異世界での生活

第6話 冒険者の仕事

 冒険者になった翌日。

 僕は今、畑を耕している。


「ほおっ…ヨイショ!」


 掛け声と共に、高く振り上げたクワは遠心力が乗り、土に突き刺さる。

 そのまま引き込み、土を掘り起こしていく。

 朝からずっと続けていた作業で、段々とコツが掴めて来た。

 しかし、それに伴って疲れが出始めてくる。

 息切れが始まり、心臓の鼓動が耳元まで聞こえる。

 ちょっと休憩。キツすぎる。まだ半分も到達していないのにここまでとは……。

 畑の面積は家が何軒も立つほど広大で、それを全部耕すまでは終われない。

 これを老夫婦2人で回していたのだから、どれだけ強靭な人か畏怖していたけど、普通の優しそうなお爺さんだった。

 だが、真に驚くべきは、この畑の半分は既に耕されているところにある。

 話によると、それはお爺さんがやったのだと。昨日の出来事らしい。

 つまり、僕は半分の半分を終えていないという状況なのだ。


「リンさーん、そろそろ休憩しましょう!」


 アテスの声が聞こえる。遠くにいるせいで、こだまになっているけど、彼女の声はよく耳に響く。

 彼女に目を向けると、そばには老夫婦が近くでおにぎりを食べていた。

 もうお昼か。

 この調子では今日中には終わりそうにない。

 でも、無理は禁物。部活で無理をして、足を壊した人を知っているから。

 クワを肩に担ぎ、踏み慣れない土の上をトボトボと歩いて行く。


「はあ、つかれた〜」

「お疲れ様です。午後は私に任せてお休みを」

「いや、昨日はアテスに頼ってばっかだったし、今日くらいは僕のカッコいいところ見ててよ」


 とは言っても、この広さを1人でやるのは大変だ。

 ここにトラクターがあればと想像するが、そんなのは微塵も存在しない。名前すらない。

 昔の人はこの作業をずっと続けていたと思うと尊敬する。

 でも、地道な努力は身を結ぶ。

 普段は使わない筋肉を使うから、ちょっとした筋トレにもなるし、成し遂げた達成感もある。

 意外とこういう作業が性に合っているのかもしれない。


「すまないね。体力的にも、身体的にも辛くてのう」

「気にしないでください。困ったらお互い様ですから」


 この依頼の主であるお爺さんは、バツが悪そうに縮こまってしまっている。

 すかさずフォローを入れたけど意味はなかった。


「こんなジジイはほっといて、ほら、これ食べな」

「わぁー!ありがとうございます!」


 僕は出来立てホヤホヤのクロワッサンをいただく。

 僕は3度の飯よりもパンの方が好きで、お昼をリクエストしたら聞いてくれた。

 本当はご飯やパンよりも麺が一番好きなのだけど。

 我ながら図々しいと思うけど、恰幅のいいお婆さんに甘えたくなるのは全人類のサガなのだ。


「しかし、ずっと見ているのは退屈ですね。やっぱり私も手伝いますよ」


 パンをもぐもぐとハムスターのように食べているアテスは言う。今日もクソダサいお面だな。

 ……彼女の提案を聞いて少し悩む。

 頼りにはしている。ただ、頼りすぎてしまわないかが怖い。

 どうすればいいのかと思考を巡らせる。


「うーん……じゃあ、勝負してみようか」

「はい?」


 なら実際にやらせて、僕の凄さを見せつければ良い。

 そうなると、一番手っ取り早いのは勝負して勝つこと。


「僕が勝ったら、この仕事は僕がやる。アテスが勝ったら一緒に手伝う。それでどう?」

「どう?と言われましても、リンさんにメリットがないじゃないですか」


 あ、バレた。当たり前か。

 なら強行突破!


「勝負内容は1時間以内にどれだけ畑を耕せたか!それじゃあスタート!」


 間髪入れないでの始まり。ズルだと非難する人がいるだろう。

 ここに審判がいれば、僕は速攻アウトだ。

 でも、こうしないと勝てないのも事実。

 だから……悪く思うなよ!


「これで有利に…」


 だが、悪というのは成敗される。

 形はどうであれ、自分にとってあまり好ましくない出来事が起きる。


「?!」


 僕は立ち止まる。足を挫いたわけではないし、目の前に大穴が空いたわけでもない。

 じゃあ何故止まったのか。そんなの単純明快。

 向かっていた先にあるのは、既に耕された土だったからだ。


「あれ?ここはまだやってなかったはずだけど」


 頭の中で作業した範囲を思い出す。

 うん、ここは一切手をつけていない。というかやる範囲全部が終わっている。

 漫画的表現をするなら、頭に大量のハテナが浮かんでいることだろう。


「勝負は私の勝ちのようですね」


 ああ、振り返らなくてもわかる。すごい勝ち誇ってる顔をしているな。

 負けず嫌いな僕からすると、もう一度勝負をしたい気持ちもあるけど、一体何をしたのかが気になる。


「まさか……超能力!」

「そうですけど?」


 ……冗談で言ったつもりだったんだけど。

 彼女のマジな顔を見ると本当なのかなって、期待と想像を膨らませる。

 そんなハリウッド映画に出てきそうなモノがこの世界に存在するなんて。


「フフ、冗談ですよ」

「ええ!?うそなのー」


 ちょっと期待した僕の純情を返してほしい。

 なんかこう空を飛んだり、遠くから物を動かしたりと夢見たのに!

