椿原さん
小豆沢家には謎の男が入り浸っている。謎とは言うものの、最初に椿原さんが家に来てからはもう十年近くになるため、最早謎ではないし人となりも知っている。つもりだ。
「凛さん、おはようございます」
椿原さんは朝が早い。
「おはようございます。早いですね」
彼は台所に立っている。
「まあね、唯さんも朝ご飯食べましたけど、凛
さんも今食べます?」
そう確認してはいるが、既に白米を茶碗に盛っているし、電子レンジで何かを温めているのも確認できる。だから、私は敢えてこう答える。
「あ、まだ大丈夫です」
「え!?」
ナイスリアクション。
「嘘です。いただきます」
「ちょ、ちょっとー、やめて下さいよ」
またも、ナイスリアクション。彼は笑いながら私の朝ご飯を用意してくれる。
椿原さんが淹れてくれた紅茶を前に、私は小さな座椅子から彼が座っているソファに移動した。すると彼も、反対側の小さい椅子に移ろうとする。
「あ、そのままで」
自分が思っていたより大きな声が出た。
「ちょっと、そのままでいて下さい」
変な空気が流れているが、私が口を開かなければこの空気は変わらない。そう理解したので、また勇気を出す。
「これくらいの距離って、なんていうか、緊張
するんですかね、、」
椿原さんは「何言ってんだコイツ…」みたいな目を向けているのだろうか。こちらを見ているのは分かるが、私は見れない。
「いやあの…」
「するんじゃないですか。唯さんみたいな人が
寄り添ってくれたら」
言い訳をしようとしたら答えてくれた。寄り添うという表現が少し気になったけど。
「いきなりどうしたんですか?」
私は「いや、別に」とか言いながらこの場を流そうとする。
「誰か気になっている男性でも?」
図星だ。終わってしまった。椿原さんは毎日のように我が家に来るため、話すことがなくなった時には私たちの話もするかもしれない。その際、お姉ちゃんとか鈴とかお父さんに言われてしまうかもしれない。
「言わないでくださいねっ」
自分でもびっくりする程の大声を出してしまった。
「びっくりした。初めて聞きましたよ、唯さん
のそんな大声」
「ごめんなさい」
彼は「いいですよ」と笑いながら反対側の小さい椅子に移動した。
大学からの帰り道、椿原さんに会った。
「京さん、おつかれさまです」
「あら鈴さん、帰りですか?」
スーパーの帰りらしく、家に来ると言うので一緒に帰ることにした。すると、
「あれ?鈴ちゃん?」
と、どこがで見たような男が話しかけてきた。
「俺だよ。高校のときの、二年生で同じクラス
だった。島洋治(しま ようじ)、覚えてる?」
そうだ。島だ。仲が良かったかと言われるとそうでもなかった気がするが。
「島くん?あー久しぶり」
そう言って、この場を切り抜けようとしたのだが、島は京さんを見るや否やこう言った。
「あれ?彼氏さんですか?」
思い出した。こういう奴だった。私が高校時代付き合っていた彼氏をいじり倒していたのもこいつだった気がする。
「あぁ違うんですよ、ぼく、鈴さんの従兄弟
で。今日は家で一緒にご飯を」
島は「そうなんですね」と少し引き気味に言い、どこかへ行った。
「ごめんなさい。高校時代からああいう奴で」
京さんは動じず、怒らず、ずっと落ち着いていた。
「こちらこそごめんね。従兄弟じゃないのに変
なこと言って」
「全然ですよ。京さん、ほぼお兄ちゃんみたい
なところあるし」
彼は「そうだねー」と笑った。二人で「ただいま」と言いながら家に入ったが、全く違和感はなかった。
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