第五章 覚悟
第38話 覚悟 その1
三月末、とうとうココットは解散した。これから三人はソロでそれぞれ活動を行っていく。ユウリは頭では解散することはわかっていたものの、いざ解散してしまうと宇宙空間に放り出されてしまったように全てから解放され、何処に向かって動き出せばいいのか分からない。それ以上にユウリの心を支配している一つの感情がある。それは「
以前は一日に何回もメールをやり取りしていたが、徐々に俊介から届くメールの回数も減り、返信までの時間が長くなっていく。いつ届くかわからない返信を待つことは、自由と言う孤独な時間を
ココットの解散はユウリにとってとても辛いことだったが、解散後も続く俊介との日々が唯一の希望だった。そして更に二人のつながりが強くなることを夢見ていた。
が、現実は違う……。
以前よりも俊介との距離が離れて行っているように感じた。しかし、入隊したばかりの俊介が忙しくて、夜も疲れ切っていることは理解している。出来る限り気持ちを
(美味しそうだね。また写真を待っているよ)
とりあえず返信しているような内容のメールが一回来るだけだ。その後決まってユウリは過去のメールを読み返し、俊介が書いた『大丈夫』という言葉を自分に言い聞かせ、寂しさを
俊介は自衛隊に入隊、と言うより正確には陸上自衛隊
ユウリは何度かメールで不満を書こうと思ったが、気持ちに負けて文句を言うのは止めようと心に決めていた。今までも
日曜日、俊介は同室の隊員が全員出かけた後、ベッドの白いシーツに腰を掛け、久しぶりにユウリに電話をかけた。ユウリはレースのカーテンから日差しが
「なんか電話で話すの、久しぶりだね。声が
なんてことない普通の会話だ。しかし休みも疲れが取り切れていない俊介は以前のように心に余裕が無い。そのせいかユウリの言葉が皮肉に聞こえる。
「久しぶりで、ごめんな」
感情の無い声だ。ユウリは弁解するように立上り、話した。
「そ、そういう意味じゃないよ。声が聴けて嬉しかっただけ。毎日、大変そうだね。お疲れ様」
「メールもなかなか出来ないから悪いと思っているよ」
俊介は何を言われても皮肉に聞こえてしまう。
「俊介、どうしたの? なんかいつもと違うよ」
「俺はいつもこんな感じだよ。ユウリはいつも元気だね」
この言葉にいままで明るく振る舞っていたユウリも寂しさが込み上げ、
「私だって無理して明るくしてるの……」
そう言ってから『しまった』とユウリは唇を噛んだ。
「無理って、何を無理しているんだよ」
責めてくるような俊介の言葉に、何とか気持ちを
「解散してから私は辛かったの。でも俊介からのメールは減っていくばかり」
落ち込んだ声でユウリが不安な気持ちを打ち明けたが、いまの俊介には受け止めてあげることが出来ない。本当はこの段階で受け止めることが出来たら、
「俺だって毎日、大変なんだよ!」
俊介の怒ったような声を聞くのは初めてだ。信じられない気持ちと、悲しさと、怖さと、色んな感情が一気に襲い掛かってきて、ユウリは
「俊介が勝手に自衛隊に入ったんでしょ!」
「勝手にって……」
俊介は何かを言い返そうと思ったが、やめた。スマホを耳にあてたまま、疲れたように頭に手をあて、髪の毛を握った。
少し開けてある窓から、ユウリの気持ちを冷ますように風が入ってきた。レースのカーテンが日差しの中で揺れている。
「もういいよ、切るね」
ユウリはゆっくりとスマホを
俊介はムシャクシャした気持ちで布団に
ユウリの眼は原形が分からなくなるぐらいに濡れて
日が暮れた頃に俊介は目覚め、『何もしないまま、休みが終わったな』とベッドに寝転んだままスマホの時計を見た。自分にとってこの数週間はあっという間に過ぎたがユウリにとってはとてつもなく長い日々だったのではないか。そう思うとユウリの気持ちが想像できなかった自分に腹が立つ。
『ユウリは明るくふるまってくれたのに。百パーセント俺が悪いよな』
暗い部屋の中でスマホの弱い明かりに浮かび上がる俊介の瞳には、ここ数週間に送られてきたユウリのメールが映っている。そこには寂しさをこらえながら、陽気なふりをしているユウリがいた。そして素っ気ない自分の文書がユウリに冷たく突き刺さっている。『口では格好良いことを言っていたのに、俺は最低だ』俊介はいてもたってもいられない気持ちだったが今は以前のように
(今日はごめん。俺が悪かった)
ユウリはベッドに置かれたスマホの画面を指でなぞり、
(いいよ)
一言返信したが何も感じない。全ての色が抜け落ちたように気持ちが引いてしまっている。もう涙も出てこない。いまは俊介とメールも電話もしたくはなかった。
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