第12話 「Encounter・3 Cat」
夏が来て秋になった。
またもうすぐサトルの十歳の誕生日がやって来る。
初のお笑いライブからアイハとは数回一緒に外出をした。
勿論、毎週土曜日のお喋りも一度も欠かす事なく続いている。
早いものでアイハに出会ってから一年数ヶ月が経とうとしていた。
サトルはアイハに出会う前と比べるとすっかり人間らしくなった。
でも全ての感情をその身に宿したかはまだ分からない。
サトルは普通の子供のように小学校へは通っていなかったし、友達と呼べる人間も居ない。
他人とのふれあいが人生レベルで圧倒的に少ないのだ。
それでも自分にはアイハがいてくれたら充分楽しかったし、そもそも勉学の為に学校へ行く必要がない。
と、サトルはそう思っているが実際にはサトルを受け入れてくれる施設や学校がなかったのであった。
脳のエーアイシンプトンなんて前代未聞だし、無知な人間でもサトルの能力を知れば
『自由に動き廻るコンピューター』くらいの認識はある。
まぁ、専門家に言わせるとそもそもAiとコンピューターは別物なのだが…。
さておき、そんな子供と自分の子供を一緒に学ばさせる訳にはいかない。
世間の見解では、それ程サトルは脅威なのだ。
サトルはそれを知らない。知らない方が幸せな事もある。
「学校ではもっと違う事も学べるんだ。」
そうよくアイハが言っていた。
自分に学ぶ必要があるものとは何なのだろうか?
大人がよく言う協調性や主体性。
我慢や他人への気配りなんかは熟知していてすぐに実践出来る。
それに気になる事はアイハが大抵教えてくれる。
そうだ、今度アイハに会ったら自分がもし学校へ行ったら何を学べるのか聞いてみよう。
「よぅ!サトル、元気か?」
「うん。アイハ、こんにちは。ねぇアイハ、聞いても良いかな?」
「なんだ?」
「僕がもし学校へ行ったとしたら何が学べるの?だって僕は勉強の事なら何でも知っているよ。」
「あぁ、そうだな〜。お前は東大生より頭、いいもんな〜。」
「なら、何が学べるの?」
「お前は分かってないねぇ〜、サトル君。」
アイハがちょっと意地悪そうに嬉しそうに言う。
「なぁ、サトル。お前には大事なもんが抜けてるんだよ。」
「大事な?もの?」
「そうだよ。」
「それは何?」
「沢山の友達だよ。それと友達の大切さかな〜。」
言われてドキリとした。
そうか、自分には兄のようなアイハが居るだけで年齢の近い友達が居ない。
なのでその大切さの意味も正直ピンと来ない。
「ねぇ、アイハ。どうすればそれを知る事が出来るの?」
「そうだな〜、俺以外の友達をつくるって事だな〜。今のお前には難しいかもだけどよ、友達っていうのは何歳になってもつくれるんだよ。」
「そうか…。今は無理そうだけれど…。うん、分かったよ。」
なんとなく頭の中で友達をつくってみる。
色々シュミレーションしてみるが結果が細分化され過ぎていてどうにも纏まらなかった。
友達か…。
自分に友達が居たらどんな感じなのだろう…。
翌週の土曜日小雨がパラつく中、アイハがやって来た。
なんだかいつもと様子が違う。
「よぅ、サトル。元気か?」
いつもよりも声が小さい。
いや、むしろ声を殺しているといった方が正しい。
「うん。アイハ……どうしたの?」
「シーッ!!」
立てた人差し指を自身の口にあててサトルに黙れの合図を送っている。
「???」
「ほら、サトル。見てみろよ。」
アイハが着ているパーカーの中を覗くように促される。
「えっ?何?……あっ!!」
思わず声を出すとシーッっとアイハが言う。
