異なる世界
第3話 異世界って何?
ずっと野原を歩き続けるかと思ったが、思いの外近くに小さな町があった。
町といっても、東京の渋谷や新宿のようにビルが立ち並ぶ訳ではなく、石造りの家が立ち並んでいるだけだ。
ヴェネツィアとかローマとかが近いだろう。(行ったことないけど)
夜中だというのに、出店などもあるので多くの人が行き交い、町の中は騒然としていた。
その中でもやっぱり彼女の存在は際立つ。
「あ、あの、良かったら俺と一緒にご飯でもいかがですか?」
「貴方をみて運命を感じました。結婚してください!」
「僕と今目があったよね?興味あるの?僕は君に興味あるよ」
など町に入って数分の出来事。
奴隷の少女はただ歩いているだけ。それだけのことで周りからのアプローチを受けているのだ。
無論、彼女はそんな輩を相手にすることなく、僕の後ろについてくる。と言うよりかは、逃げている。
彼女の手を引き、早歩き気味で町中をグングンと進んで行く。
彼女を背負って走ろうかと考えたが、それはちょっと気恥ずかしいし、何より疲労感がすさまじい。
とりあえずどこか隠れれる場所。
「……主人様。何かお困りでしょうか?」
透き通るような声。耳が一瞬、他の音を寄せ付けなかった。
初めて耳にする彼女の声にちょっと驚きながらも、彼女に答える。
「少しね。でも大丈夫。何とかするから」
とは言ったものの、ここからの対策が何も思
いつかなかった。
お店に入って撒くことも考えたが、それはお店の方に迷惑がかかりそうだし、やっぱり町から出た方が良いかもしれない。
「はぁっ」とため息を吐いた瞬間、体が宙に浮かぶ感覚を覚える。
「ご主人様、勝手な無礼をお許しください」
「え?」
お姫様抱っこされた状態で天を舞う。
一瞬の出来事だった。何が起きたのか理解する前に、上空にいるという結果だけが残った。
そしてそのまま家の屋根に着地して、屋根の上を飛んで行く。
時代劇とかで、忍者がよく屋根を走っているのを見るけど、これほどまでに爽快なのだろうか?
「……すごい」
小学生並みの感想しか出てこない。
だけど、何に例えれば良いのか、脳内の辞書を引っ張り出すが数ページで終わってしまう。
だけど、その感動もすぐに終焉を迎える。
少女は突然、屋根から降りたのだ。
スタッと重力を感じさせないような軽やかな着地。
「着きました」
「……ここは?」
彼女の指す視線の先には、ベッドの絵柄が描かれた看板の建物があった。
僕を降ろすことなく、少女はそのまま建物の中に入って行く。
「ち、ちょっとま…」
静止しようと声をかけようとするが間に合わず、この建物の主にガン見される。
「……あ。い、いらっしゃいませ」
可愛らしい女の子。バイトだろうか?それにしては小学生ぐらいに見えるが。
とりあえず、頭を下げて向かい入れてくれる。
「な、何名様でお泊まりですか?」
どうやらここはホテル的な何からしい。
「えっと、2人で1部屋お願い出来ますか?」
「かしこまりました。料金は銀貨一枚です」
うーん、やっぱりそうなるかー。
クロードから貰った袋の中には食料以外にも、僅かにお金も入っていた。
一応、銀貨とされる硬貨は入っているけど、片手で数えれるぐらいしかない。
まあ体を休めたいし、迷いなくお金を支払う。
「確かにいただきました。では、部屋は205号室となります。食事は朝昼晩の3食、お風呂は個室に一つ、一階に大浴場がございますのでご利用ください。以上です」
ただ外観の違うホテルだなって思った。
鍵を受け取り部屋に向かう。
ギシギシと床を鳴らし、部屋の扉を開ける。
中は2つのベッドと小さな机の簡素な作りとなっている。
そしてベッドの前まで運ばれ、そこでやっと降ろされる。
「あ、ありがとう」
「ご主人様がお疲れのようでしたので、少しは楽になるかと思いまして」
うーむ、良い子。
奴隷というのはこういう人ばかりなのだろうか?
「罰なら何でもお受けいたします」
「いやいや、僕のためにやってくれたことだから、そんな事するわけないよ。むしろ、見ていてくれてありがとう」
少し照れたように顔を赤らめる少女。
相変わらず無表情だが、わかりやすいくらい顔に出る。
コロコロと表情が変わる少女を見ていると、前は表情豊かだったのだろうと想像できる。
「それとこの服ですが、洗ってすぐにお返しします」
彼女は服をヒラリ……ではなく汚い物を摘むように引っ張って見せる。まあ実際汚いのだけど。
僕が着ていたジャージを彼女にあげたのだ。
元々彼女が着ていた服は、今にも破けそうなくらいボロボロで、とても人前に見せられる格好ではなかったのだ。
それに奴隷紋も隠せるかなと思って渡したのだが、いやはや同じ物かと疑いたくなるほどの可憐さがある。
容姿は美しいのに、ちょっとだらしない感じが別の良さを引き立て、庇護欲をそそるような可愛らしさがある。
「別に気にしなくて良いよ。何ならあげる。それよりも、君の名前を聞いてなかった」
「……私の名前ですか?」
少女は考え込むように顎に手を添える。
言いたくないのかな?だったら悪いことをした。
「ごめん」と口を動かそうとした時…。
「私には名前がありません」
開いた口が閉じなかった。
彼女の表情がひどく歪んで見えたからだ。
言いたくても言えない、そんな悲しい表情。
「……分かった。じゃあ、今つけようか!」
静寂を振り払うような大きな声が響く。
名のない少女は少し驚いたように見えたが、いつもの無表情に戻る。
「別に無理して名付けなくても」
「そうだねぇー、何にしようかな?」
彼女の言葉を遮り、自分の世界に入って行く。
日本人ぽい名前は似合わないよな。やっぱり外国人ぽい名前かな?
