第24話 海外に行くぞ! その5

 月曜日の夕方、夏樹達三人は坂本に会うため、テレビ局を訪れていた。

 坂本も夏樹達の返事を待っていたようで、すぐに面会の時間を作ってくれた。

 六階で止まっていたエレベータが動き出し、途中の階で止まることなく滑り落ちるように下がってくる。扉こじ開けるように、坂本は飛び出してきた。その後から伊達がゆっくりと歩いてくる。

 坂本は三人を近くの打ち合わせテーブルに案内しながら、

「早速来てくれてありがとう。どう答えは出たかな?」

 早い口調で本題を口にした。

 伊達も彼らの答えが気になっていたが態度には表さず、静かに座ると椅子にもたれかかって腕を組んだ。

「私達一人一人が考えて結論を出しました」

 自分を落ち着かせるように夏樹が前置きをした。

「なるほど。それでどうするの?」

 坂本も神妙しんみょうな面持ちで、答えを待っている。

「私たちは番組に出演することにしました」

 夏樹の言葉に合わせ、沙友里と徹も力強く頷いた。

「そうか。出ることにしたんだね。留学している彼にも相談したの?」

 坂本が訊くと、三人は「はい」と答えた。

「自分達でしっかりと考えて出した結論なんだね」

「はい、みんな同じ気持ちです」

 徹がそう答え、坂本は安堵あんど溜息ためいきをしながらも複雑な表情で伊達を見ている。黙っていた伊達がもたれかかっていた体を起こし、腕組みしていた両手をテーブルの上で重ね、

「ひとつ聞いておきたいのだけど、何故そこまでして出演したいの?」

 と率直な質問をした。

 この問いはまさに一人一人が自分自身に問いかけた内容だ。

「ココットの前で、ココットのダンスを踊りたいんです」

真剣な眼差しで答えた夏樹の言葉に坂本は正直、『それだけの理由なのか』と愕然がくぜんとしている。伊達も一瞬そう思ったが、すぐさま違う思いが沸き起こってきた。

『なんて素直で真っすぐなんだ。それで良いんだ。挑戦する時の動機はそれで良いんだ』

 それは衝撃的な感動であり、目頭が熱くなった。

「そうか。じゃあ頑張ってきなさい」

 ようやく伊達の顔に笑みがこぼれた。

 三人が坂本と伊達に深々とお辞儀じぎをしてテレビ局を出た後、オフィスに戻るエレベータの中で坂本は不安そうに呟いた。

「あの子達、本当に大丈夫でしょうか……」

「若者が自分で決めたことなら、そう簡単には止まらない。それならば、あとはバックアップをするだけだ。先方のプロデューサーには私からもお願いをしておくよ」

 伊達は、腹を決めている。

 坂本もそんな伊達の決意に同調するように、

「私にも手伝えることがあったら言ってください」

 と笑顔で返した。

 その言葉の通り、宿泊先や先方のテレビ局との段取りは坂本が手伝ってくれたおかげで準備は順調に進んでいたが、二つ問題があった。それは俊介の衣装をどうするのか、と言うことと、メークはどうするのかと言うことだ。

 夏樹は花咲に相談してみようと思い、美容室を訪れた。

「ついに海外進出するんだ」

「海外進出なんて、そんな大げさな物じゃないですよ」

 謙虚けんきょさを保とうとしている夏樹の顔から、嬉しさが溢れ出ている。

「じゃあ、私がメークの仕方を教えてあげるわ」

「えっ、私達に出来るかな」

 夏樹はいつも薄化粧程度しかしていなかったので、自信が無い。

「大丈夫。俊介君は綺麗な顔立ちをしているから、それほど難しいメークをしなくても良いの」

「そうなんですか? いつも完璧なメークに見えるけど」

「あまり凝ったことはしていないのよ」

「ふーん。メークもダンスも、ポイントがあるんですね」


 その日の夜、店が終わった後に夏樹と沙友里はメークを教わるため、美容室に来ていた。

「なんで俺が実験台なんだよ」

 納得いかないように徹が椅子の上に座らされている。

 沙友里は嬉しそうに、

「ごめんね。他にモデルさんがいなかったから」

 徹がメークをするとどうなるのか興味があるようだ。

 花咲が丁寧にメークをしながら説明を始めた。その説明は手順だけではなく、なぜそうするのかと言うことまで分かり易く教えてくれた為、二人ともその興味深い説明を真剣に聞いてメモを取っている。

 一通りメークが終わると、近づいたり離れたりして徹の顔を見ていた夏樹は、

「なんか男っぽいな」

 とスッキリしない表情だ。

「当然だ。それは誉め言葉なのか?」

 徹は鏡に映った自分を見たまま複雑な気持ちだったが、沙友里はメークの似合わない徹を見て少しホッとしていた。

「このメークは俊介君向けなの。徹君に合ったメークをすれば、きっと可愛くなるわよ」

 花咲がいたずらっぽく言うと、

「それはしなくても良いかな……」

 沙友里が何気なく止めたので、

「あれ、彼女さんの許しが出なかったから、止めとこうね」

 くすっと笑いながら徹にささやいた。

 メークのレッスンを受けている最中に俊介から徹のスマホに届いたメールには、

(衣装は実家に置いてある。姉貴がちょうど東京に行くから、その時お前に渡してくれるってさ。後は姉貴と連絡を取り合ってくれ。追伸、衣装を受け取りに行く時は徹一人で行ってくれ)

 そう書かれてあった。俊介はもし夏樹と沙友里が姉貴に会った場合、何を話し出すのか心配したのだろう。しかし徹はそうとも知らずに声を出してメールを読み上げ、追伸の文を見て『しまった』と思ったが、すでに遅かった。

「えっ、お姉様が東京に来るの?」

 夏樹ははしゃいでいる。

「でも俺一人で受け取りに行けってさ」

「なんでよ。そんなこと知らないわよ」

 夏樹は不満そうだ。

 沙友里は徹が一人で会いに行こうとしている事がなんだか許せない。少し睨むように徹を見て、

「憧れのお姉さんと一人で会えるね。良かったわね」

 まさか沙友里がヤキモチを焼くとは、俊介も思っていなかっただろう。

「別に一人で会いたいわけじゃないよ。俊介がそう言うから……」

「ふーん。俊介君の言うことの方が大事なのよね」

 沙友里は珍しく皮肉っぽい。夏樹は沙友里の両手を握って、

「決まり、三人で会いに行こう」

 勝手に決めてしまった。そして、

「おねーさま、おねーさまー」

 と、ますますはしゃいでいる。

『俊介、許せ……』

 徹はそう思いながら苦笑いをしていた。

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