただきますね」

「ち、ちょっと、せっかく来たんだから、少しは会話に花を咲かせても良いんじゃない?」


 お面で顔は隠れているけどわかる。アテス、めっちゃ嫌な顔をしている。

 この2人に何があったのかは知らない。多分、最初のアレのせいだと思う。

 現に僕だって印象はあまり良くないからね。


「ああ、もうごめんて!2度は待たせないよ!」


 彼女は再び店の中に入っていく。

 そして、2本の剣を持ち出し、煤を振り払う。


「はい、どうぞ」


 うん、なんかその状態を見ると、一回水洗いをしたい衝動に駆られるのだけど。

 若干躊躇してその剣に触れ、握る。

 その瞬間、体に馴染むような、長年共に戦い続けたような不思議な感覚に陥る。

 剣なんて一度も持ったことはない。無論、剣道の経験は……数ヶ月だけあった。

 でも、そんなのは微々たる差だと思う。


「へへーん、あたしの自信作なんだ。大事に使ってよね」


 そう言って、お店の奥に消えて行く。

 え、それだけ?なんかこう、これを使う時はこうした方が良いとか、壊したら弁償みたいな制約的なものを聞きたかったのだけど。

 ふーん……まあいいか。


「どうでしょうか?その剣の手触りは?」

「凄いよこれ。今なら何でも出来そうな感じがするよ。一家に一本くらいは欲しいね」


 家ないけどね。

 しかし、本当に不思議だ。これがレンタル商品だとするなら、正規品はどんな感じになるんだろう?

 切れない物はあまりないのかもしれない。


「それじゃあ、今度こそしゅっぱーつ!」

「はい。リンさんは私がお守りします」

「お、おう」


 ドキッと心がときめく。平然とした顔で何を言っているんだ。

 僕そんな弱そうに見える?!

 守られてばっかの僕じゃないぞ!

 恥ずかしさを紛らわすように自身に喝を入れ、アテスと一緒に城門へ向かう。

 5分くらい歩けばそれは見えてくる。

 城門を見るのはこの街に入った時以来だ。

 高さ10メートルは超えるであろう壁に、開閉式の扉があるのだから驚いたものだ。

 街の外に出て、平然とした野原を歩く。

 城門が米粒ぐらいまで小さくなったところでアテスは立ち止まる。


「ここなら誰にも迷惑はかからないでしょう」

「おお、ついに見れるのか」


 なんか右往左往した気がするけど、魔法が見れれば何でもいい。

 ここまで心が弾んだのはいつ以来だろうか?


「それでは昨日のおさらいをしましょう」

「はーい、先生!」

「師匠と呼んでください」

「あ、そこ拘るんだ」


 謎のポリシーを感じながら、昨日の勉強会のことを思い出す。


「確か魔法には、無詠唱魔法、詠唱魔法、呪文の3つあるって言ってたよね」


 簡潔言うなら、言葉を発するか、文字を書くかの違い。

 そして、その効力は……どう違うんだっけ?


「ですので、簡単に見せます」

「ありがとうございます」


 ため息を吐いた少女は手のひらを肩まで上げて、その上に炎を作り出した。


「これが無詠唱魔法です。自身がイメージした魔法を作り出すモノです。しかし、原則として自身からしか放つことが出来ません」

「ああ、思い出したよ。これがないと詠唱魔法が出来ないんだっけ?」

「全然違います」


 ダメだ、もう寝よう。一体、何と勘違いしたのかな?

