★第36話 寝坊

 カーテンの隙間から射し込む陽光が目に当たってさやかは目を覚ました。昨夜は十時ごろまで志津子の話を聞いていた。部屋に戻ってもさやかは全く眠れる気配がなく、スマホをずっと見て過ごしていた。漸く眠気が訪れたのは夜中の二時を過ぎたころだった。

 いつもならスマホのアラーム音で目が覚めるはずなのに、眠れない夜を誤魔化すために一晩中音楽を聴いて過ごした為、充電がすっかりなくなってしまった。目が覚めてからスマホの電源をつけようとボタンを押すと、わずかに残った電力で電池の消耗も知らせぷつんと黒い画面になる。急遽泊まることになったため充電器を持ってきていなかった。

 それじゃあ、今は何時なんだろうと備え付けの壁かけ時計を見ると十時を廻っている。さーっと血の気が引き慌てて支度をして部屋を出た。日曜日はデイが休みの為、利用者が各々過ごしていた。エプロンをしたスタッフを捕まえ利一の行方を聞くとこの時間は食堂にいると思うと言われ、エレベーターで二階へ降りる。


 食堂に降りたが二人の利用者がそれぞれテーブルにつき各々趣味のレース編みや日向ぼっこをしている。利一の姿はなかった。


「おはよう、さやかちゃん。よく眠れた?」


 麦わら帽子をかぶった清子に後ろから急に声をかけられた。


「おはようございます…遅くなってすみません」

「いいのよ。疲れていたんでしょう。利一さんも寝かせてやれって言ってたわよ」

「祖父は今どこにいますか?」

「朝ごはんの後に少し横になるって言って部屋で休んでるわよ。そろそろ起きるころかしらね」

「そう、ですか」

「さあさあ、朝ごはんにしましょう。雪美さん、出してあげてくれる?」


 清子に背中を押され強制的に席に着かされた。雪美から水筒を受け取ってからさやかに「ごゆっくり」と声をかけ清子は食堂とは反対方向へ小走りで行った。

 雪美が用意してくれたおにぎりと玉子焼き、小さく切られた野菜のスープを食べてから利一の部屋へと向かった。ノックをしても返事がない。


「おじいちゃん、入るよ」


 少しだけドアを開けて中の様子を伺う。ベッドに横になっていた。そろそろと足音を立てないように滑らし近くに寄った。目を瞑っているから寝ていると思ったら利一は口を開いた。


「どうした」

「あ、起きてた?それとも起こした?」


 息を吐きながら眠そうに声をだす。


「別に寝ているわけじゃない。横になって休んでいただけだ」


 利一は寝たまま先に足を降ろし、よいしょと左手でベッドを押さえながら起き上がる。座ると腰を擦っていた。利一は黙ったまま机を指さした。それがお茶を欲してると察して、机の上に置いてある水筒のお茶を、並べて置いてあった湯呑に注いでから手渡す。利一は一口、二口と少しずつ飲んだ。


「もう帰るのか」

「そのつもりだけど」

「そう、か」


 残っていたお茶を飲みほした。


「昨日は悪かった」

「え?」

「あんな話、聴かせてしまって。混乱してるんじゃないのか」


 さやかの沈黙は肯定だ。利一は罰が悪そうに眉間に皺を寄せる。


「この話、おばあちゃんは知ってたの?」


 おばあちゃんが知らないで結婚生活をしていたのなら幸せなんだろうか。知っていたのなら、どんな気持ちで過ごしていたんだろうか。


「おばあちゃんは知っているよ。繁たちは知らないだろうけれど」


 あなたは懐の広い女性だったなと利一は静かに微笑む和江に心の中で声をかけた。

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