慌てて口を押さえるサトルに向かって
「可愛いだろ?寝てるんだ。」
アイハの服の中に居たのは小さな子猫だった。
「どうしたの?」
小声で尋ねると
「さっき、ここへ来る途中で車に轢かれそうになっていたんだ。周りを見ても親もいないし、兄弟もいないし…。」
「それで連れて来ちゃったんだね。」
「あぁ。でさ、これ温めたり出来るか?」
そう言うとポケットからパックの小猫用ミルクを取り出した。
聞けば一度駅前にあるペットショップまで戻り、買って来たのだと言う。
「ちょっと待ってて。」
一度自室に戻り、昼食後の空いたお皿があったのでその中にミルクを入れ、受付の方へ向かう。
この時間は誰もいないのは知っている。
更に監視カメラに映らないサトルだけが知っている秘密のルートを通ると職員専用の食堂に着いた。
昼食の時間はとうに過ぎているので食堂内には誰も居ない事も知っている。
前に抜け出した時もこのルートを使い、食堂の調理室からゴミ出しの為にある扉を使ってゴミ置き場から外へ施設脱出を図ったのだった。
さておき、レンジを探す。
すぐさま見付けると目の前で少し考える。
まぁ、サトルの場合は考えるというより検索するといった方が正しいのだが…。
レンジの使い方と子猫へ与えるミルクの適正温度、それに量。
それから先程見た子猫の様子も考慮する…。
全部計算してこれから何が必要か頭の中で調べる。
調理場からはすぐに必要だと思われるペットボトルの空容器を拾い、中にお湯を入れて簡易製の湯たんぽを作った。
そしてゴミ置き場に行く。
小さめのダンボール箱を拾うと脇に抱えてゲストルームへ戻った。
「お〜。悪いな、サトル…。なんか面倒かけちまって…。」
「ううん。気にしないで。」
温めたミルクと湯たんぽ、それからタオルを数枚手渡し、サトルはダンボールを組み立てる。
お〜、よしよし〜、と言いながら子猫を懐からそっとすくい上げる。
温めたミルクを美味しそうに飲む子猫の姿を優しい顔で見守っているアイハ。
サトルは子猫をこんなに近くで見た事がなかったので少し戸惑いはあったが、このアイハと子猫の光景は何処かで見た光景に似ている事に気が付いた。
あぁ、動物園のゾウの親子だ。
なんだか胸の奥が暖かくなり、自然と笑顔になる光景だ。
グレーの毛色が綺麗な子猫はお腹いっぱいになるとダンボール箱で作った簡易ベッドの中で眠ってしまった。
子猫が寝静まった所でアイハに聞く。
「ねぇ、アイハ。この子猫はアイハが飼うの?」
「それなんだよなぁ〜、問題は…。俺、独り暮らしだろ?仕事の間こんな小さな子ひとりにしておけねぇって…。」
「うーん。だったらアイハが仕事の間だけ僕が面倒見ようか?」
「そんな事、出来るのか?施設の先生とかに相談しないとだろ?」
「うん。でも僕の予測ではこれが駄目だと言われる確率はすごく低いよ。」
「そうか…。」
サトルの予測は的中した。
日中だけだが、施設の大人もいる中で子猫の面倒を見る事はサトルにとって有益であると判断されたからである。
かくしてアイハとサトルは一匹の子猫にハイロと名前を付け、子猫の親代わりになったのだった。
子猫の名前はアイハが決めた。
灰色だからハイロだそうだ。
アイハらしいとサトルは思った。
サトルの生活リズムも少し変わり、いつもより早起きするようになった。
まずはアイハが仕事前に子猫をサトルに預けに来る。
日中は検査以外の時間はサトルが面倒を見る。
夕方になるとアイハが子猫を迎えに来て帰宅していく。
また、雨の日はアイハの仕事が必然的に休みになるので朝から雨が降っている日はアイハが一日中子猫の面倒をみていた。
