第12話 夢から覚める
「…さん、り…さん、起きてく…い」
誰かが肩に触れて身体を揺らしている。重い瞼をこじ開けると部屋を照らす白い光が目の隙間から射し込むので、眩しさで何度か瞬きをした。
「気付かれましたか?ああ、よかった」
テーブルに突っ伏していた身体を起こすと、新名が置いていた水筒から冷たい麦茶を湯呑に注いで差し出した。日向の中で眠って居たせいか喉がからからになっている。二度に分けてぐいっと飲み干した。
「お疲れだったんですね。無理を言ってすみませんでした。掃除が終わったので呼びに来たんです」
「それは、どうも」
「身体の調子はどうですか。一応熱を測りましょうね」
既に用意していた体温計のスイッチを入れてピピっと音が鳴った。嫌だと突っぱねることなく素直に受け取り脇に差す。頭がぼんやりしているせいだろうか。一分もしないうちにピピピと電子音がしたらしく新名は見て見ましょうねと体温計を受け取った。
「三十六度九分ですね。平熱より少し高めか…大丈夫だとは思いますが、念のためお部屋でゆっくりしましょう」
歩けるか定かではなかったので一応と持って来た車椅子に乗りますかと促された。利一は断り杖を突いて体を起こす。もう片方の手で本を抱えて食堂を後にした。
部屋に入ると肌の上を冷風が走った。普段冷房は使わない利一にはぞわっとする冷気である。ここ数年、もしくは十数年は毎年猛暑を振るうようになった、らしい。昔より平均気温が何度あがったと毎年テレビでも放送するから、そうなのかと頷いているが、若い頃の夏とそんなに違わないように思えた。数年前、英恵が古いクーラーではいつ壊れてもおかしくないと言い、新しいものに買い替えた。晴子は喜んでいたが利一は好きになれなかった。冷房なんて使えば軟弱になるばかりだと考えていたからである。晴子がよく過ごすリビングなどでは使ったが、書斎や寝室で使用することは殆どなかった。それでも夏バテひとつせず此処まで生きて来た。やはり不要だったのだ。
「冷房を消してくれ」
「そうですか?でも今日は外の気温が三十五度近くなるので、安全のために付けておきませんか」
「いらん。寒くてかなわんのだ」
「それじゃあ、窓とドアを開けて扇風機を付けましょう。すぐに持ってきますね」
新名が部屋のドアを全開にして出て行った。利一は一息ついてベッドに座った。窓から入ってくるカーテンを靡かせ熱風を運んでくる。乾燥した肌がじわりと汗が滲んですぐに乾いた。けたたましく鳴くミンミンセミの声が耳をつんざく。
どれくらい眠っていたのだろう。机に置いた時計に目をやると自然と晴子の遺影が目に入る。まだ十二時に至っていない。これほど退屈な午前があっただろうか。またうとうとしてベッドに横になった。懐かしい夢を見た気がする。どんな夢だったのか覚えていないが、また同じ夢が見たくなった。
「お待たせしました…っと」
新名は扇風機を持って入ってくる。すでに横になって目を瞑っている利一を見て新名は何も言わずコンセントを差しスイッチを入れた。本当はまだ眠っていなかった。世間話をするのも面倒臭くそのまま寝たふりをする。一番弱い風を体に直接当たらないようにして首を回す。そよそよと柔らかい風が利一のベッドを付近に流れた。気持ちよさにまた眠気がやってくる。
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