第13話 ダンスコンテスト その4

 四人は大学の講義が終わると空き店舗に集まり毎日のように練習をした。四人が集まる時間帯はちょうど隣の託児所たくじじょの子供を親が迎えに来る時間で、親が託児所の外で保育士と話をしている間、子供たちは窓ガラスに張り付くようにして俊介達の練習を見ている。しばらくすると親に「帰るよ」とうながされ、名残惜なごりおしそうに窓を手ででながら帰っていく。沙友里はそんな子供たちに踊りながら頭を傾けて微笑みかけていた。徹は口を半開きにし、七福神のように目尻めじりを垂れ下げて沙友里を見ている。さらに俊介は天使が飛んでいそうな徹の横面を見て、笑いをこらえるような表情で踊っている。夏樹は毎日のように繰り返されるこんな三人の光景を姿鏡ごしに見ながらあきれていた。

 一週間ほどしてダンスが様になりだした頃、ようやく注文しておいた衣装が届いた。女装ダンスコンテストで俊介が着ていた衣装と同じで、サイズの違うものだ。夏樹はビニールが付いたままの衣装を取り出すと姿鏡の前で軽く身体に合わせ、気持ちが高ぶった。

「こんな衣装、着たことないなー」

「私も……」

 両手で衣装を持ち上げていた沙友里は少し不安な面持ちだ。そこへ仕事を終えた花咲がやって来ると、

「あっ、花咲さん、衣装が届いたんですよ。ほら」

 夏樹は子供がお気に入りの服を見せるように自分の体の前で衣装を広げて見せた。純白で金色のベルトが印象的な衣装だ。花咲もこの衣装の色合いは気に入っている。

「ほんとうだ、良かったわね。うちのお店で試着してみる?」

「えっ、いいんですか? 沙友里、着てみようよ」

 しかし沙友里は手に持った衣装を見たまま、返事をしなかった。

「サイズが合うか確認したほうがいいよ」

 徹にそう言われ、ようやく沙友里は夏樹の方を向いて小さく頷き、花咲の店に向かった。

 美容室に着くと二人は更衣室に通された。

「なんか素敵な更衣室だな」

 夏樹はこじんまりとした明るく綺麗な更衣室が気に入ったようだ。

「そうね、畳のいい香りがするね……」

「この鏡台きょうだいも、なんか高そうだよ」

 けやきの木目を興味深そうに見ている夏樹は寄り目になっている。しかし沙友里は衣装の事が気になってしょうがない。

「ねえ、私こんなに脚の出た服、着たことないんだよ……」

「大丈夫よ、ミニスカートじゃないから」

 夏樹は沙友里の目の前でキュロットをひらひらさせると、早速着替え始めた。

 美容室の扉の鐘の音が更衣室の外から聞こえる。練習場所の後片付けと施錠せじょうを終えた俊介と徹が店にやって来たようだ。

「二人とも今着替えているよ」

 花咲がそう言うと同時に更衣室の扉が静かに開き、夏樹がにこやかに顔だけを出した。そして皆の注目を集めた後に、跳ねるように飛び出し、両足を揃えて手を広げた。

「じゃーん。サイズぴったり」

 夏樹はその場でくるりと回った。栗色で少しくせ毛のポニーテールに、とてもよく似合う。『やっぱり女の子が着ると、可愛いな』俊介はそう思っていた。

 少し間をおいて、困ったように苦笑にがわらいをした沙友里が扉にくっつくように出てきた。やはり脚の露出が気になるのか、無意識に手で脚を隠すような仕草しぐさになっている。

「とても似合っているよ」

 徹は恥ずかしがっている沙友里を気づかったつもりだったが、かえってそれがプレッシャーとなってしまったようだ。

 実際に沙友里は困っていた。俊介が着ていた衣装でいいと言い出したのは自分だ。しかし、こんなに脚の出た服を今まで着たことがなかった事にいまさら気づいてしまったが、事はダンスコンテストに向かって進んでいる。その動揺して困った気持ちは表情にも出ていた。何も言えず真っ赤な顔をして、かろうじて口元くちもとだけに笑みを作りながら、はしゃいで踊っている夏樹をみている。その眼には少し涙がにじんでいるようだった。

