第15話 ダンスコンテスト その6

 会場のロビーでは既に多くの参加者が所狭し、とダンスの最終チェックをしている。奥の方に並べられた二つの会議用テーブルで受付が行われていた。俊介はダッフルコートを着込み、フードを深々と被り、マスクをはめている。四人は徹を先頭に一列になり、練習をしている参加者達の間をすり抜け、受付のテーブルで手続きをした。

「えーと、リーダーは鷹山夏樹さんですね。どなたかな」

 受付のスタッフに聞かれ、

「私です」

 夏樹はトートバッグから取り出した学生証を見せた。

「次は藤原沙友里さん」

「はい」

 沙友里の頬は強張こわばっていたが、ハッキリと返事をして学生証を見せた。

「はい。最後は城山俊介さん」

「は、はい」

 フードとマスクの隙間から目を泳がせていた女の子が急に低い声で返事をしたため、スタッフは動きが止まり、

「き、君、男なの?」

 と小さな声で、俊介の顔を除きこんだ。

「女装だとまずいですか?」

 俊介はフードの奥に顔を引っ込めた。他の三人もスタッフと俊介を交互に見ている。

「い、いや。特に女装がダメという規定はないけど……。君も身分証を見せてくれるかな?」

 俊介はコートのポケットから学生証を取り出すとスタッフに手渡し、マスクを外した。しかし、顔が一致しない。

「ん~、面影おもかげがあるといえばそんな気がするけど……」

 スタッフは替え玉出場などの不正を防止するために身分の確認をしているが、目の前にいる女装した男の子が俊介と断定できず、絵画かいが鑑定かんていをするように学生証を持ちながら俊介に顔を近づけ類似点るいじてんを探した。俊介もたまらず、

「ほ、他の証明書もあります」

 顔をらし財布に入っている運転免許証と保険証までも見せた。

「なるほど。じゃあ、住所と生年月日を言ってください」

 スタッフは俊介が答えた住所と運転免許証を見比べて頷くと、

「はい、ありがとう。受付は完了です。皆さんはエントリー番号十八です」

 そう言って、十八番と書かれたバッチを渡した。

「良かった~、とんだサプライズだったね」

 バッチを受け取った夏樹が思わず口にすると、

「それはこっちのセリフだよ」

 スタッフが、笑いながら小さくため息をついた。

 四人はロビーの端にカバンを置き、夏樹と沙友里は更衣室へ着替えに行った。

「やっぱり、みんな気合が入っているな」

 俊介は、格闘技の試合にむ選手のような表情で練習している参加者達の気迫きはくに圧倒されている。

「大丈夫、お前たちもかなり気合を入れて練習していたから。それにお前の研究成果がプラスされているから、自信を持てよ」

 徹は俊介を励ました。

「お前、いつもより優しいから、嘘がバレバレだよ」

 俊介が照れながら笑顔を作ると、

「たまには本当の事を言うさ」

 徹はジーンズのポケットに両手を入れたまま、軽く俊介の尻を蹴った。


 着替えを終えて戻ってきた沙友里は純白のレギンスを履いており、そう言うセットで売られている衣装と思えるほどに、自然なコーディネートになっている。

「良く似合ってるよ。格好かっこういい……」

 徹がつま先から頭にかけて目線を移すと、沙友里は照れながらも嬉しそうだ。

「ほらほら、私も可愛いでしょ?」

 夏樹も両手を広げて見せたが、

「もう前に見たよ」

 俊介は素っ気ない。

「あなたの衣装だって、見飽きたわよ」

 相変わらず「ああ言えば、こう言う」だ。

「そうそう、参加者一覧の紙をもらってきたよ」

 夏樹が手に持っていた紙を見せた。参加チームは全部で二十三チーム。この中から予選を通過出来るのは四チームだ。どのチームもダンスミュージックを選定している。ココットのような楽曲がっきょくを選定していたのは俊介達だけだった。

「やっぱりダンスミュージックの方が良いのかな?」

 夏樹は場違いな選択をしてしまったのではないかと感じたが、

「ココットの曲もダンスには合っているよ」

 俊介は曲の選定には特に不安は無い。

 受付のテーブルにいるスタッフの人数が増え、何やらざわつき始めている。誰もが動きを止めてしまうようなメガホンの甲高い音が鳴った。

「それでは、予選を始めます。エントリー番号を順番に呼びますので、呼ばれたチームは速やかに会場に入ってください」

 スタッフはそう言い終えると早速エントリー番号を呼んだ。最初の参加者が円陣えんじんを組み、気合を入れる掛け声をあげてから会場に入っていく。

「あー、始まったね。緊張するー」

 沙友里が肩をすぼめながら、最初のメンバーが会場に入っていく様子を見ている。夏樹も武者震むしゃぶるいするような感情が沸き上がってきたが、その感情は徐々に緊張に代わり、今度は緊張に飲み込まれ、気持ちが弱気になりかけてきた。そんな気持ちを振り払うため、あえて元気な声で、

