第11話 ダンスコンテスト その2
次の日から夏樹と沙友里は俊介から送られてきたポイントを意識しながら振り付けの練習を始めた。二人の練習場所は、相変わらずカラオケボックスだ。俊介のメールの最後には、(とにかく一つ一つの動きを丁寧に練習すること)と書かれていたため、二人はゆっくりとしたスピードで一つ一つの動きを確認していた。
「確かに俊介君のメール通りに踊ると、今までとは違って綺麗な動きになるね」
カラオケボックスの壁にタイルのように貼りついているミラーを見ながら沙友里が手を動かしている。
「そうね、でも『丁寧に練習すること』って、なんか偉そうに」
夏樹はちょっと
「そんなこと言っちゃだめだよ。あんなに俊介君も徹君も協力的じゃない」
「そりゃそうだけど……」
夏樹は自分がリーダーのつもりだ。
そのころ徹は頭を悩ませていた。
『練習場所か~』
まったくあてが無い。広い場所があればいいと軽く考えていたが、途中で大きな鏡が必須であることに気付き、焦っていた。
『こんな時、俊介のお姉様だったらあっけなく練習場所を見つけてくるんだろうな』
ふと、お姉様のことが頭をよぎったが、まさかお願いするわけにはいかない……。
大学の講義が終わった後、俊介は文句を言いながらメールを書いていた。
「何で俺がこんなお願いをしなきゃいけなんだ……」
「そう言わずに、お前にしか出来ないだろ」
俊介に無理な頼みをしているのは徹だ。メールの文面をあれこれ悩みながら、書いては消してを繰り返し、ようやく一文を送信した。
(三人ぐらいでダンスの練習をするんだけど、大きな鏡がある、良い場所ってどこかな?)
メールの送信先は姉。結局徹は何もアイデアが思い浮かばず、俊介に泣きついたのだ。しばらくして返事が届き、
(ダンスの練習? なんで?)
その返信をみて俊介は顔をしかめた。
「ほらほらほら~、面倒な方向に話が行っちゃっただろ。いきさつからメール書かなきゃいけなくなっただろ~」
「そりゃー、いきさつを説明しないと、お姉様も気になるだろうな」
徹は
「何て説明するんだ? 女装してテレビのダンスコンテストに出る、って説明するのか?」
「他に無いだろ」
「もし大反対されたら、どうするんだよ」
「お前、お姉様に賛成してもらえないと、何も出来ないのかよ。ほんとシスコンだな」
「そうじゃないけど、何かと面倒なんだよ……」
俊介は力なくそう言いながら、いきさつをメールすると、すぐに返信が来た。
(えっ、女装してテレビに出るの?)
俊介は広がり始めた火種を消すように焦りながら指を動かし、
(そうだけど、やっぱりやめておいたほうが良いかな?)
そう送信した後で、姉から「やめなさい」と言われたらどうしようかと思っていた。着信の通知音がなると、スマホを遠ざけるように腕を降ろし、メールを書いたことを後悔しながら苦い顔をしている。この返信を見たら、
(どうするか私が決める事じゃないから、自分で決めなさい)
反対とも賛成とも言えない返事に渋い顔で遠くを見ていると、横からメールをのぞき込んでいた徹は納得しながら頷いている。
「お姉様の言うとおりだな。そんなこと自分で決めろよ」
俊介は背中を向けてスマホの画面を隠し、『その通りだけど、あまりよく思っていないのかな?』と姉から少し突き放されたような気がした。また着信の通知音が鳴った。
(ところで、一緒にダンスする子は女の子? もしかしたら彼女?)
(女子だけど彼女じゃない)
(なーんだ、そうなんだ。残念ね~)
いつも通りの姉らしいメールの文面に少しホッとした。
(あなた達プロじゃないんだから、練習場所なんてどこでも良いのよ。鏡なんて皆の
俊介は徹の顔の前にスマホを突き出しこのメールだけを見せた。
「さすがお姉様。その通りです。よしっ、鏡を探すぞ」
言われてみればごく当然のことだが、徹は急に目の前が開けたような気持ちになり頭が回転し始めたらしく、準備体操でもするかのように、肩を回している。
「『頭を使いなさい』って、どうして俺が叱られなきゃいけないんだよ」
俊介は文句を言いながらも顔からは笑みがこぼれていた。今回も姉が協力してくれたことがなんだか嬉しい。結局自分で決めるというより、姉の後押しで前に進んだ形だ。
工業大学の近くにリサイクルショップがある。主に一人暮らしの学生を相手にしている店で、通常のリサイクルショップでも売れ残ってしまう物や、何回もリサイクルされているような、古くて程度のあまり良くない商品が多かったが、とにかく格安だ。店の外には赤文字で「セール品」と書いてある紙が貼られた姿鏡が並んでおり、徹が物色していると、
「あれ、徹君」
誰かに呼びかけられた。
「あっ、花咲さん」
徹の名前を呼んだのは、花咲美容室の花咲だった。
「花咲さん、こんな所でどうしたんですか?」
「だって、うちのお店はこの近くだから、買い物の帰りだよ。徹君こそ何か買いに来たの?」
徹は練習場所を探していることや、大きな鏡の代わりに姿鏡を何枚か集めようとしていることを話した。
「へぇ~、早速活動し始めたんだ。若い子は行動が早いな」
