第27話 海外に行くぞ! その8

 タクシーがテレビ局のエントランスに停車すると、四人はタクシーのトランクから大きなカバンを取り出した。

 大理石のつややかな床に遠くを眺めているスオンが映っていた。近くのベンチにはスマホを片手にしたリンが腰を掛けている。

≪たぶんあの子達だな≫

 スオンの呟きに、リンはスマホから顔を上げ遠くの四人に視点を合わそうと眼を細めた。

≪でも女の子は二人でしたよね。三人いますよ≫

≪確かに。それに俊介君もいないから、違うか……≫

 リンはまたスマホに目線を落とし、スオンも息を吐き体をたたむようにベンチに腰を掛けた。

「お待たせしました。今日はよろしくお願いします」

 何処からともなく俊介の声が聞こえる。スオンとリンは周りを見渡したが、俊介の姿はない。再び俊介の声がした。

「僕ですよ」

 ジーパンを履いたボーイッシュな女の子が笑顔で話しかけている。スオンもリンも口を開けたまま見上げているだけだ。

「き、君、俊介君なの?」

 スオンはベンチから腰を浮かし右手を自信無さそうに出した。リンも日本語が出てこない。

≪す、すごく綺麗≫

 言葉を失って立ち尽くしているスオンに徹が挨拶をした。

「私、杉下徹です。よろしくお願いします」

「あ、ああ、大学の事務局にいます。スオンです」

「同じ事務局のリンです」

 夏樹と沙友里も笑顔で挨拶をした。

「それにしても凄いな~。自分でメークしたのか?」

 スオンはまばたきもせず俊介を見ると、

「いえ彼女たちがメークしてくれました。日本で勉強してきたみたいです」

 俊介は夏樹と沙友里に話を振った。

「お二人はメークが上手なんですね」

 スオンの柔らかい笑顔に、夏樹と沙友里は人見知りをして照れている子供のようにお辞儀じぎをし、何度かスオンの顔に目線を向けている。スオンは次に徹を見て、

「君が頼れるマネージャーさんだね」

 そう言うと、徹は恐縮したように直立し、

「はい」

 と答えた。

「素敵なお友達ですね」

 リンは美しい俊介にささやいた。


 受付でスオンが担当のプロデューサーを呼び出すため説明をしている。スオンもテレビ局に来るのは初めてなようで、少し緊張した面持ちだ。

 しばらくして体格の良い男性が彼らを迎えに来た。この男性はアシスタントで、名前はソンガ。大男ではあるがひげもしっかり剃ってあり、髪型も小ぎれいに整っている。これでスーツを着ていればエリートビジネスマンと言った感じか。でも今はジーパンにTシャツと言ういでたちだ。それでも十分さわやかさは出ていた。

 ソンガは夏樹と沙友里に手を差し出した。

≪荷物をお持ちしましょう≫

 夏樹と沙友里は言葉は分からないが、その仕草で何となく意味が分かり一旦は控えめに遠慮したが、「遠慮はいりません」と言うような笑顔でソンガが更に手を近づけて来たので、頭を下げ荷物を渡した。ソンガは二人の荷物を右手で軽々と持ち、今度は左手を俊介の方に差し出した。俊介は戸惑いながら思わず、

「あっ、大丈夫です」

 と言うと、ソンガはその声に驚き、現状の説明を求めるようにリンを見た。

≪綺麗でしょ。男の子ですよ≫

 ソンガは物珍しそうな顔で俊介を見たままゆっくりと歩き出した。そんな様子にスオンも微笑んでいる。

 彼らが案内された会議室は教室ぐらいの広さだろうか。長机が四角形に配置されている。ソンガは少し席を外しペットボトルを人数分抱え、背中でドアを押すようにして戻ってきた。

 スオンとリンはソンガと会話をしていたが何を言っているのかは俊介達には分からない。四人は借りてきた猫のように何もしゃべらず黙っていたが、徹がペットボトルのジュースを飲むと、つられて他の三人も飲んだ。

 ドアをノックする音と同時に、一人の男性が分刻みのスケジュールで行動しているように入って来た。プロデューサーのチェミルだ。アシスタントのソンガとは対照的に痩せており、無精ぶしょうひげが生えている。

 スオンは立ち上がるとチェミルと握手を交わして挨拶をし、俊介達の事を簡単に紹介しているようだ。

 チェミルが俊介達に話しかけ、その内容をスオンが訳してくれた。

「この人がプロデューサーのチェミルさん。君達の事は日本の伊達さんから話を聞いているようだ」

 まさかここで伊達の名前を聞くとは……。

「伊達さん、話をしてくれていたんだ」

 夏樹はそう呟いた。そして四人はチェミルに、招いていただいたことをお礼した。

≪何か困ったことがあれば、私かアシスタントの彼に言って欲しい。あと本番で答えにくいことを聞かれた時は、無理して答えなくてもいいからね≫

 チェミルは四人を気にかけているようだ。スオンが訳してくれたので彼らもその言葉が意味することを察し、

「はい」

 とほほを引き締めて返事をした。

 チェミルは軽く笑いながら、

≪伊達から念を押されているからな≫

≪そうでしたか。私からもお願いします≫

 スオンも改めて頭を下げた。

≪あなた方が一緒に来て下さったので、助かりました≫

 チェミルはスオンとリンに感謝している。確かにこの二人が付き添っていなかったら、この会議室での出来事すらスムーズには行っていないだろう。

 穏やかな空気を押しのけるように勢いよくドアが開いた。会議室に飛び込んできたスタッフは俊介達には目もくれず、チェミルに駆け寄り息を切らして小声で何かを話をしている。チェミルも眉間みけんにシワを寄せじっと話を聞いていたが、取りつくろったような笑顔で俊介達の方を見ると、

