第4話 働くのは嫌なので、冒険者になります

 朝日が顔を差し込む。

 眩しさで目を開けると、変な汗がブワッと流れて、勢いよく体を起こす。

 知らない天井。ここはどこ?


「……思い出した」


 ここは異世界で、昨日ホテルに泊まったんだ。

 そして、疲れてたからそのまま眠ってしまったのか。

 「ふぅ」と息を吐き、一旦心を落ち着かせる。


「お目覚めですか?」


 横を見れば、言葉を失うほどの美少女がジャージ姿で立っていた。

 鮮明に思い出す昨日の出来事。


「うあぁぁぁー!」


 部屋の中に1人の叫び声が響く。

 頭を抱えたその者はまるで、死体を発見した第一人者のような絶望的な表情だった。

 隣の部屋からドンッと壁ドンされる。すみません。


「ど、どうしましたか?」


 あ、引いている。それもそうか。意味もわからず大声を出せば誰だってそうなる。

 目の前の美少女。アテスは僕の背中に手を添えて、心を落ち着かせるようにさする。

 しばらく、その状態が続いて、僕はやっと今の状況を飲み込む。


「ごめん、ちょっと取り乱した」

「本当に大丈夫ですか?昨日の今日ですから、もっとゆっくりした方が良いかと」

「……いや、そんなわけにはいかないかな」


 昨日の今日だからこそ、今日はこの世界のことを知らなければならない。

 昨日はあの後、すぐに眠ってしまって、何の情報も得ることがなかった。

 だから今日は、この世界についての追求と言えばいいのだろうか?

 ただその前に…。


「お風呂に入りたいかな」


 汗で体がベタつくし、髪も少しギトギトとしていて気持ち悪い。不潔だ。

 部活終わりでこの世界に来たし、人1人を助けるために走ったりもした。

 それで汗をかかない人間はいない。

 このホテルには個室と一階にお風呂場があるから。

 話をする前に体を清めることにする。


「それでは一階の浴場に向かいましょう。お背中流します」

「あ、いや、それは大丈夫!僕は1人で入るから、そっちも1人でゆっくりとね。じゃ!」


 僕はそそくさと個室に備えられているお風呂に入っていく。

 中はシャワーなどのハイテクな物はなく、人がギリギリ入れそうな大きな桶と、水汲み用の桶の2つが備えられて、シャンプーは石鹸しか置かれていない。

 桶の中の水はちゃんと温まっているが、これは入るための物ではなく、この水汲み用の桶を使って掬い上げる物だろう。

 ……昭和かな?いや、もっと昔か。江戸とかそこら辺の……もう何でもいいや。

 ここに脱衣所みたいなものはないのか。

 本来なら部屋の中で脱いで、ここに入るはずなのだろう。

 でも、部屋の中にはアテスがいる。

 流石に女の子の前で服を脱ぐのは恥ずかしいから、ここで脱ぐしかないかー。

 服が濡れないように気を遣いながら、急いで体を洗う。


「ふぅ、気持ちよかった」


 着替える服はないし、タオルも部活で使った物を利用した。

 うん、風呂に入った意味よ!

 多少はスッキリしたけど、服は少しベタついて気持ち悪い。


「お戻りましたか」


 そこには湿った髪をタオルで拭いているジャージ姿の美少女が。

 あ、アテスだった。まだ見慣れないな。


「一階のお風呂はどんな感じだったの?」

「貸切状態でしたね。シャワーもシャンプーも心地よくて、何より温泉が最高でした」


 え、何その格差。

 全部同じにするのは難しいだろうけど、シャワーぐらいは設備して欲しかった。


「リンさんの方はどうでした?」

「あぁ、うん……時代を感じたよ」


 アテスはキョトンと首を傾げ、どういう意味か理解していない様子。

 そんな仕草も可愛いのだけど、今はそんなことを気にしている場合じゃない!

