第33話 恋心 その4
ココットが中華料理店を去ってから五分ほどして夏樹達も店を後にした。飲食店が立ち並ぶ通りには多くの人が行き来している。何やら楽しそうにお喋りをして歩く夏樹と沙友里の後ろを、俊介と徹は話をすることも無く歩いていた。夏樹は振り返り、何も知らないようなフリをして俊介に確認してみた。
「そー言えば、ユウリの連絡先とか教えてもらったの?」
「しらじらしいな。知ってるんだろ。教えてもらったよ」
コートのポケットに手を入れたまま、不愛想に夏樹を見た。
「俊介君ってさ、何処まで知ってて、何処まで知らないのか。しっかり考えているのか、何も考えてないのか。謎めいてるよね」
突然予期せぬことを言いだす俊介の事をそんなふうに表現した。
「別に普通だよ。でも今日のはバレバレだろ。部屋の外に皆がいたことは誰でもわかるよ」
「えー、そうなんだ。努力が水の泡だ」
夏樹はがっかりするように口を
「でも、あの場に皆がいたら言い出せなかったから、助かったよ」
ちょっと恥ずかしかった俊介は、夏樹の背中にそっとお礼をした。
「なーんだ、役に立ったんじゃない。良かった」
夏樹は振り向きもせず軽やかに弾むような足取りで沙友里と帰っていった。俊介は皆が自分の為だけに気を利かせてユウリと二人っきりの状況を作ってくれたと思っている。そうだとすると、何故サキラとエミリまで席を外したのか、舞い上がっている俊介にはそこまでは考えが及ばなかった。
夏樹と沙友里は電車に乗るとユウリにメールをした。
(今日は良かったね。俊介君から連絡先を聞いてもらえて。ゆっくりと休んでね。おやすみ)
ユウリはホテルの部屋に戻っていた。スマホの着信音が鳴った瞬間、思わず俊介からじゃないかと期待してしまったが、メールを見て小さな
『私は最低だ。私の為に協力してくれた夏樹と沙友里なのに、夏樹のメールに一瞬でもがっかりしてしまった。ごめんね夏樹、沙友里。本当にごめんね』
スマホを握りしめ、がっかりした気持ちを抱いてしまったことを、
(ありがとう。お二人のおかげでこんなに嬉しい気持になれました。本当にありがとう。とても感謝しています)
沙友里は吊り輪につかまりながら片手でスマホを見たまま、
「ユウリ、やけに喜んでるな~」
と少し微笑んだが、夏樹の切ない表情には気づかなかった。夏樹は静かにスマホを閉じ、
「よかった……」
そう呟いた。
そのころ俊介と徹はラーメン屋にいた。今頃になって俊介が「腹が減った」と言い出したからだ。
「お前、子供じゃないんだから、食べる時にちゃんと食べろよな」
徹の小言を気にも留めず、無心で麺をすすっている。
「それにしても連絡先を教えてもらえて、良かったな」
「ああ、そうだな」
俊介は簡単に応えると、また麺をすすった。俊介がどこまで考えているのか気になった徹は、確認の為に訊いてみた。
「お前、自衛隊に入ることは忘れてないよな……」
俊介には徹が言いたいことがすぐに分かったようだ。
「それは承知の上だ」
少し徹を見て、また麺をすすりだした。
「そうか、なら良いんだが」
そう言うと、俊介が注文した餃子を一つ摘まんで口に放り込んだが、
「熱っ!」
あまりの熱さに口から出して床に落としてしまった。俊介はもったいなさそうに、
「格好つけるからだ」
と、顔をしかめた。
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