 勉強は得意なはずなんだけど、なんか頭の中に入らないんだよね。


「では、そのまま詠唱魔法の話に入りましょうか。あちらをご覧ください」


 アテスが指差す方向を見る。

 そこには何もない綺麗な野原が広がってる。

 ここでピクニックとかしたら楽しいだろうなって想像が安易に出来る。ちょー危険だけど。


「いきます。……サンダーレイン」


 彼女は小さく言葉を発する。

 すると、雲ひとつない上空から無数の雷が目の前に落ちた。

 地面と衝突し、煌々な光が目の前に広がる。

 瞼を閉じずにはいられなかったけど、それは間違えだった。

 轟音が鳴り響き、敏感になった聴覚を刺激する。鼓膜が破けそうだ。

 目を開けば、綺麗だった野原に焦げ跡が出来て、景観が少し崩れていた。


「これが詠唱魔法です。厳密に言うなら中略詠唱魔法。無詠唱と違い、精霊との会話することで体外から魔法を放つことが可能になります」

「なるほど!つまり自分以外の場所から魔法を放つことが出来るのか」


 無詠唱をかめはめ波だとするなら、詠唱は人に命令させてかめはめ波を打つような感じか。……ちょっと違うかも。


「ですが、一つ留意点が。まず詠唱魔法を放つに当たって、言葉を意味を知らなければなりません。初めて放つ魔法は、必ずその詠唱が必要になってきます。そこから少しずつ省略して、私みたいにほぼ無詠唱に近い形に持って行くんです。その言葉の数は数千と超えるので今から簡単に」

「ストップ。それ以上はパンクする」


 彼女の言う言葉とは?と思うだろう。

 実際は技を放つ前に、謎の言葉を羅列するのだけど、アテスがそこを端折ったせいで、何が何やらと困惑するはめになった。

 そこが昨日理解が及ばず、理解したフリをしたが為に、そこから先の呪文やら言葉の意味など脳が拒絶する内容が飛んできた。

 とりあえず、言葉には力が宿るってことだけは覚えている。


「まあ基本的に、無詠唱でもこうやって名前をつける人は多くいます。私だってそうです」

「確かに名前があると愛着が湧くよね」

「いえ、単純に魔法を放つ速度が上がるからです」


 そんなこったろーと思ったよ!

 アテスがそんな純真で可愛い理由で名前なんてつける訳がない。

 僕も段々とアテスを理解し始めている。アテス検定があれば一級まで取れそうだ。


「それで最後に呪文ですが、少々お待ちください」


 アテスはその場にしゃがみ込み、地面に文字を書き始める。

 いつも見ている文字と違い、アルファベットに近いそれを書き終えると、そのまま上を向く。


「この書いた文字が呪文となります」

「え?これで完成なの?」

「はい、実質」


 他2つと比べるとしょぼいと言うか、あまりワクワクがないと言うか。

 何て反応すればいいんだろう?


「後はここに魔力を流し込みば」

「え?うわ!」


 僕は地面にしがみつく。急に揺れ出したからだ。

 地震か?と頭を抱えるけど違う。

 僕の視界が捉えたのは、雲ひとつない青空と小さくなった街。

 遠くを見渡せば山並みの影が見え、美しいとさえ思えた。

 ここは今、遙か上空。僕達が立っていた地面が円柱状に伸びたのだ。


「これが呪文です。別に何でも良かったのですが、せっかくですので綺麗な景色でもと」


 超常現象、非現実、虚構。僕の世界では誰も信じないことを一つの言葉で締める。

 でも、それは一つの諦めなのかもしれない。

 だって目の前には、こんなにも美しい光景が広がっているのだから。


「うん……うん凄いよ、魔法って」

「……はい」


 アテスは笑う。まるで自分が誉められたかのような、嬉しそうな微笑み。

 やっぱり、彼女には笑顔が似合う。

 もっとその表情を見せてほしいと思うのは、僕の身勝手な欲望なのだろうか?


「あ、言い忘れていましたが、あと数秒でこの地面は元に」


 少女の言葉は最後まで続かなかった。

 突然の浮遊感に晒され、その正体に気付いた時にはすでに遅し。

 僕達は真っ逆さまに落下し始めたのだ。


「何でそう言うことは早く言わないのー!」

「ふーむ、少し魔力が足りませんでしたか。次は失敗しません」

「何冷静に反省してるのー?!」


 こんなピンチな状況なのに、笑いが込み上げてくる。

 気が狂ったからではない、楽しいからだ。

 最初はどうなるかわからなかった。不安もあったし、何で?とも思った。

 でも、日に日に楽しくなる自分がいた。

 たった数日。されど数日で楽しいと思わせてくれる出来事ばかりだ。

 その全てはアテスがそばにいてくれるからで、彼女が前を歩いてくれるから、僕はその隣を歩く。

 見っともないと笑うだろう。家に帰らないのか?と疑問に思うだろう。

 そんなのどうだって良い。僕は今、最高に……幸せなのだ。

 この夢が永遠と続いて欲しいと、そう祈ってしまっていた。

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