 ベッドの上に腰を下ろし、アテスはすぐそばでお行儀良く立つ。

 ……なんか落ち着かないので、手招きをして彼女を隣に座るように誘導した。


「それよりも今日の予定を決めよう。正直、今一番欲しいのはお金なんだ。何かいい方法はないかな?」


 今後を見据えるなら、お金の問題が一番の問題になるだろう。

 僕はまだ学生で職にもついてないし、バイトもしたことがない。

 だから、働くってなるとどうしても抵抗はある。


「それなら簡単な方法が一つあります」

「お!何々?!」

「私が体をう」

「命令、絶対にやるな。いいね」

「……はい」


 ホッとアテスは胸を撫で下ろす。アテス自身もそれは嫌だと自覚はあるらしい。

 じゃあ、何で言った?と疑問に思ったけど、言い訳を聞くのが面倒だからやめとく。

 そう言えば、元の世界でもそれが問題になってたのを思い出す。

 エンコーだっけ?前にニュースで見たけど、あまり良い話は聞かない。


「というか……アテスはそんなことしてたの?」

「いえ、全くもって。一度もそんな経験はありませんよ」


 忘れてた。この子処女だった。

 じゃあ尚更、何でそんなことを言ったのかが気になって仕方ない。


「……そう私はやってません。ただ……いえ、何でもありません」


 ……辛そうな顔。

 一体、何を見てきたのか?何をされてきたのか?僕には想像できない。

 少女の体は震え、なんて声を掛ければいいのかわからない。 

 今の少女は儚く、触れたら簡単に壊れてしまいそうだ。

 話題を……彼女の気が紛れるような、そんな碌でもない話を。


「あ、えっと、僕のいた世界では、何でも夢を叶えてくれる青たぬきがいて……」


 僕は一体何の話をしてるんだ!?

 某アニメのキャラクターの話だし、これ以上引き出しがないよ!

 アテスもキョトンとしてるし。


「えーっと、そんな素敵な方がいるんですね。ちょっと羨ましいです」


 あっ、気を遣われた。恥ずかしい。穴があったら入りたい。

 顔が熱くなる。

 まあでも苦笑はしているけど、さっきまでの表情よりこっちの方が断然マシだ。


「ま、まあ何が言いたいかって言うと、アテスは僕にとって夢を叶えてくれる存在で、ずっと一緒にいたいってこと」


 これは紛れもない本心。

 アテスがいないと叶えられない夢。ずっと一緒にいたいと願う独占欲。

 そんな旧友のような懐かしさと愛おしさがある。出会って1日にして、僕の心は彼女の中にある。

 彼女を一目見た時から、この人になら全てを預けられると。絶対的な信頼をおいても良いと。


「……私は良い主人に恵まれた……気がします。私もリンさんと一緒にいたい、貴方にならこの身を委ねられると」


 ドキッと心臓が跳ねる。

 妖艶な微笑みと彼女を照らす光に、僕は一瞬時を忘れてしまった。

 うーん、自分も言っては何だけど、意外と気恥ずかしいな。


「変ですよね?私は奴隷なのに主人である貴方に、友情のようなものを感じるんです」

「普通に友達で良いよ。むしろ、そっちの方が落ち着く」


 僕の住む世界には奴隷なんて存在していないから、どう接するのが良いのか分かりかねていた。

 だから、ちょっとはこの関係を緩やかなものに出来るなら何でも良い。


「では……リン」

「っ!?」


 何故だろう?顔が熱い。心臓が耳から飛び出しそうなくらい早く鼓動している。

 アテスの顔を直視できなくて、つい目を傍に逸らす。

 一瞬しか見えなかったけど、アテスの顔……悶絶したくなるほどの美しさだった。


「ハハハ、やっぱりまだ恥ずかしいですね」

「そ、そうだね」


 空気が甘い。今ならブラックコーヒーでさえ、甘く感じ飲めてしまいそうだ。

 何故こんな風になってしまったのだろう?

 朝は涼しい。だが、体温がそれ以上の熱さを帯びて、汗が額から溢れ出る。

 暴れる心臓を抑えつけ、そろそろ本題に戻すことにする。


「えー、脱線したけど、お金のことについて他に方法はないのかな?」

「無難にいくのであれば普通に働くことですが、もう一つは冒険者になることですかね?」

「冒険者?」


 それはなんぞや?と心を読んだかのように、アテスは続けて口を開く。


「簡単に説明しますと、依頼と呼ばれるお願い事を達成して、報酬を受け取るだけです」

「なるほど。お駄賃みたいな感じか」

「おだちん?」


 それは知らないんかい!

 いやいや今は、それに対して突っ込んでいる場合じゃない。


「その冒険者ってのはどこでなれるの?」

「ギルドと呼ばれる組織に行って、冒険者登録をすれば良いだけです」

「はぇー、それだけなんだ」


 だったら、答えはすでに決まった。

 普通に就職するのも嫌だし、面接だってあるだろうから。それだけはどうしても避けたい。

 だから…。


「決めた!僕は冒険者になるよ!」


 多分、収入は安定しないだろうけど、自由にやれるのなら無問題だ。

 そして何より、せっかくの異世界だ。もっと広い世界を見てみたい。

 まあ旅行気分で楽しめればと思ってる。

 1人では心細いだろうが、アテスがそばにいてくれる。

 それだけで活力が湧き出るってもんだ。


「それじゃあ、行こっか!」

「はい」


 アテスと手を繋ぎ、僕達はギルドに向かう。

 現代っ子の僕にとっては厳しい挑戦かもしれない。

 でも、無理だと突っぱねられるほど、人の好奇心は弱くない。

 終わらない螺旋階段を登り続け、永遠の成長と冒険が人を強くしてくれる。

 僕は……何者になるのだろうか?

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