それが日常となったある日の朝、サトルはいつものようにアイハと子猫を待っていた。
しかし、いつまで待ってもアイハがやって来ない。
今日は雨の予報だったっけ?と空を眺めるが雨が降りそうな気配はない。
結局、一日中アイハを待っていたがこの日はアイハの姿を見る事はなかった。
その翌日は朝から雨だった。
という事は今日はアイハが自宅で子猫のお世話をしているだろう。
そしてその翌日も雨だった。
丸三日間、アイハと子猫の姿を見ていないと寂しさや何故か心配が頭を過る。
明日は晴れるだろうから朝早くにアイハと子猫はここへ来る。
明日が待ち遠しく思えた。
しかし、晴れている翌朝もアイハと子猫は来なかった。
何かがあったのかも知れない。
心配という感情が頭の中と胸の辺りを行ったり来たりする。
ただならぬ様子で施設の職員にアイハと連絡が取れないか尋ねると控えてあった携帯番号に職員が電話をかけてくれた。
だが、何度かけても留守番電話になってしまう。
何かあったに違いない。
そう思ったら心配という感情が爆発しそうになり、
その日の夜にサトルは二度目の施設脱出を図ったのであった。
アイハの自宅への地図は頭の中に入っている。
今回は職員食堂のレジからお金も少しだが拝借した。
不安な想いを拭いきれずに駅まで足早に辿り着くと電車に乗ってアイハの自宅アパートの前まで来た。
驚かれて怒られるのを覚悟で扉をノックする。
「アイハ。僕だよ、サトルだよ。居たら開けて!」
扉に耳をあてるが物音ひとつしない。
もう一度ノックをする。
返答がない。
それから何分、何時間サトルは扉をノックしては声を掛けるという動作を繰り返しただろうか。
いい加減に五月蝿いと思われたか隣の部屋の扉がガチャと開き年配の女性と目が合った。
「あら、僕。どうしたの?こんな夜に…。」
「すみません、お騒がせして…。こちらの部屋を訪ねて来たのですが…。ここに住んでいる方を知りませんか?」
「あら…。そうなの?そちらなら一昨日の朝、職場の方だかが猫を預かりに来たとかで…。でも住んでいるお兄さんは四〜五日くらい見てないかしら…。」
「そうですか、ありがとうございます。お騒がせしてすみませんでした。」
子供らしくないあまりにもしっかりとした口振りに少々驚かれはしたが、今はそんな事を気にしている場合ではない。
もう次に行く場所は決まった。
アイハの職場の現場監督の家だ。
終電ギリギリで電車に乗り込み、監督の家へ向かう。
家の呼び出し音に手をかけた時には真夜中の十二時を少し過ぎていた。
一度だけインターフォンを鳴らしてふと我に帰った。
こんな夜中に子供が一人で訪ねて来たら大騒ぎになるだろう。
説明しても警察沙汰になる可能性が高い。
そして毎朝早くから仕事の監督はアイハ同様にこの時間は眠っている筈だ。
あと数時間待てば彼は起きる。
朝早い時間ならば少し早起きした子供という言い訳も立つ。
一刻も早くアイハの行方が知りたかったが、家の入口付近に身を隠し朝まで待つ事にした。
白白と夜が明け始め、時刻は朝五時半を過ぎた辺りになった。
何も知らない監督が家から出て来た。
すかさず走り寄って尋ねる。
「おはようございます。アイハさんに用があるのですが…。家に行っても居なくて…。」
そこまで言うと監督は
「君はアイハの知り合いなのか?」
「はい。僕はサトルと言います。」
「君が…。君がサトル君なんだね?君の事はアイハからよく聞いていたよ。」
「はい。」
(聞いていた?何故、過去形で話す?)
