第12話 ダンスコンテスト その3

 土曜日の昼下がり、徹が車で俊介を迎えに来た。車には徹の部屋にあった細長い姿鏡とリサイクルショップで買った古びた四つの姿鏡が積んである。さらに俊介の部屋にあった姿鏡も積むと、中古のコンパクトカーは満載になってしまった。

「彼女たちは乗れそうにないな」

「二人とは駅で待ち合わせすることになってるから、練習場所の近くに車を置いたら二人を迎えに行こう」

 十一月というのに強い日差しがフロントガラスを突き抜けて車内に降りそそいでいる。全開の窓から入ってくる道路の騒音と、揺れるたびにぶつかり合う姿鏡のリズミカルな金属音が二人の声を大きくさせた。

 車を駐車場に置き、歩いて駅まで行くと、遠目に大きなカバンを持っている夏樹と沙友里の姿が見えた。カバンから出ている棒などからして、掃除道具を持ってきたようだ。

「お待たせ」

 少し離れた位置から徹が二人に声をかけると、

「こんにちは」

 沙友里が日差しを片手でよけながら挨拶をした。

 徹がさりげなく、

「荷物、持つよ」

 沙友里のカバンを持ったので、俊介も夏樹の前に手を差し出して荷物を持つというような素振りをした。俊介は女装してダンスをしたりする大胆なところはあるが、女性の前では無口になりがちだ。

「ありがとう」

 夏樹は笑顔も見せずカバンを俊介に渡しながら呟やくように言った。


 空き店舗の隣にある託児所たくじじょは今日もやっている。数人の子供達がまちまちのおもちゃで遊んでいたが、四人が空き店舗のドアの前で立っているのに気づくと、おもちゃから離れて窓の外をのぞきだした。託児所の保育士は今朝不動産屋から事情を聴いていたので、

「お兄ちゃんとお姉ちゃんたちは、踊りの練習をするのよ」

 そう話すと、子供たちはっぺを窓に付けた。

「可愛いね、みんな見ているよ」

 沙友里は子供をあやすように小さく手を振っている。

「私は子供に好かれるのよ」

 夏樹が笑顔で両手を振ると、俊介は心の中で『精神年齢が近そうだからな……』と呟き、思わず吹き出してしまった。

「何笑ってるの?」

 夏樹は振っていた手を止めた。

「いや、子供たちが無邪気だなって思って」

「ふーん」

 夏樹は俊介の答えに不服ふふくそうだ。

 空き店舗の中は薄暗く、時が止まっていたように冷く何の気配もしない。閉じ込められていた空気はほこりっぽく湿った匂いがした。椅子や机などの物が何も無いせいか、とても広く感じる。徹が奥のブレーカを入れ壁のスイッチを入れると、暖色の明かりがともり、現在の時を刻み始めたような気がした。

