第三章 海外に行くぞ!

第20話 海外に行くぞ! その1

 年が明けバレンタインの広告が目立ち始めるころ、四人は久しぶりに会う約束をした。場所はいつもの喫茶店だ。

 今回も夏樹は店の外で待っていた。まだ徹と沙友里は来ていないらしい。

「あっ俊介君、久しぶりだね」

 夏樹の髪型はポニーテールからセミロングのストレートヘアに代わっている。そのせいかもうずいぶんと会っていないような気がした。

「久しぶり。と言っても久しぶりなのは俺と夏樹さんだけだな」

「確かに」

 夏樹は少し肩を上げ白い歯を見せて笑った。

「寒いから中に入ろうか」

「そうね」

 喫茶店は暖かいコーヒーの香りが漂っている。店員がテーブルにお冷を二つテーブルの上に置き、

「後ほどオーダーをお伺いに来ます」

 そう言ってカウンターに戻っていった。

 椅子にもたれかかりリラックスした様子でメニューを見ている俊介を、いつものように夏樹がからかいだした。

「やっぱり、二人でいるとカップルに見られているのかな」

「まあ、そう見えるんじゃない」

 俊介はメニューから目をらさず、なんだか素っ気ない。いつものようにムキになって俊介が言い返してこないので、夏樹はちょっとつまらなさそうに頬杖ほほづえをつき、そっぽを向いている。

 そこへ沙友里が徹と一緒に入ってきた。

「待った?」

「待ってないけど、退屈していた」

 夏樹は横目で俊介を見ながら皮肉ったが、俊介は夏樹の挑発に全く反応せず、

「なに頼む?」

 徹と沙友里にメニューを渡した。

「なんかさ、さっきから素っ気ないよね」

 夏樹は不満そうだが、徹にはなぜ俊介が素っ気ないのか察しがついているようだ。

「きっと夏樹さんのヘアースタイルが変わって、緊張しているんだよ」

「そんなわけないだろ、いつも俺はこうだ」

 俊介は鼻で笑うように否定した。

「そんなわけないって、どういうことよ」

 夏樹はすかさず突っ込んだが、

「ほら、話がややこしくなってきた」

 俊介は中腰でカウンターの方を向き、店員を呼んだ。

「この髪ね、花咲さんにカットしてもらったの」

 夏樹は髪の毛を軽く触りながら、自慢そうだ。

「そうだったんだ」

 徹は夏樹が髪型を変えたことは知っていたが、花咲美容室でカットしたことは初めて知った。

「花咲さん元気だったか?」

 花咲の名前を聞いて俊介も懐かしそうだ。

「忙しそうにしていたよ、以前よりお客さんが増えたんだって」

「へー、それは良かった。でもなんでまたお客さんが増えたんだろう」

「それが女装ダンスコンテストの時のプラカードを見たっていう女学生さんとかが来るんだって。私もその一人」

 そんな素直な夏樹に俊介も笑みがこぼれた。沙友里も夏樹と花咲美容室に訪れているらしく、さらに付け加えた。

「あとダンスの練習をしていた店舗の横に託児所たくじじょがあったでしょ。子供のお迎えに来ていたお母さん方もダンスコンテストの決勝をテレビで見たらしく、俊介君のメークをした花咲美容室の噂が口コミで広がっているみたいよ」

「そうなのか。少しは恩返しできたのかな」

 俊介は照れるように頭を軽くいた。

「たまには顔を見せに行ったら」

 夏樹はちょっとおせっかいに言ったが、

「でも俺は行く用事が無いからな。美容室で髪を切るわけでもないし」

 釈然しゃくぜんとしない俊介にじれったくなった。

「用事なんか無くても、行くの。恩人でしょ」

 正論を言われると、ちょっと反抗的になってしまうのが人間の習性だ。俊介もふてくされながら、

「ああ、今度行ってみるよ」

 と、横を向くように座り直し脚を組んだ。

「あー、絶対に行かないパターンだ」

「行くよ。大学から近いし」

「ふーん。期待せずに待っていようかな」

「別に待たなくてもいい」

 徹も沙友里も久しぶりに俊介と夏樹のやり取りを聞けて、二人で顔を合わせて微笑んでいた。


 数日後の夜、俊介は花咲美容室に立ち寄ってみた。ちょうどラストのお客さんが会計を終えて店を出てきたところだ。扉が閉まらないうちに、俊介はゆっくり扉を開けて中に入ると、鳴りやみかけていた扉の鐘が、また大きく鳴った。

