第31話 恋心 その2

 一月下旬に衝撃的なニュースが流れた。それはココットの解散だ。

 日本での活動も再開していたが、時代の流れには逆らえなかった。それは新しいグループが出てきたことによる人気の陰りだ。

 夏樹と沙友里は大学の食堂で昼食を済まし、売店で温かい缶コーヒーを選んでいる時にそのニュースの噂が耳に入って来た。

「うそでしょ?」

 二人はスマホで事実を確認し、すぐさまユウリにメールを送った。

(驚いた?)

 意外とあっけない返事が返ってきた。そしてユウリは四人と初めて会った日に起こった出来事などをメールで打ち明けた。二人はスマホを見たまま黙り込んでいたが、夏樹が指を動かした。

(そんな辛いことがあったなんて、知らなかった)

(ごめんね。話せなくて)

 ユウリが謝ると、

(気にしないで。仕方がないことだから)

 沙友里もそう返信した。夏樹と沙友里は話せなかったことに対して素直に謝るユウリのメールを見て、俊介が自衛隊に入隊する道を選んだ事実を黙っていることに罪悪感がわいてきた。

 ユウリは続けてメールで今の心境を送ってきた。

(前に解散の話が出た時は国際問題の影響が原因だったから納得は出来なかったけど、今回はそうじゃないから。いずれは訪れることだから、まだ気持ち的には大丈夫かな)

 そのメールを読んで二人はますます気が重くなった。自衛官と付き合うというのもある意味、国がらみの問題だ。ユウリの前にまた国の事情が立ちはばかると思うと、辛い気持ちだ。

(ユウリが大丈夫そうで良かった)

 とりあえずそう返信すると、少し間をおいてまたユウリからメールが来た。

(もし俊介さんに気持ちを伝えて、断られたらどうしよう)

 ユウリの不安な気持ちが伝わってくる。夏樹はスマホから顔を上げ、眉間みけんにシワを寄せてその状況を想像した。俊介ならその可能性もあり得る。

『私たち四人でユウリに会う → ユウリが無邪気な笑顔で告白する → 俊介があっけなく断る → ユウリがガッカリする』

 と言うような四コマ漫画みたいな情景が思い浮かぶと、腹が立ってきた。そしていきどおったように無心にスマホの画面を打った。

(その時は、ぶん殴ってやりなよ)

 このメールにはさすがの沙友里も呆れて気の抜けた笑いが出てしまった。ユウリも全く想像しなかった夏樹のメールを読んであっけにとられながらその情景を想像した。

『俊介さん、好きです → ごめん、遠慮します → 何だとー、バシッ!』

 告白して断られたから殴るなんて、夏樹らしいと言えば夏樹らしい。

(さすがに殴るのは可哀想かな)

 ユウリの優しくて可愛いらしいメールを見ると、ますます俊介の罪深さに腹が立つ。

(代わりに私と沙友里がぶん殴ってあげるよ)

 そう返信すると、横にいた沙友里が、

「私も殴るんですか……」

 完全に力が抜けた声で呟いた。

(よろしくお願いします(笑))

 ユウリから返信が来た。沙友里は『ユウリはユーモアの通じる女の子だな』と思い、笑みがこぼれた。


 二月に入りユウリから会える日時の連絡が来た。その時はサキラとエミリも来るようだ。夏樹と沙友里も俊介と徹にココットと一緒に会うことを打ち明けた。

 夏樹と沙友里が頻繁にユウリとメールでやり取りしているということは徹経由で俊介も伝え聞いている。その時に自分の名前も出て来ると聞くと、舞い上がりそうな気持ちになった。

 そして今度は日本でココットに会えると聞いて俊介もある決意をしていた。

 いつもの喫茶店には久しぶりに四人が揃っている。

「ココットの解散には驚いたけど、また会えるなんてもっと驚いたよ」

 徹のその言葉に俊介も緊張した面持ちで頷いている。そんな俊介を見て夏樹が確かめるように尋ねた。

「自衛隊に入隊するって本当?」

「ああ」

 俊介は短く返事をした。徹は明るい声で、

「ほんと、驚いちゃうよな。自衛隊に行くとはな~」

 と茶化すように言ったが、夏樹と沙友里は神妙な面持ちで俊介を見ている。

「その意思は変わらないの?」

 さらに夏樹が訊いた。

「変わらない」

 俊介の短い言葉に意志の固さを感じる。夏樹と沙友里は顔を見合わせて、小さくため息をついていた。


 喫茶店からの帰り道、沙友里を乗せて車を運転していた徹は、先ほどの二人の様子が気になっていた。

「なんか様子が変だけど、何かあったの?」

 車窓を眺めていた沙友里はもういいかと思い、徹に打ち明けた。

「俊介君には内緒にしておいて欲しいんだけど……、実はユウリは俊介君の事が好きなの。今度会った時にきっと自分の気持ちを俊介君に話そうとしていると思う」

 予期していない内容に、徹は前を向きながらハンドルにしがみ付くように数回「えっ?」を繰り替えしていたが、すぐさま沙友里と夏樹の心配事も分かったようだ。

「なるほど。自衛隊に入隊することが壁にならないか、心配しているんだね」

 そう言うと沙友里は静かに頷いた。でも徹はそれほど深く考えることも無く軽い笑みを見せ、

「それは本人達次第なんじゃないか」

 と、沙友里達が出した結論と同じようなことを言ってくれたから、沙友里も笑顔を徹に向けた。それよりも徹は他の心配をしている。

「俊介は女性と話すのが苦手だからな。大丈夫かな~」

「確かに、俊介君って女の人と話すときは、何となく不愛想だよね」

 沙友里も口元に手を重ねクスっと笑っている。

「優しいヤツなんだけど女性の前だと緊張しちゃって、近寄りがたい雰囲気を出してしまうからな。そこは俺達が気をかせないといけないかもな」

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