 故障している照明は無く、二年以上も放置されていた店舗にはとても見えない。

「夜は九時までしか使えないけど、いいかな?」

 徹が換気扇かんきせんひもを引っ張りながら皆に訊いた。

「十分よ。私たちもそんなに遅くまで練習できないから。ね」

 夏樹が沙友里に確認を取るような素振りで答えると、ドアから新鮮な風が吹き込んできた。

「そうね。早速掃除をして練習しようよ」

 沙友里はカバンを開けて掃除道具を取り出し、サッシのホコリをき始めた。

「じゃあ、俺と俊介は鏡を取ってくるよ」

「鏡も準備してくれたの?」

「そんなに大した物じゃないけど」

 徹と俊介は車と店舗の間を往復して色とりどりの姿鏡を六つ運び込んだ。

「姿鏡を並べるんだ。色々と考えてるんだね」

 沙友里は並べられた姿鏡に映った自分をみながら感心している。

「まっ、お姉様の助言だけどね」

 徹は鼻頭はながしらを指でかいた。

「またお姉ちゃんだ。あなた達お姉ちゃんがいないと何もできないのかな~?」

 夏樹に痛いところを突かれた俊介はちょっとムキになり、

「たまたまだよ」 

「お姉ちゃんにお礼を言わないと」

 さらに夏樹がからかった。

「だから、お礼は言わなくていい」

「じゃあ、また今度でいいや」

「また今度も無い!」

 夏樹はムキになる俊介をみるとついついからかいたくなるようだ。そんな夏樹を振り切るように、

「今日練習する内容を説明するよ」

 と、カバンの中からパソコンで作成したリストを取り出した。

「今日は手書きのノートじゃないんだ」

 いちいち俊介の痛いところを突いてくる。沙友里はそんな夏樹を制止せいしするようにリストを二枚受け取り、

「じ、時間を割いて作ってくれて、ありがとう」

 と、お礼を言い、一枚を夏樹に渡した。

「手書きでもいいのに……」

 夏樹は清書せいしょされたリストを見ながら口をとがらせた。

 俊介が考えた今日の練習内容は、火曜日に説明したポイントのおさらいだ。

「もうポイントは練習してきたよ」

 夏樹は手にしたリストに軽く目を通して、窓際まどぎわのカバンの上に置いた。

「そうか。今日は一つ一つの動作がちゃんとできているか確認をしよう」

「三人で揃えてダンスの練習はしないの?」

 夏樹はポイントのおさらいは必要ないと思っているようだ。

 俊介はリストの内容を夏樹の方に向け、

「とにかくこのポイントに忠実に動作することが重要だ」

 と、少し熱が入ったような口調で答えた。そんな俊介に圧倒されたのか、

「そ、そうなんだ。じゃあよろしくお願いします」

 夏樹は素直に返事をした。日頃はあまりパッとしない感じの俊介だが、どこか熱く秘めたものを持っているようなところがある。いつもはからかいやすいタイプなのに、時々するどくなる俊介との接し方を、夏樹は探っているようだ。

 俊介は振り付けの動作をしながら、動きのポイントを説明し始めた。その動きはキレがあるがとても滑らかな印象を受ける。夏樹と沙友里も真似てみるが、二人はその滑らかさをゆったりとした感じと理解してしまっているようだ。だからどうしても全体的にお遊戯ゆうぎのようなのんびりした踊りに見えてしまう。

「早く動かすんだけど、動かし始めと止める時はちゃんと加速減速かそくげんそくさせるんだ。そうするとキレはあるが滑らかな動きになる」

「工学部っぽく言われても、全然わかりません」

 夏樹が皮肉交じりにふくれている。俊介が言っているのはロボットの台形速度制御だいけいそくどせいぎょのことだ。産業ロボットは高速で動いているが一気に最高速度で動いているわけではなく、徐々に加速したり減速して動いている。それにより機械的な負担を軽減したり振動を抑制よくせいしている。

「テレビとかで産業ロボットの映像とか見たことない? 早く動いているけど滑らかだろ。急に手足を止めるとどうしてもブレて、ネジの緩んだロボットみたいになっちゃう」

 普通はロボットの動きを意識して見るなんてことは無いだろう。夏樹と沙友里はまったくイメージが湧かないような顔で、生返事をしていたが、

『なるほど、そう言うことか。俊介のヤツ、なかなか考えたな』

 ロボット工学の講義を受講している徹には俊介の言おうとしていることがリアルにイメージ出来た。スマホでロボットの動画を検索し、イメージが湧きそうな動画を夏樹と沙友里に見せると、

「ほんとだ。説明を聞いてからみると、ロボットってキレがあるけど滑らかに動いているんだね」

 沙友里は動画に見入っていた。夏樹は右手を横に動かし、ロボットの動きを真似しようとしている。

「でも難しいよ。ロボットみたいには動かせない」

 夏樹はを追い払うように何度も左右に手を動かした。

「実際にロボットのように動かすのは難しい。俺もそんな動きは真似まねできていないから。ただ、その動きを意識しながら練習するだけでも、変わってくる。夏樹さんの手の動きもだいぶ滑らかに見えるよ」

 夏樹はさっきまでの理屈っぽい説明に少し反感を持っていたが、俊介に褒められると急に楽しくなってきた。理論と実際の動作が一致し始めたとき、何とも言えない快感を覚える。それが工学の面白みだろう。