「そうか、少し時間はあるかい?」
「はい!」
「そうか……。じゃあ、今からアイハに会いに行こう。」
二人で車に乗り込むと、まずは現場の作業員達の各家を廻り彼等をピックアップして行く。
ここにもアイハの姿はなかった。
次に現場に着くと点呼と今日の作業の流れを皆に伝えて次に自分の代理の者に作業工程を再確認をしてから監督はサトルの元へ戻って来た。
「サトル君、随分と待たせたね。すまない、じゃあ行こう。」
向かったのは大きな病院だった。
サトルの嫌な予測が当たろうとしている。
心臓がバクバクと高鳴り、全身の筋肉が硬直するような感覚がある。
「ここだよ。」
そう静かな口調で監督が指を差した大きなガラス窓の向こうにベッドの上で横たわるアイハが見えた。
身体中に管が付けられていてそれらは機械と繋がっている。
「アイハさん…。いえ、アイハに何があったのですか?」
「五日前の事だよ。作業中の事故でね…。いきなり足元が崩れてコンクリートの下敷きになったんだ…。」
「今、アイハはどうなっているの?」
「病院に運ばれる少し前までは意識があってね…。サトル君、君と子猫の名前を呼んでいたんだ。でも今は意識がない…。それから腕と掌以外の身体のあちらこちらの骨折と…。」
そこまで聞いていたがその先の言葉は耳に入って来なかった。
アイハをじっと見つめる。
ピッ、ピッ、ピッ…一定の間隔で機械が鳴り続けている。
ガラスの隔たりのせいかアイハの息遣いは聞こえない。
「アイハはどうなるの?」
「すまない…。それは私にも分からないんだ。」
ガックリと肩を落とし、サトルはヨロヨロと歩き出した。
背中越しに声がする。
「サトル君…。家まで送るよ。」
再び監督の車に乗り込むと外の景色も何も頭の中に入らない。
苦しい…。
こんな時、アイハなら何て言うだろう。
「なんだ?サトル。お前、落ち込んでんのか?」
そんな事を言われそうだ。
頭の中を整理してほんの少しだけ落ち着きを取り戻すと、サトルにはもう一つ心配事があったのを思い出す。
「あのぅ…、アイハの家に子猫がいたと思うんです…。」
「あぁ。子猫なら今、私の家にいるよ。」
「その子猫は僕とアイハで育てていました。なので僕が連れて帰りたいのですが…。」
「あぁ、そうだね。その方がアイハも子猫も安心するだろう。」
監督の家の玄関に入ると、サトルを見つけたハイロがちょこちょこと駆け寄って来た。
五日振りだった。
抱っこをするとハイロもサトルの腕にしっかりとしがみついてもう何処へも行きたくないと言っているようだった。
ハイロを抱きしめた途端に涙が溢れて止まらなくなってサトルは初めて声をあげて泣いた。
施設へ戻ると案の定、騒ぎになっていた。
何か罰せられるかと思った。
しかし、アイハの事を嘘偽りなく伝えたからか複数の医師と問診をしただけでこれといったお咎めはなかった。
ハイロと一緒に部屋へ戻る。
部屋の中にはハイロの為に買って貰った猫用の寝床やトイレに爪研ぎとおもちゃに水飲みのお皿とご飯のお皿が置いてあり、ハイロはようやく我が家に帰って来たと言わんばかりに屋根付きの寝床へ直行して眠ってしまった。
ひとりになったサトルはアイハの事を考える。
何か自分に出来る事はないだろうか?
