武志、士郎に想いをぶつける
大和武志が目覚めた時、すでに夜の九時を過ぎていた。
ベッドから起き上がり、辺りを見渡す。生活に必要な最低限の物しかない。我が家ながら殺風景だ、と思う。
最高に不快な気分である。昨夜から今朝にかけての作業は、気分のいいものではなかった。しかし、最後までやり遂げた。寺門達也という人間を生きたまま廃人に変えたのだ。
そう、寺門の人生は間違いなく破滅した。こうなった以上、今さら後戻りなど出来ない
「おい武志、起きたか」
声と同時に、扉をノックする音がした。武志は立ち上がると、扉を開ける。
そこに立っていたのは、怪しげな雰囲気の男だった。見た感じは中肉中背。これといった特徴がなく、人混みの中に入ったら見つかりにくいタイプである。
この男こそ、武志の知人であり、今回の計画の協力者でもある天田士郎であった。
士郎は、武志をじっと見つめる。ややあって、溜息をついた。
「吸血鬼みたいな顔色してるぞ。大丈夫か」
その言葉に、武志は顔を歪める。
「最悪の気分ですね」
「だろうな」
士郎は頷く。その目には哀れみの感情があった。
「はっきり言っておく。俺はプロだ。依頼され、前金をもらった以上は最後まで手伝う。だがな……後金をもらう前に依頼主に何かあっては困る」
そう言うと、どろりとしたチョコレート色の液体の入ったジョッキを渡す。
「こいつはな、必要な栄養素が入ったサプリメント入りドリンクだ。カロリーも高い。さっさと飲め。胃が落ち着いたら、固形物を食うんだ」
「ありがとうございます」
武志はジョッキを受け取り、少しずつ飲んだ。恐ろしく甘い。だが、その甘さが肉体と精神、両方の疲れを癒してくれた。
「顔色が少し良くなったな。ところで、お前に提案がある」
そこで、士郎は言葉を止めた。武志がジョッキの中身を飲み干すのを待つ。
飲み干した後、口を開いた。
「残りの三人は、俺に任せないか?」
武志は黙ったまま、士郎の顔を見つめ返す。彼の視線から感じられるものは哀れみだった。
不思議な気分になる。士郎は金次第で何でもやってのける裏の便利屋のはずだった。人殺しが大好きな異常者、という噂も聞いている。
しかし、今の士郎の目は哀れみに満ちていた。武志の身を案じる優しさも感じられる。一瞬ではあるが、その優しさにすがりたい衝動に駆られた。
その時、五年前の光景が脳裏に甦る。心が死んだ、あの日──
「あんたには、わからねえよ。俺はあの時……
「それは仕方ないだろう」
「仕方ない!? 仕方ないわけないだろうが! 奴らは、俺がこの手でやる! 俺がやらないとダメなんだ……」
言葉は途切れた。武志は青ざめた顔で下を向き、肩を震わせている。
「ひとつ言っておくぞ。お前はどう頑張っても、こっち側の人間にはなれないんだ。お前……このまま続けたら、確実に人間やめることになるぞ」
士郎の口調は優しい。だが、武志はこう返した。
「上等です。いつでも辞めてやりますよ」
士郎が帰った後も、武志は座り込んだまま動かなかった。昨日の光景がまだ脳裏に焼き付いている。寺門の悲鳴。様々なものの入り混じった異臭。飛び散る血液。途中で何度くじけそうになったかわからない。だが、その度に五年前の出来事を思い出し、自分を奮い立たせた。寺門とその仲間たちが、自分のかつての恋人だった杏子に何をしたのかを……。
そして「仕事」を終えてへたり込み、胃の中のものをぶちまけた自分を尻目に、寺門の傷を手当てしていた士郎。
そう、ただ殺すのは生ぬるい。
奴ら四人には一生、苦しんでもらう。
死んで罪を償わせるなど、実に不合理な話ではないか。
生きてこそ、罪を償えるのだ。
この先は、きっちり苦しんでもらう。
そう、武志は死刑廃止論者だった。理由はただひとつ。あっさり死なせてはつまらないからだ。残り三人にも、生まれてきた事を後悔するくらいの苦しみを味わいながら生きてもらう。
罪は生きていてこそ、償えるものなのだ。
武志は目を開けた。
いつの間にか、また眠ってしまったらしい。あるいは昨夜、士郎がくれた飲み物の中に睡眠薬でも入っていたのかもしれない。夢も見ずに、ぐっすりと眠ったのだ。
窓からの日差しが眩しい。朝……いや昼と言っていい時間帯だろう。久しぶりに空腹を感じた。だが、部屋には食料の類いはほとんどない。
ドアを開け、外に出る。近くのコンビニに向かい歩き出した。
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