「鏡は何とかなりそうなんですけど、場所がまだ決まってなくて。今度の土曜日までになんとか探さないと」
今日は木曜日。姿鏡に映った徹の横顔には焦りが出ていた。
「どんな場所でもいいの?」
「三人でダンスが出来るぐらいのスペースがあれば、何処でも良いんですけど……」
徹は腰に手をあて下唇を噛みながら溜息をついた。
「うちのお店の近くに、空いてる店舗があるけど使えないかな~」
花咲は荷物が詰まったエコバッグを右手から左手に持ち替えて考えている。しかし徹は花咲の思考を
「あっ、いえ、お金はそんなに無いから……」
と言ったが、花咲もその辺は
「もちろんタダで使わせてもらえないか聞いてみるのよ」
「そんなこと出来るんですか?」
何か考えがあるように一人で笑っている花咲を、徹は不思議そうに見ていた。
「ちょっと一緒に行ってみようか。マネージャーさん」
花咲がエコバックをまた右手に戻して足早に歩きだすと、徹は花咲に駆け寄った。
「荷物持ちますよ」
「おっ、ジェントルマンだな~」
花咲は遠慮せずエコバックを徹に渡した。花咲が向かったのは不動産屋だ。ガラス窓にはマンションから学生の下宿先まで色んな物件の間取り図が隙間なく貼ってある。花咲がガラスの扉を開けると、カウンター越しに座っていたスーツ姿の男性がこっちを見るなり、
「あれ、智子ちゃん。どうしたの?」
と、話しかけてきた。
「
挨拶もそこそこに、用件を話し始めた。この二人、改まった挨拶も特に必要ないぐらい、親しいようだ。
「ああ、あそこか、相変わらず空いているよ。なんで借り手がつかないのかな?」
不動産屋はボールペンを持ったままカウンターに歩み寄り、軽く両手を広げた。
「まえ、空き家にしておくのは勿体ないから、誰か使ってくれないかな、って言ってたじゃない」
「そうだな。誰か使いたい人がいるの?」
ボールペンで頭をかきながら、聞き返した。
「実はこの子たち、テレビのダンスコンテストに出るんだけど、練習場所が無くて困っているのよ。一ヶ月ほど使わしてあげれないかな?」
それから徹達と知り合った経緯も話すと不動産屋はカウンターに両手をつき、少し考えたが、
「まっ、若い人に使ってもらえるのは、活気が出るからいいかな。智子ちゃんの紹介だしね」
と片方の眉を動かした。
「おー、話が分かるね~」
花咲も若い人に使ってもらうことで、長年空き家のままになっていると言うマイナスイメージが無くなるんじゃないかと考えていたようだ。
「夜遅くまで使うのかな?」
賃貸契約をして貸し出すわけではないため、不動産屋の責任で使うことになる。夜遅くまでは管理するのが難しいと不動産屋は思っていた。
「女子もいるから、夜の九時までには練習を終わらせます」
「そっか、じゃあ大丈夫だね」
不動産屋はちゃんと女の子への気遣いをしている徹の事が信頼できる、と感じたようだ。
「いつから使うの?」
「今度の土曜日だって」
徹の代わりに花咲が答えると、
「明後日か。急いで掃除しないとな」
不動産屋がカレンダーに眼をやった。
「掃除は自分たちでするので、大丈夫です」
徹の申し出に不動産屋は、『世間では今どきの若者は、っていうけど、しっかりとしているじゃないか』そう思いほほ笑んだ。花咲も徹の応対がとても気持ちよく、またこの若者たちとかかわれることが嬉しかった。
徹は店の中でも、店を出てからも何度も頭を下げると駅に向かった。「はやくこのことを皆に伝えたい」そんな気持ちから知らぬ間に走り出していた。
駅のホームに着き、早速皆にメールをした。花咲さんに再会したこと。そして知り合いの不動産屋に空き物件を使わせてもらえるように交渉してもらったこと。最初に自分たちで掃除をすること。などなど。
夏樹と沙友里がカラオケボックスで振り付けの動きを確認している時に、二人のスマホがほぼ同時に鳴り、夏樹が先にスマホの着信音に気付いた。
「徹君からメールだ」
沙友里も自分のスマホを取り、メールの内容を読んだ。
「すごい、すごい。練習場所が見つかったんだって。花咲さんが紹介してくれたんだって」
夏樹がスマホを沙友里の方に向けながら小刻みに弾んでいる。沙友里も何度も頷きながらソファーに座り、もう一度自分のスマホでメールを読んだ。そしてゆっくりと返事を書いた。
(沙友里です。本当にありがとう。夏樹も大はしゃぎしてるよ。土曜日、楽しみにしています)
沙友里からの初めてのメールだ。徹は電車を降りるまでスマホを握りしめメールを見ていた。練習場所を見つけれた以上に、このメールが嬉しかった。
俊介は自分の部屋で徹のメールを読んでいた。彼は練習場所を探すのを手伝おうとしたが、徹から土曜日の練習内容を考えておくように言われていたため、一人ノートに向かっているところだ。
『徹のヤツ、やるな』
思わぬ展開で練習場所を見つけた徹に感心し、一言書いた。
(おまえ、凄いよ)
(当然だ)
徹からも短い返信がきた。その言葉の向こうに得意げな徹の顔が見えてきそうだ。
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