『この音、なんだか懐かしいな』

 もう何年も聞いていないような気がする。

「あれっ、珍しい人がきた」

 花咲はそれほど驚くことなく、俊介が来ることを予想していたかのようだ。

「メークをしに来たのかな?」

「いえ、今日は違います」

 俊介は花咲の軽いジョークに笑顔で応えた。

「夏樹さんに言われたんでしょ」

 花咲は全てお見通しのようだ。

「先日、いつもの調子で言われて……」

「そう、ありがとう。でもそんなに気を使わなくてもいいのよ」

 花咲は床を履きながらそう言うと話題を変えた。

「そういえば、徹君と沙友里さんが付き合いだしたんだってね」

「そうですね。あの二人はお似合いですよ。なんだか大人のカップルって感じで」

「俊介君も彼女作らないと」

 花咲は肩をすぼめながら少し舌をだした。

「彼女ですか……。まあそのうちに」

 俊介は鼻の頭を軽く掻きながら、言葉をにごしている。花咲もそれ以上はそのことを聞かなかった。

「そうそう最近はお客さんが増えたのよ」

「そうみたいですね。夏樹さんから聞きましたよ。女子学生とかお母さんとか」

「そうなの。それと今までは来たことが無かった外国の女性とか。日本に旅行に来たついでに寄っていくの」

「えっ、そうなんですか? なんでだろう」

 俊介も不思議そうに首をかしげた。

「俊介君達の選曲がココットだったでしょ。だからココットと同じ国の女性が来るのよ」

「へー、どこから情報を仕入れたのかな」

 ますます不思議だ。

「決勝のテレビ放送の動画を観たって言っていたよ」

 花咲は外国のお客さんから聞いた内容を話した。

「ネットの力は凄いな。海外で俺達はどう思われているんだろう」

「わざわざうちのお店を調べて来てくれるぐらいだから、悪い印象は持っていないと思うけど」

「花咲さんのお店も色々と変化していくんですね」

「そんな大げさなものでは無いわよ」

 俊介は少し物寂しさを感じた。

 夏樹のヘアースタイルが変わり、徹と沙友里が付き合いだし、花咲美容室には海外のお客さんが来るようになった。なんだか周りの時間だけが進んでいき、自分だけが取り残されているような、寂しさだ。

『俺も行動しなきゃ』

 俊介は前から少し考えていたことを真剣に調べだし、春休みに実家へ帰った時、両親に相談した。それは大学の交換留学制度への参加だ。俊介の両親は子供が自分で考えて行動することには反対はしない。快く同意をしてくれた。留学先はココットの母国と決めている。しかし親戚の中には二国間の関係が悪化していることで、心配をする者もいた。無理もない。ニュースでも色々な問題が報じられており、それ以上にネットでの世論が悪化している。しかし俊介が留学先を変えることは無かった。

 

 五月。アパートの軒下でツバメのひなが競い合うように親鳥を呼んでいる。窓が開いている俊介の部屋にもその鳴き声は入り込んでいたが、何やら必死に勉強をしている俊介の耳には入っていない。彼には留学前に受けておきたい試験があった。それは卒業後の進路に関する試験で、だいぶ前から勉強を始めており今はまさに最後のめだ。

 そして彼は無事に難関試験を突破し、留学に向け気持ちを切り替えていた。

 

 大きなスーツケースをベッドに置き、荷物を入れては出してを繰り返していた。

「どうしても全部入らないな」

 留学先に出発するのは一週間後に迫っている。ようやく本気で荷造りに取り掛かりだしたようだ。そんな中、徹がコンビニの袋を下げてやって来た。

「昼飯、買ってきたぞ」

「サンキュー」

 徹も巻き込んで、留学の準備をしている最中だ。

 まさか今になって俊介達が踊った決勝の時の動画が日本以外に拡散され、話題になっているとは思ってもいなかった。


 ココットのメンバーもその動画を見ていた。ココットは年長のサキラがリーダーで、あとはおっとりとしたエミリ、一番年下で活発なユウリからなる三人のダンスアイドルユニットだ。楽屋でユウリが動画を見ていた。(以降外国語の言葉のカッコは≪ ≫を使用)

≪なにを真剣に見ているの?≫

 エミリが横からスマホをのぞき込むと、ユウリの後ろで台本をチェックしていたサキラも振り返り、ユウリの肩越しにスマホをのぞいた。

≪へ~、上手に踊れているね≫

 エミリが感心していると、サキラも興味を持ったようだ。

≪誰なんだろう?≫ 

≪日本の学生さんだって≫

 ユウリはスマホを見たまま答えた。

≪日本の学生さんなんだ。なんか嬉しいね≫

 エミリは子供をあやすような笑顔をユウリに向けたが、ユウリの表情は寂し気だ。いつも日本での活動を楽しみにしていたユウリが、

≪また日本で仕事がしたいな……≫

 ポツリと本音を言うと、サキラとエミリは表情を曇らせ顔を見合わせた。

≪それは難しいかもね≫

 現実を一番理解していたリーダーのサキラが感情の無い声で呟いた。ユウリは動画を閉じ机の上で拳を握っている。エミリがユウリの拳の上にそっと手を重ねた。手から伝わるエミリの温もりに、握りしめた拳の力が緩んでいく。

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