第5話 異世界で生きる者

 この街は小さい……と思う。

 だけど、それを感じさせない活気がそこには溢れている。

 見たことのない光景。キラキラとしていて、ワクワクも存在している。

 それはもうお祭りみたいな。

 後は御神輿があれば完璧なのだけど。

 でも、特別な日でもないのに、大はしゃぎする人物が1人。


「おぉー!アテス、甲冑!甲冑があるよ!カッコいい!」


 そいつにとってはある意味特別なのかもしれないけど、何も知らない人から見てみると完全に田舎者だと思われているだろう。

 そんな大はしゃぎしている、恥ずかしい奴は一体誰でしょう?

 そう、僕でーす。


「リンさん、少々落ち着いてください。あ、中に入ろうとしないでください!」


 その恥ずかしい奴の腕を引っ張り、周りから奇異な目を向けられる方がもう1人。

 こいつもかなり怪しい人物。

 紙で作られたよくわからないお面を付けて、変な奴の子守りをしている。

 そんな面倒見のいい少女はアテス。僕の友達であり、奴隷だ。


「はぁ、疲れました」

「えー、まだ何もしてないよ?」


 彼女の苦労を知らない僕は、周りをキョロキョロと視線を漂わせながら歩く。

 その横で注意を向けるアテス。

 多分、僕がどこかに行かないように見ているのだろう。もうどこにも行かないって。


「それで本日はギルドに向かうのですよね?」

「そうそう。でも、どこにあるかさっぱり」

「では、私が案内します」


 そう言って手を引いて行く。


「え?場所わかるの?」

「大体ですが」

 

 迷いのない足取りで、群衆の中を掻き分けていく。うわ、頼もしい。

 凛々しい彼女の後ろ姿。靡く金髪は光を反射しているかのように輝いている。

 その美しさとカッコよさについ見惚れてしまう。

 ただ欠点があるとすれば、そのクソダサいお面をつけていることだ。

 何故そんな物を?と思うだろう。理由は簡単だ。

 アテスがすごいナンパされるからだ。

 だから、それ対策のために僕がお面を作ったのだ。犠牲者は教科書たち。

 工作が苦手な僕にしては上手に出来たと自信をもって言える。デザインは壊滅的だけど。

 そのせいか、アテスはすごく嫌そうな顔をしていたが、結局お面をつけてくれる優しい子だ。

 とにかく、顔が隠れたことによって、誰にも声をかけられなくなった。

 彼女には悪いが、効果は立証されたのだ!


「僕って天才だよね」

「……何を仰っているのですか?そろそろギルドに到着しますよ」


 アテスが指差す方角には、周りとは雰囲気の違う大きな建物が。

 一瞬、お城みたいな印象を受けたが、それにしてはかなり小さいし、見た目もそれほど派手ではない。

 よくてベルサイユ宮殿の10分の1くらいの大きさ。いや、もっと小さいか。ベルサイユ舐めてたわ。

 その建物の入り口付近には武器や鎧を纏った人達が出入りして、今の自分達ではちょっと場違いな場所だ。

 しかし、アテスはそれを気にした様子はなく、その建物の中に入って行く。


「ちょっと待って心の準備が…」


 主人の言うことを聞かない少女は、あっさりと扉に手をかける。

 開かれた扉は慣性に従い、大きな弧を描く。

 外まで聞こえていた賑やかな声が一斉に静まり返った。

 特別大きな音は立てていなかったし、変な声もあげていない。

 響くのはギシギシと床が鳴る音だけ。

 アテスの後ろに隠れながら、受付の方に向かって行く。

 しばらく間をおいて、再び賑やかさが蘇る。こちらに興味をなくしたようで安心する。


「おはようございます。本日はどのような依頼をお持ちですか?」

「いえ、今日は冒険者の登録をするために来ました」


 アテスが僕の代わりに受け答えをしてくれるけど、流石に彼女に任せっきりは失礼だ。

 彼女の前に出て、今度は僕がリードするんだ!


「それではここにお名前をお願いします」

「……アテスー」

「無理をなさらないでください」


 書面を見た瞬間、心の折れる音が聞こえた。

 だって一文字も読めないだもん!いや、薄々わかってはいたんだよ。

 奴隷紋の一件があったから、多分読めないだろうなって思ったさ。案の定だよ。


「はい、ありがとうございます。これで受理しますね」


 そう言って、受付のお嬢さんは奥の方に歩いて行く。

 これで今日の目的は達した。……何もしてないけど。

 後は一つくらい依頼をこなして、今日はもう寝るとするかな。


「おい坊主。ここはこどもが来るような場所じゃないぜ」


 人が今日の予定を考えているところに横槍が入ってくる。

 横に目を向ければそこには、僕より頭一つ抜けて身長が高い男が立っていた。

 まさかこの僕が上を見上げることになるとは。まあ僕自身が低いのだけど。


「何のようですか?」

「はぁ、人がせっかく忠告してやってるのに。良いか?ここはある意味で死地だ。いつ死ぬのかわからないし、仲間が死ぬ瞬間を目の当たりにするかもしれない。そんな危険と隣り合わせな場所だ」


 暗く低い声。心に突き刺さるような、脅しとも言える淡い空気。

 声はどこまで届いていたのだろう?