「私たちも円陣を組んで何か気合を入れようよ」

 と提案したが、

「別にそんなのやらなくていいよ」

 俊介は面倒くさそうに手を振った。弱気になっている気持ちを押し殺して元気に振る舞っていた夏樹は、そんな俊介の態度に苛立いらだった。

「あなた、本当にノリが悪いわね」

「そんなこと無いだろ。こうしてダンスに付き合っているし」

 何気なくこぼしたその言葉に夏樹は本気で怒りだし、語気ごきを強めた。

「あっ、『付き合ってやってる』って思ってるんだ。上から目線で。自分の事を臨時メンバーって言ったり。だからそうやって他人事ひとごとなんだよ!」

 夏樹は目標としていたダンスコンテストの予選を目前にして気持ちに余裕が無くなっている。いつもは不満っぽく突っ込んできて終わりなのに……。

「な、なに急に怒ってるんだよ。わけわかんないよ」

 以前に臨時メンバーと言ったことをまだ根に持っているかと思うと、俊介も強い口調で言い返し、横を向いた。

「私は本気なの! 本気でダンスコンテストに参加したの。あなたみたいに暇つぶしで参加したわけじゃないの!」

「暇つぶしってなんだよ。俺だって本気だよ!」

 怒りをびた俊介の声に、近くの参加者たちが心配そうに二人を見ている。

「ちょっと二人とも、なに喧嘩してるの」

 沙友里は両手で二人を引き離すような素振そぶりをし、他の参加者たちに軽く頭を下げた。

 俊介はそっぽを向いて肩で呼吸をしている。夏樹は俊介をにらんでいたが、目に涙を浮かべ、ロビーの外に出て行ってしまった。

「ちょっと、夏樹、どこ行くのよ」

 沙友里は慌てて夏樹を追った。

「おまえ女の子を泣かすなよな。みんな緊張していて気持ちが不安定なだけなんだから」

 徹が俊介の背中でそうさとすと、

「わかってるよ……。俺だって緊張しているんだ……」

 深くかぶったフードの中で呟いた。俊介は自分の振る舞いを後悔しているようだ。

「そうだよな」

 徹は俊介の肩を軽くたたき、外に出て行ってしまった夏樹のところに歩いて行った。

 外に行くと夏樹と沙友里は色あせたベンチに座っている。昼の日差しの中、沙友里が夏樹をなだめているようだ。

「ちょっと言い過ぎたんじゃない?」

 沙友里は夏樹の顔を覗き込んだ。

「本当の事を言っただけ」

 夏樹は怒りが収まらない。

「まだそんなこと言ってる……」

 沙友里は途方に暮れながらも、夏樹が落ち着くのを待った。

「大丈夫? ごめんな」

 徹の影が二人の足元に重なった。沙友里は徹を見上げ軽く首を振ったが、夏樹はうつむいたまま無言だ。

「あいつは昔からああなんだ。緊張すると不愛想になる。本当は内心、凄く熱くなっているのに」

 うつむいていた夏樹は少し顔を上げて、母親と手を繋ぎゆっくりと歩いている幼児を眺めながら、託児所たくじじょの子供たちが真剣な眼差しで自分達の踊りを見ている光景を思い出していた。

「夏樹さんと沙友里さんが本気なのは俺達もわかっているよ。でも俊介も本気なんだ。あいつ衣装が届いた日の夜、何としても予選を突破したい、って言っていた。それは本当だよ。でもあいつバカだからあんな態度を取っちゃって……。ほんと、ごめんな」

 徹も夏樹が眺めている幼児に目を向けた。沙友里は心配そうに夏樹の背中を優しくさすっている。

 夏樹はすくっと立ち上がり、

「世話のやける弟だな」

 気持ちを切り替えたようにロビーの方を向いた。

「お姉様みたいだ」

 徹と沙友里は顔を見合わせ笑みを浮かべた。

 ロビーに戻ってくると、コートを着てフードを深く被った俊介が端っこの方で動くことなく立っていた。夏樹は俊介の近くまでゆっくりと歩み寄ったが俊介は気付かないフリをしている。夏樹は話しかけるタイミングが無く何度もコートの背中を見た。

「さっきは、悪かったな」

 夏樹に背中を向けたまま、先に俊介が小さな声で話しかけた。

「ごめんね、私ひどいこと言っちゃったね」

「別に……、なんとも思ってないよ」

 短く言葉を交わして二人はまた黙っていたが、先に俊介が謝ってくれたことが夏樹は嬉しく、両手の指を絡めながら何か話しかけたいと、話題を探した。少し遅れて来た徹と沙友里は、無言ながらも穏やかな二人の表情を見て安心した。

「今何番目かな?」

 気を取り直すように徹が会場の入り口の方を見ると、

「いま八番目だよ」

 俊介が小さく答え、みんな軽く頷いてまた黙ってしまった。

「円陣を組んだ時の、掛け声を考えた」

 突然言い出した俊介に、

「どんな掛け声だよ」

 徹は頬をほころばせ聞いた。

「カランコロン」

 俊介がフードを軽く上げると、みんな口を半開きにしてこっちを見ている。

「な、何だそれ」

 徹はフォローのしようがなく、短くいた。

「花咲美容室の鐘の音だよ」

 花咲美容室の入り口の扉には鐘が付いている。扉を開け閉めするたびに、ちょっと低い音で心地よくカランコロンと鳴っていた。

「いいじゃん、それ!」

 夏樹も目を大きくして手を叩くと、

「私もあの鐘の音、好きだよ」

 沙友里も嬉しそうだ。

 なんだかんだ言っても最後は願いを聞いてくれる、俊介はそう言う青年だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る