あ、歴史上の人物から取るのもありだよね。架空の人物だったり、国の名前から考えるのもありだな。
だが、いくら考えても彼女にあう名前が思いつかない。
「……何かご用ですか?」
ずっと見られて恥ずかしいのか、頬を赤らめてモジモジとし始める。
彼女を例えるなら、地上に舞い降りた天使や女神といったところ。
なら、そこら辺からとってみるのはどうだろうか?
「……アマテラス」
「?」
「決めた!君の名前はアテスだ!」
我らが誇る日本の最高神アマテラス。彼女にピッタリだと思う。
最初に思い浮かんだ神様で、そこから少し変えただけだが、我ながら良いセンスだと思う。
「アテス……それが私の名前ですか?」
「そうそう、カッコいいでしょ?あ、気に入らないなら遠慮なく言って」
「……いえ、ありがとうございます。アテス……いい名前です」
少女もとい、アテスは瞳を閉じ思いに耽る。
満足してくれたようで良かった。
「後、僕のことは凛と呼んで。ご主人様だと落ち着かないし」
「……命令ですか?」
「あぁー、うん、そうそう命令命令」
こうでも答えないと、彼女はずっとご主人様と言い続けそうだから肯定しておく。
僕個人としては命令をするのは嫌だったけど、必要とあればこうやって命令まがいのものは言う。
「では、リン様で良いでしょうか?」
「様もやめて。呼び捨てでいいよ。後、敬語もいらないかな」
「ならリン……さん」
気恥ずかしそうに言う。やっぱり最初からは難しいか。
まあそれは時間が解決してくれるだろう。
ホッと息をつくと、アテスは少し首を傾げる。
「リン……さんは何故私を買ったのですか?……あ、買ったの?」
「うーん、わかんない!」
呆れるだろう。しかし、それしか答えがないのだ。
彼女に一目惚れとか、運命を感じたとかじゃない。ただ本能的に彼女を欲しいと思ってしまっただけだ。
「それよりも、僕の話を聞いて欲しいのだけど良いかな?」
「無論です」
アテスの了承を得たので、僕は自分の身の上話を始めた。
別の国から来たことや奴隷は存在していない話など、自分が知っている限りのことを教えた。
話し終えた後、アテスは少し考え込むように目を瞑る。
そして、開口一番に言った。
「ありえない話……ですね。ニホンと言う国は聞いたことないですし、そのブカツというのも目的が曖昧ですよね」
「ま、まあそれは置いといて、日本ってここでは耳慣れないのかな?」
「いえ、むしろその逆……です。存在しないから誰も認知しないし、聞かないから耳に入ることもないのです」
少し頭の中を整理する。頭が現実を受け止めることを拒絶しているのだ。
もしかしたら、アテスが知らないだけで実は存在しているのでは?または嘘をつかれているのでは?
相手を疑うようなことばかり考えてしまう。
そんなのダメと思考を振り払う。
「……すみません、お役に立てませんでした」
「気にしなくていいよ。アテスが知らないならしょうがない。地道に見つけることにするよ」
アテスはしばらく考え込み、「あっ」と何か思いついたような声をあげる。
「一つだけ思いついたのですが、少々考えづらい話ですので、話半分で聞いてください」
そう忠告を聞いた上で、僕は頷いた。
「では簡潔に教えますと、リン……さんは私達とは異なる世界から来たと推測します」
「異なる世界……それってどういう?」
「読んで字の如く。住んでいる場所とは異なる世界。そこでは過去も地形も、何もかもが違った姿をしているんです」
確かにアテスの仮説が正しいのであれば、この世界に日本がないのも納得する。
「並行世界とは少し違うのかな?」
「それは違うと思います。並行世界は本来あったかもしれない世界のことを差します。右か左か、丸かバツか、そんな風に選択しなかった世界が並行世界となりうるのです」
なるほど。
つまり右を選んだ世界をA、左を選んだ世界をA'とすると、それぞれ違う未来が存在して、片方は観測することができない世界が出来上がるのか。
今も僕たちが住む世界をAとして、どこかの選択でA'の世界が作られているってことになる。
「その考え方だと、僕は異世界に来ちゃったってことになるな」
「しかし、一つだけ気掛かりがあります。リンさんの言語と、私達の言語が一致するとは考えづらいのです」
「そうなんだよねー。文字が読めないんだよ」
奴隷紋のことを思い出す。
彼女に刻印されているのは僕自身の名前と、星を反対にしたもの。
星はまだしも、名前の方は何を書いているかわからなかった。初めて英語に触れた時みたいだ。
「しかし、今私達はこうして意思疎通が出来ています。つまり、そこには何らかの介入があるのでしょう」
文字がわからないのであれば、言葉だってわかるはずがない。
偶然発音が同じだったのか。楽観的に考えればそういうことになるけど、話は単純じゃない。
2人で考え込む。
だけど、未知の存在が何なのかわからない以上、答えなんて出るはずもなく…。
「やーめた!それよりも、明日のことを考えよっか!」
「……フフ、そうですね」
「あ、やっと笑ってくれた」
恥ずかしそうに顔を赤らめる少女を見つめ、つい笑ってしまう。
最初こそ戸惑い、奴隷の存在を嫌悪していたけど、この異世界で生きて行くのも悪くないかなって思えてきた。
どんな未来が待ち受けていても、僕達は必ず乗り越えられる。
アテスと2人でなら。
そして、いつか僕が過ごした世界をアテスに見せるんだと、心に決めた。
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