 さっきまで騒いでいた人が俯き、辛そうな表情を見せる。

 それが普通。ここにいる人……否、冒険者の全てはそれを経験している。

 この男もそうだ。

 顔についた傷は、一体どれほどの戦場を潜り抜けてきたのかわからない。

 そして……どれほど失ったのかさえも。


「……大丈夫ですよ、リンさん。私がついています」


 不安が消えるのが分かった。霧が晴れるようなスッキリとした感覚。

 気づけば手が握られている。包まれるような優しさと安心感がそれにはあった。


「舐めたことを抜かすなよ!」


 大きく開かれた手が胸ぐらを掴み掛かろうと迫ってくる。

 突然の出来事。握っていた手を離してすぐに身構える。

 ここは空手の経験者(一年だけ)の僕が…。

 両手を前に出した瞬間、目の前の男は重力に逆らうかのように上空を舞う。

 ドンッと背中から落ちた男は何が起きたのか理解出来ず、そのまま硬直する。

 僕がやったの?と誤解しそうになるが、僕は何もしていない。

 やったのは目の前に立つアテスだ。


「そうやって相手の挑戦を否定して、未来への希望を淘汰する。私が嫌いなもの」


 たった1人の少女がその場を支配する。

 怒り、憎しみ、嫌悪、負の感情と呼べるものがその声には宿り、聞く者、見る者の全ての人が魅了される。


「私は強い。だから、リンは絶対に死にませんし、私も死にません」


 お面が落ちる。

 その隠れていた顔は一体、どんな表情をしているのだろうか?

 ここからじゃ少女の顔は見えない。

 でも、何となく彼女の纏う雰囲気でわかる。

 ……とても穏やかな表情をしていると。


「どうなさいましたか?」


 騒ぎを聞きつけた受付の人が仲介に入る。

 何があったのかを伝え、嬢は加害者の男を一瞥する。

 事情を聞こうと声をかけるが反応はない。

 まるで男は石にでもされたかのように微動だにしない。他の人もそうだ。

 そこだけの時が止まり、呼吸音さえも聞こえない。

 そんな異様な光景にお嬢さんは混乱する。


「えっと、これは一体?」

「すみません。色々とお騒がせしてしまって」

「あ、ここではそれが日常ですから、あまり気にしないでください。それよりこの状況です」


 まあ原因は何となく想像はつくけど、それが本当の要因とは限らない。

 嬢が思いっきり男の頬を叩き、長い眠りから覚めるかのように意識をハッとさせる。


「……意識が飛んでいた」

「ふぅ、よかった。受け答えは出来ますか?」

「……ああ」


 いくつか質問をする。

 僕が話した内容と彼が行った行為の事実確認のため。

 そして、男が嬢に頭を下げ、次に僕達の方に頭を下げる。


「すまない。少し冷静じゃなかった」

「い、いえそんな。もう気にしてませんよ」

「私はまだ許しませんけど」


 うわ、何そのお面。

 変なお面(僕作)をつけたアテスが背後で恨み言を言い放つ。


「俺にはお前くらいの息子がいてな。未来ある子供だから、こんな場所に来るべきでないと、ちょっと脅すつもりだったんが」

「それなら、僕が生意気な態度をとってしまったのが原因です。ごめんなさい!」


 頭を下げる。

 お互いの食い違い。少しの言葉遣いが相手の気に障り、喧嘩が起こってしまった。

 ああ言えばよかった、こう言えばよかったと、頭の中で何度も反省をする。

 心が通じ合ったのか、同じタイミングで頭を上げて軽く笑い合う。


「フフ、アンタには強い味方がいるんだな。迷惑な心配だった」

「いえ、むしろ気が引き締まりました。貴方の忠告……心に刺さりました」


 冒険者としての心得。命の尊さ。

 自分とは関わりが少なかった生死が、この先には待ち受けている。

 後戻りするなら今のうち。


「良いんですよ。方法は他にもあるんですから」


 心を見透かすような声。

 こんな弱い自分について来てくれる存在が1人。

 その子は僕の進みたいと思った道を応援し、後ろではなく横で歩んでくれる。

 ……本当に不思議なものだ。

 揺らいでいた心や感情を一つにしてくれるのだから。


「ありがとう、アテス。もう迷わない」


 決意を固める。

 それに呼応するかのように、カウンターの奥にある扉が開かれ、最初に話した嬢がトレーを持って出てくる。

 トレーには銅で作られた薄い板が2枚置かれており、僕達の前まで持ってくる。


「お待たせしました。こちらが冒険者登録証明書になります」


 文字が彫られた銅の板。読めないけど多分、僕の名前なのだろう。

 それをネックレスのように首にかける。

 なんか拍子抜けだ。免許証みたいなものをイメージしてたけど、こんなにあっさりとした物でちょっと意外。


「これで貴方達は冒険者となりました。沢山の依頼をこなし、多くの人を助けましょう!」


 有名な遊園地のキャストばりの元気さで、僕らの背中を押してくれる。

 ここから始まる、僕の異世界生活。

 人生という階段に現れた下り坂。

 そこを下ると、また別の階段がそこには存在していた。

 また一からのスタート。でも、違う場所へと向かう。

 それが僕の人生。

 そして……1人じゃない。

 アテスがそばを歩いてくれるのなら僕は……何をしてあげられるのだろう?

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