『沙友里さんがダンスコンテストに出る事だけでも意外だったのに、さらにこの衣装を着て踊るのは無理があるよな』

 徹はそう思った。花咲の顔からも笑みが消え沙友里を見守っている。

 鏡を見ながら鼻歌交じりで踊っていた夏樹が突然、

「衣装は別におそろいじゃ無くても良いのよ」

 と、沙友里の方を振り向いた。

「同じ衣装じゃなくても大丈夫。沙友里は純白のレギンスとかを履けばいいのよ。格好いいと思わない?」

 夏樹は沙友里の両手を握ると、満面の笑みで訊いてきた。沙友里は涙がこぼれないように目を開いたまま、小刻みに首を縦に振った。

「だから一緒にダンスしようよ」

 夏樹のダンスがしたいという純粋な気持ちが沙友里の心に響いた。

『私がダンスコンテストに一緒に出ようと思ったのも、夏樹のダンスがしたいって言う気持ちに元気づけられたからだったな』

 自分の不安な気持ちを夏樹が一番感じてくれている。そして私の背中を押してくれた。そう思うと堪えていた涙が溢れ、

「うん。一緒にダンスしようね」

 夏樹の肩に顔をうずめた。何処からかひっきりなしに鼻をすする音がする。

「あっ、花咲さんまた泣いている」

 夏樹が笑いながら言うと、沙友里も涙を拭きながら花咲を見て微笑んだ。

「ほんとにもう、毎回泣かさないでよね」

 花咲は二人に背を向けて、身近にあったティッシュを何枚かむしり取り、顔を隠した。

「ダンスコンテストの誘いにのって、良かったな」

 徹の呟きに、

「そうだな。何としても予選は突破したい」

 俊介の心の中に熱い気持ちが湧いてきた。徹も二人を見つめる俊介の眼差しからそんな気持ちを感じていた。

 

 予選の一週間前にダンスコンテストの予選に関する案内書が郵送されてきた。案内書には予選会場、開始時間などが書かれてある。

 四人は案内書を囲むようにして床の上に座り、互いの顔を見た。

「いよいよだな」

 俊介が猫背になりながら案内書に目を落とすと、リーダー名の欄が空欄になっている。

「あれ、リーダー名の欄が空白になってるぞ」

 俊介は徹に尋ねた。

「ああ、申込期限が迫っていたから、とりあえずリーダー名は書かずに出したんだよ」

「じゃあリーダーを決めないとね」

 夏樹が言うと、俊介がすかさず、

「リーダーは夏樹さんじゃないの?」

 沙友里も徹もまったく異存はないように、頷いている。

「えっ、私でいいの? 俊介君じゃなくて」

 夏樹は皆の反応に驚いた。

「そりゃ夏樹さんだよ。俺は臨時メンバーだから」

 俊介はあぐらをかいたまま後ろに手を付き笑っているが、

「えーそうなの?」

 夏樹は身をのりだして聞き返した。

「そりゃそうだよ、今回限りだよ」

「そうなんだ……」

 急に声が小さくなった夏樹を見て俊介は『マズいことを言っちゃったかな』と思い、

「と、とにかくあと一週間しかないし、早く練習しようよ」

 と、張り切るように立ち上がり、尻のホコリをはたいた。何気なく徹をみると、渋い顔でこっちを見ている。その眼は『おまえ、余計なことを言ったな』と責めている。俊介は『スマン』という素振りでうつむいた。

「みんなでダンスコンテストに出れるんだから、練習をはじめようよ」

 沙友里は夏樹の後ろにしゃがみ込み、両肩に手をのせた。

 ここからの練習は総仕上げだ。今までは部分的な練習がメインだったが、通しで何回も繰り返し踊った。俊介はその理由を説明した。

「ポイントも抑えて動けるようになったから今度はクールさを付け加えるために、頭で考えなくても自然と踊れるまで繰り返し通しで練習をしよう」

 夏樹も沙友里も頷くこともなく、まばたきをした。

「クールさってどんな感じかな?」

 沙友里は一生懸命理解しようと、考えている。

「頭良すぎて言ってる意味が分からないなー」

 夏樹は理解できずにまた皮肉ひにくっぽく言った。

「別に頭良くないよ。必死に踊っている感じより、少し余裕があって多少微笑みながら踊ってるほうが格好良いだろ?」

「まあ、何となくわかるような気がする」

 夏樹は色んなダンサーが踊っている様子を想像した。

「頭で次の振り付けを考えながら踊っていると必死になってしまう。だから自然と踊れるようになれば、余裕ができて必死さが無くなる。そうするとクールに見える。簡単な理屈だろ?」

「ふーん、わかった。色々と考えてるんだね。それもお姉ちゃんに教えてもらったの?」

 ようやく理解してスッキリした夏樹は、とりあえず俊介をからかった。

「違うよ。ダンスに関しては全部自分で考えた」

 不愛想にそっぽを向いてしまう俊介の態度をみると、夏樹はついついからかいたくなる。

「そうそう、お姉ちゃんの写真見せてよ。持ってるんでしょ?」

「持ってません!」

 本当は家族で旅行に行った時に撮った写真がスマホに入っていたからドキッとした。

「だから俺はシスコンじゃないって」

「誰もそんなこと言ってないじゃない。写真見せてって言ってるだけじゃん」

 夏樹にそう言われると、俊介は息をはいて肩を落とし、

「また今度な」

 と答えた。夏樹がからかって、俊介がムキになる光景は最近では珍しくはない。徹も沙友里もそんな二人のやり取りを見るたびに、顔を見合わせて笑っていた。

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