☆第22話 スーツ

 約束の金曜日までのことはあまり覚えていない。いつも通りに振舞おうとすればするほどぎこちない。つまらないミスが増えてしまい、従業員が心配するほどだった。


「体調悪いなら休みなさい」


 利一が拾われた頃から世話になっている年配の女性が店から下がるように促した。言葉に甘えて部屋に戻る。申し訳ないと思いながらも、出来た時間で荷物をまとめる準備に取り掛かった。元々個人の物は少ない。服とお金、これだけ持って行くことにしよう。

 この店で働いて五年、もうすぐ六年になる。殆ど手つかずの給金は茶封筒に入れて部屋の文机の一番上の引き出しの奥にしまっていた。月に一度取り出して必要なもの以外はそこにいれている。茶封筒を取り出して肌着に包み鞄の底に入れる。無駄遣いはしていないが、これからのことを思うと心もとなかった。

 服も決して多くはない。冬用のセーターが一着、一年中着まわしているズボンが二着、合服が二着、夏服が三着、これだけだ。あとは鏡さんから貰ったスーツである。出来る限り荷物を減らすためにすぐ着る服以外は置いて行くことにする。

 ふすまのさんに打ち付けたフックから下げられたスーツを眺めた。クリーニングから引き揚げてから二度ほど着用しただけだ。少しだけ皺が寄っていた。また近々着るかもしれないとそのままにしていた。今になって思えばせめてクリーニングに出しておけばよかったと思う。

 

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