 膝から崩れ落ちそうになるけど、アテスの次の言葉で簡単に立ち直る。


「超能力ではないですけど、魔法なら存在していますよ」

「ほんとにー!」


 実にちょろい人だ。奴隷とか買わされてそう。

 しかし、その話が本当であるなら、あの映画に出てくるような力を使えるってことだ。


「詳しい詳細は夜に教えます。それより依頼達成です」

「ああー、うん。……午前中の時間は何だったのか」


 早く終わって嬉しい気持ち半分、自力で出来なくて悔しい気持ち半分。

 どっちの反応を取ればいいか戸惑う。


「正直な話。私に任せていただけたら、一分も掛からないで終わっていました」

「魔法ってそんなに凄いんだ」


 つまり僕が1人でやると言わなかったら、彼女がさっきのような感じで終わらせてたってことか。

 そうなると彼女は本当に退屈だっただろう。

 命令はしていない。ただ律儀に僕のお願いを聞いてくれてたんだな。


「それで勝負の件なんですけど、何をお願いしましょうか?」

「待って、そんな約束してない!」


 まあ確かにさっきの勝負は有耶無耶どころか、勝利の報酬さえも消えてしまった。

 だから、その代わりということなのだろう。


「うーん、思いつきません。保留って可能でしょうか?」

「あ、はい。どうぞご自由に」


 敗者が勝者に命令する権利はない。大人しく従うとする。

 ズルした上に負けるなんて、これ以上のカッコ悪さはない。

 それにアテスがどんなお願いをするのか僕も興味があるし、気長に待つとしますかね。


「それじゃあ報告するか」


 依頼主のお爺さんのところに赴き、畑の状態を確認してもらう。


「おおなんじゃ?何か困ったことでも?」

「いえ、終了の報告を」

「……なんじゃと」


 腰を痛めていたはずのお爺さんは飛ぶように立ち上がり、陸上部顔負けの走りを見せる。

 その後ろを追いかけて、立ち止まったところで僕達も停止する。

 耕された畑を見て、お爺さんは涙をポタポタと流し始める。急にどうした?!


「すまんのう。久しくこの光景を見れなかったもんで、つい感激してしまったわい」

「はあ、そうなんですね」


 残念ながらその気持ちはわからない。

 何となく例えるなら、長らく顔を見せなかった息子が帰ってきたと言うべきか?……ちょっと違うかも。


「そうだ、報酬を渡さんとな。ほれ」


 握った手を差し出してきたから、その下の位置で掌を広げる。

 チャラチャラと金属音が鳴り、ちょっと手が重くなる。後少し落ちそうになる。

 渡された物を見ると銅貨が1…2……ざっと30枚くらいかな?報酬を受け取る。


「あのー、確か依頼書には15枚と書いてあると聞いたんですけど……倍になってますよ?」


 数え間違い……いやそんなわけがない。15と30では雲泥の差だ。


「いいんじゃ。元々1日で終わると思っておらんかったから、1日ずつ渡そうとしたものを一括で渡しただけでしかない」

「ああ、そう言うこと」


 依頼書には何と書かれていたのかわからないけど、多分2日間やる予定だったのだろう。

 アテスが選抜した依頼書だったから、何も考えずにやっていた。

 彼女本人からして見れば、1分足らずで終わらせて次の依頼をこなそうと考えたのだろう。

 まあその考えは僕が破壊してしまったわけだけど。


「ありがとう。それだけしか言えんが、良いことをすれば必ず自分に返ってくる。困っている人がいれば助けてあげてほしい」

「……はい」


 「ありがとう」の一言。それだけで人の心は温かく熱を帯びる。僕はやっぱりちょろいのかもしれない。

 だけど、それでも良いかって思えた。

 人の好意は簡単に受けられる物ではないからね。

 喜んでくれる人がいるならここに留まるのも一つの手。

 でも、僕達は冒険者。

 もっと広い世界を見て、色んな人を助けるのが本業で……もう迷わないと決めたから。

 だから、ここを立ち去る。


「それじゃあ、またどこかで!」


 老夫婦に手を振る。同じように手を振りかえしてるのを見ると、僕は前を向いた。

 次の依頼をこなすために、再びギルドに赴く。


「しかし、銅貨30枚か……先が思いやられるな」

「そうですね。このペースでは今週中には野宿確定になりますよ」


 と言うのも、昨日から泊まっているホテルでは、お金さえ払えればいつまでいてもOKらしいので、出来れば仮拠点として留めておきたいのだ。

 つまり銀貨1枚が毎日必須ということになる。

 今持っている銀貨は指を折り曲げる段階まで入っているから、ちょっとヤバげな状況。

 それでその銀貨なのだけど、価値で言うと銅貨100枚相当らしいのだ。

 銅貨100枚で銀貨、銀貨100枚で金貨と価値がわかれている。

 ちなみに銅貨100枚、銀貨100枚をギルドに持っていけば、それぞれ銀貨1枚と金貨1枚と交換してくれるらしい。

 その理屈でいうなら、銅貨10000枚集めれば金貨1枚と交換できる。

 そう考えると、100円玉を金貨1枚と見たクロードさんは良い人なのかもしれない。


「うーん、これからどうしようか?」

「そうですね。基本的に、依頼の内容が危険であればあるほど報酬は高くなります。けど、死ぬリスクも比例するように高くなります」


 まあそうだよね。

 安全をとって数をこなすか、リスクを負ってでも難しい依頼をこなすか。

 僕は依頼を選ぶ権利がない。読めないから。

 だから、アテスにお願いをして難しい依頼を持って来させるしかないのだ。


「……まあ明日のことは明日考えよっか!」

「それで良いんですかね?」


 呆れたように笑われたけど否定はしない。むしろ、賛成と言った感じだ。

 お気楽能天気な僕だけど。アテスも同じ感じなのかもしれない。

 同じ2人だから、僕達は調子づく。

 それを原動力に明日も頑張ろうと思えるのだ。

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