 俊介が振り付けの動作を見せて一通り説明を終えた頃には夜の八時を過ぎていた。徹がスマホの時計を見て今日の練習はそろそろ終わりかな、と思っていた時に花咲が様子を見に来た。

「練習ははかどっているかな?」

「あっ、花咲さん」

 夏樹は上機嫌だ。花咲に近寄ると早速手の動きを見せた。

「ほら、キレがあるけど、滑らかな動きに見えるでしょ?」

 花咲は手の動きを目で追ったが、よくわからない。きっと基本的な動作から練習をしているのだろうと思った。

「基本からちゃんと練習しているんだ」

「まだまだですけどね」

 そう言って俊介が夏樹の後ろで軽くため息をついた。

「さっき、滑らかになっているって、言ってたじゃん」

「まあちょっとね」

 さっきはその気にさせるために少し褒めただけだ。

 俊介は不満そうな顔をしている夏樹ごしに花咲に目線を移すと、

「花咲さん、今度もメークをお願いしてもいいですか?」

 夏樹も花咲の表情をうかがった。

「もちろん良いわよ。私もそのつもりでいたから」

 花咲はメークアップの役目をお願いされたことが嬉しいようだ。今夜ここに顔を出したのもそれを期待していたからだ。

「でもメークをした後は電車で会場まで行くの?」

 沙友里は徹に訊いた。

「会場までは俺の車で行くよ。狭い車内だけど、良かったら二人も乗っていく?」

「もちろんお願いします。今夜も家まで送ってもらったりして」

 夏樹がしたを出して調子に乗ると、

「えっ、夏樹、今夜は電車で帰ろうよ」

 沙友里は夏樹の腕を揺すりながらなだめた。

「別に大丈夫だよ。送っていくよ」

 徹の言葉に苦笑にがわらいをしながら小さくお礼をする沙友里を見て『活発な夏樹さんがダンスコンテストに出たいと言うのは何となく想像つくけど、よく沙友里さんも出場しようと思ったな』と不思議に思っていた。

 なんとか練習も軌道に乗り出し、こうして五人で談笑だんしょうしていることは、一週間前にはとても想像がつかなかっただろう。


 練習を終えた四人は徹の車に乗り、帰路についた。小さい車なので車内は狭かったが、そのおかげで四人の距離は近く、会話がしやすい。運転をしている徹は助手席の俊介に話しかけた。

「ネットのニュースで見たけど、ココットの冬のコンサートは中止になるそうだな」

「そうなのか? やっぱり二国間の関係が悪化しているせいかな」

「そうだな。批判的な声も多くなってきているし」

 後部座席の沙友里が、

「きっと残念がっているファンもたくさんいるでしょうね」

 そう言うと、夏樹も元気のない声で、

「ココットも可哀想。頑張っているのに……」

 と、呟いた。

 徹はバックミラー越しにそんな二人をみながら頷いている。

「うちらがココットの曲でダンスをするのが、不利になったりはしないかな?」

 徹の言葉に、車内は無言になった。

 しばらくして俊介の低い声がした。

「そんな理由で不合格にするようなダンスコンテストに、用は無いよ」

 姉の同意が無いとなかなか前に進めない男とは思えないようなきもの座った雰囲気に、みんな圧倒されていたが、

「そうよ、私はココットがいいの」

 助手席のシートにしがみつくように夏樹が言った。俊介も、

「俺もココットしか踊れないし」

 と、少し後ろに顔を向けながら笑うと、車内は明るさを取り戻した。

「おまえシスコンなのに、ここぞという時はビシッと決めるな」

 徹に茶化ちゃかされ、

「だからシスコンじゃねえ」

 俊介もいつものようにからかわれ易いすきがでてきている。

「シスコンじゃないの?」

 珍しく沙友里がからかうように訊くと、俊介はシートに沈み込むように体をずらした。

「単に頭が上がらないだけかな……」

「よく、わかってるなー」

 徹は俊介の素直な言葉に、大笑いしている。

「やっぱり、彼女よりお姉ちゃんが優先になっちゃうの?」

 さらに夏樹が後部座席からのぞき込むようにして訊いてくると、

「そんなことは無いと思うけど……。多分……。って姉貴あねきの話はもういいよ」

 車内は大きな笑いであふれた。

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