第50話 凍てつく空気と優しい瞳

さすがに火剣次男のイフリーと戦っているときは周りを見る余裕がなかった。


ターニャ救出に向かおうとそちらを見ると、シクルと火剣長男バーンの戦いが繰り広げられていた。


シクルは裸にワンピース1枚のターニャをお姫様抱っこして、バーンの剣から飛び出す炎を跳んで避けていた。


「シクル!手助けするわ」

「ユリナ、終わらせるのが早かったわね。見直したわ」


言いながら、再び襲ってきた火の槍を横っ飛びで避けた。


「ユリナ、ここは私にやらせて」

「大丈夫?」


バーンは叫び出している。

「ちょこまかと避けやがって。撃ち落としてやる。炎突!」


ぼおおおお!


「きゃああああ」

「大丈夫よターニャ。良く見て。予備動作があるから炎の軌道も予測がつく。魔物や動物の狩りと一緒よ」


「ふざけんな!」


バーンの炎は私がギリギリで倒せた次男、三男以上に強烈に見える。


だけどシクルはターニャを抱えたままで、軽々と炎の猛攻をかわしている。


そして、その目は・・・




本当に優しい。ターニャの顔を大切なものを慈しむような瞳で見ている。


見るべきじゃなかった。


認めたくない。認めたくないけど、シクルはターニャの姉のナリスを愛していた。その妹と何度か接触を持ってナリスの面影を重ねている。


自分が助けられなかったナリスの代わりにターニャを守ろうとしているのだ。


「ファイヤートルネード!」

ぶぼぼぼぼぼぼぼぼ!


「大技を出すのを待っていたわ。氷壁」 キイイイイイン。


シクルは今朝、カスガ男爵と次男を仕留めたと言っていた。護衛に守られた人間を襲撃するために多くの魔力を使ったはずだ。恐らく、今の戦い方は余裕というより魔力の「省エネ」だったのだろう。


シクルはバーンの技を小さな氷の盾でそらし、一気に間を詰めた。


「アイスプリズン!」


20メートル離れた私も寒くなるほどの冷気をもってして、バーンを炎ごと氷のドームに閉じ込めた。

バーンは火剣を発動させたが、シクルの追加技の方が、さらに速く強力だった。


「そっからの、アイシクル」


氷のドーム内側にすごい数の氷柱が生えて、バーンを串刺しにした。一瞬で真っ白なドームの内側が赤く染まった。


「ターニャを誘拐して傷つけようとしたあなた方に、慈悲なんて与えない」




完全勝利といえるくらい圧勝だったシクル。だけど、見事にターニャを救出したのに、戦っているときと違って表情は悲しそうだ。


やっぱりターニャとの別れが迫っている。ナリスの死に関わっているシルクと、殺されたナリスの妹ターニャ。


このまま2人が笑顔で話せるはずがない。



「ターニャ、歩ける?」

「ありがとうシクルさん。服は脱がされたけど、何かされる前に助けてもらったから・・」

「ユリナも来てくれたから、もう大丈夫。服一式もあげる」


ゆっくりとシクルはターニャを地面に降ろした。


「ま、待って下さいシクルさん。私達の村にもう一度だけ来ませんか」


「・・ダメよ。私は行ってはだめよ」

「なぜ?」


「外道とはいえ私はカスガ男爵と、その息子2人を殺した。男爵邸に押し入ったから顔も見られている。お尋ね者の私が行ったら、村に迷惑がかかる」


シクルはターニャを抱き締めた。


「言い訳はできないわ。私もナリスを死なせた悪人の1人。その罪もなくならない」


「・・けど、シクルさんは私を守ってくれましたよね。裸で馬車から降ろされた私を見たときの、男達への怒りの表情。そして大事に守ってくれて、あれが偽りだとは思えません」


涙を浮かべるターニャから、シクルは目をそらしている。


「ごめんなさい。私はナリスに会って初めて、人を愛することを知った。なのに、結果的にナリスを見殺しにした。仇も取らず、ただジュリア達から逃げた・・」



そしてゆっくりと、私の方を見た。


「それに、ユリナが許さない」


「え?」


「ユリナにはナリス、アリサ、モナの3人が何よりも大切だった。それを奪った私達を許さない」


私の方をターニャが見た。不安そうな、シクルの言葉を否定してくれという顔。


そんな表情は見たくなかった。けれど・・


「シルク、魔力が切れかけているところを悪いけど、仲間の仇を撃つチャンスは今しかない」


「だよね。復讐鬼には、そのシビアさが大切だわ、ユリナ」


私達は臨戦態勢に入った。




「2人ともやめて!」


ターニャの言葉に反応して、私はシクルの方に走った。


だけどシクルは違った・・・


「危ないターニャ!」

キイン!ドス、ドスドスドス。


何者かが私でもなくシクルでもなく、ターニャを狙って魔法を撃ってきた。


それに反応して、氷の障壁を出していた。


私は何も気付いていなかった。シクルはターニャの前に立ち塞がって最後の力で氷の障壁を張ったのだ。


飛んできたのはストーンニードル。


普段のシクルなら防げる。


だけど魔力不足の影響か、氷の障壁は万全の効果がなかった。1枚が割れてしまった。


ターニャには刺さらなかった。代わりに、ターニャの前で手を広げたシクルの左腕に深々とニードルが突き刺さっていた。



「うぐっ」


刺さった場所は違うけど、あの日、ダンジョンの中でナリスが貫かれた場面がフラッシュバックした。


シクルは怪我と魔力不足のせいで、顔が真っ青だ。



「シクル、なにやってるのよ。あなたを取り返すために、ナリスと同じ顔をした女を殺すつもりだったのに・・」


ターニャを狙って撃ったのはアイツだ。




ターニャの姉、ナリスの胸をストーンニードルで貫いた張本人「土のスターシャ」だ。





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