≪じゃあ、また後で≫

 と軽く手をあげ、スタッフと一緒にドアを開けたまま会議室を出て行った。

 ソンガは静かにドアを閉め、ドアノブを持ったままうつむいている。四人にも何か問題が発生したことは何となくわかった。不安そうな眼差しに気づいたソンガは明るい声で雰囲気を切り替えた。

≪じゃあ、楽屋に案内します。本来なら出演者だけですが、今日は特別に皆さんで楽屋に行きましょう≫

≪ラッキー≫

 リンは両手で小さくガッツポーズをしている。四人もそんなリンの様子に、先ほどの不安が少し和らいだ。

 楽屋でソンガは、

≪ここで少し待っていてください≫

 と言い残し、どこかに行ってしまった。俊介は会議室での出来事が気になっていた。

「さっき、スタッフの人が深刻そうな感じでしたが、何か問題でも起こったのでしょうか?」

 スオンは腕組みしていた右手を顎にあて、推理でもするように話し始めた。

「どうやら、ココットに何かが起きているみたいだな。今夜出演できるかどうか、みたいな事を話していたよ」

「ココットに会えないの?」

 夏樹がかすれた声で俊介に尋ねたが、俊介も黙ったままだ。

「大丈夫だよ。もう番組の予定は決まっているから」

 スオンが顎から手を離し顔の緊張を解いて笑うと、夏樹は照れ臭そうに肩をすぼめて頷いた。


 俊介達の楽屋とは対照的に、別の楽屋には笑顔が無かった。そこには解散を遠回しに知らされたココットの三人が言葉を忘れたように黙り込んでいた。三人が笑顔で生放送に出演するのはとても無理そうな状況だ。特に一番年下のユウリは酷くふさぎ込んでしまっている。

 プロデューサーのチェミルが楽屋の外にリーダーのサキラを呼び出した。

≪様子はどう?≫

≪良くは無いです≫

 サキラは淡々と答えると、さらにチェミルに聞いた。

≪チェミルさんはどこまでご存知ですか?≫

 解散の話についてチェミルがどこまで知っているのか気になる。

≪事務所の方から、一通りは聞いている≫

≪そうですか。数時間前に解散の話を聞かされて、平然としていられるわけがない。私たちは何も悪いことはしていないのに……≫

 サキラは唇を噛み、目じりを引きつらせた。

≪確かに君達は何も悪くない≫

 サキラの気持ちもわかるが、やむを得ない判断だったということも理解しているチェミルはそれ以上言葉が出ない。

≪大丈夫です。本番までには皆で気持ちを立て直します≫

 サキラはそう言うと楽屋に戻って行った。

 楽屋ではユウリがまだ両腕に顔をうずめて、机にふさぎこんでいる。エミリはそんなユウリに声をかけることも出来ず、ただ見ていた。

『とても気持ちを立て直せそうにない』

 二人の様子をみてサキラは絶望的な気持ちだったが、そっとユウリの隣に座り、

≪ユウリ、まだ泣いてる?≫

 そう優しく声をかけると、ユウリはふさぎこんだまま、頷いた。サキラは次にエミリに視線を向け、

≪エミリは大丈夫?≫

 と訊いた。エミリは疲れたような笑顔で曖昧あいまいな返事をし、そして、

≪サキラこそ大丈夫?≫

 と、サキラを気付かった。

≪正直、大丈夫じゃないかな≫

 サキラは本音を言うと、ユウリの背中を静かにさすりながら、ゆっくりと話し始めた。

≪でも、笑っていよう。今はまだ、笑っていようよ≫

 その言葉を聞いてユウリは声を出して泣き出した。彼女なりに押し殺していた悲しみが、一気に溢れ出したかのようだ。ユウリの背中をさすり続けていたサキラの眼からも一筋の涙が流れた。とても悲しくそして美しい涙が……。


 泣きつかれたのかユウリの泣き声は収まり、すすり泣きになっている。そして顔を上げ、

≪もう大丈夫、いっぱい泣いたから≫

 涙で真っ赤になった目をこすった。

≪ありがとう≫

 サキラは乱れたユウリの前髪をそっとかき分けながら、優しく微笑んだ。

 その笑顔があまりに物悲しく、今度はエミリが泣きそうになったが、天井を向いて必死に涙をこらえた。こんな悲しい時間を三人で過ごすのは、初めてだ。

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