ふと、ひらめく。
自分は脳のエーアイシンプトンなのだ。
今迄はせいぜい家庭用のパソコンだけとリンクして更新を重ねて来たが、もっと大きな情報源…。
例えばこの施設を含めて財閥が経営している複数の病院の情報を網羅しているサーバーと自分がリンクしたらアイハを助けられる方法が見付かるかも知れない。
手始めに今日、施設の警備が手薄になったら試してみよう。
いつもの時間に就寝する振りをしてベッドの中でその時を待つ。
夜はいつもアイハの部屋で寝ていたハイロがサトルのベッドの中に潜り込んできた。
「ハイロ、どうしたの?寒いの?」
サトルの顔をじっと見つめるハイロに話しかける。
「アイハならきっと大丈夫。僕がなんとかするんだ。だからハイロ、心配しないで…。」
その言葉を聞いてかは分からないがハイロは小さく「ミャ〜」と鳴くとサトルの横で眠りについた。
数時間が経ち、いよいよ動く時が来た。
ハイロを起こさないようにそっとベッドから出るとサトルは施設内の地図を頭の中で開く。
サーバールームがある上の階には殆ど監視カメラが付いておらず警備も手薄い。
ここへ行けば何かサトルの知らない情報が手に入るだろう。
だって、ここも病院みたいなものだから…。
サーバールームの入口にはコード入力式の鍵が掛かっている。
こんなものはサトルにとってはあってないようなものだ。
アナログな鍵の方がよっぽどサトルにとっては効果がある。
速やかに部屋の中へ入ると他の部屋よりも少し温度が高く感じられる。
複数台あるサーバーの中で手始めに一番端にあったサーバーに触れてみる。
一台触ると恐ろしい迄の量の情報が頭の中に流れ込んで来た。
こんな膨大な量の情報を一気に詰め込んだ経験はない。
吐き気のような感覚を覚える。
それを堪えながら続いて二台目…。
一台目と似たような情報ではあるがこれも頭の中にストックしていく。
三台、四台、五台……病院の患者のリストと個人情報がびっしり詰め込まれている。
各病状に対する治療の方針、経緯、投薬、オペの記録まである。
そしてこの部屋の中の全てのサーバーとリンクし終わると鍵を掛けて何もなかったかのように自室へと向かう。
部屋に戻ると緊張が解けたせいか足元がふらつき、目眩がした。
ベッドに腰掛けて深く深呼吸をするとサトルは自分の頭の中を整理し始める。
いらない情報は別のフォルダーへ、各情報ごとに自分が使いやすいようにカスタマイズしていく。
この作業は僅か五分も掛からずに終わる。
頭の中の整理が終わるとサトルはこの国内でも数える程しかいないであろう医学博士並みの医療知識を持った人間になっていた。
いや、下手をするとそれ以上かも知れない。
但し、それはあくまでも情報として知っているだけの話しで手術や処置のやり方を知った所で全く経験のないサトルは素人だ。
手術の順序や手の動かし方を知っているだけで実際にそのように手が動くとも限らない。
それでもアイハの為に何か役に立つであろう情報を検索し続けた。
サトルが見たアイハの様子と先程手に入れた情報を元にアイハの症状を推察する。
恐らく脳にダメージを受けているのだろう。
結果は思わしくない。
急いでまたアイハに会わなくては…と思った。
そうだ、明日の朝一番に先生と職員に相談しよう。
少しの時間眠ると朝が来た。
朝の問診時に早速医師にお願いをしてみる。
「先生、アイハの所へ行きたいんだ。」
「少し待っていなさい。」
「待てないよ!僕はアイハに会いたいんだ!」
「いいかい?サトル君。君は一昨日の夜に勝手に施設を抜け出して皆に心配をかけたんだよ?その君がまた外へ出たいと言っているね。これは僕一人の判断で君を外へ出す事は出来ないんだ。だから少し待ってくれないか?」
「待つって、いつまで?」
「うーん…。少なくとも二日、三日は…。」
サトルは暴れたい衝動を抑え込んだ。
でもここで暴れたらますますアイハに会えなくなるだろう。
それから二日後の昼間、アイハに会えるという許可が降りた。
職員のお付きでアイハのお見舞いへ行く。
病室へ入る事は固く禁じられ、ガラス越しにベッドの上に仰向けになっているアイハをじっと見つめる。
頭の中で予測と統計と計算が始まる。
しかし、運営の違うこの病院のサーバーと繋がりでもしない限りアイハの詳しい情報は分からなかった。
微動だに動かず表情もなく、目を閉じてただ眠っている。
ここから見る限りで分かる事は頭部と左下顎部に大きな分厚いガーゼが貼られており、顔面は所々に複数の内出血と裂傷、擦過傷が見られる。
頚椎を痛めているのであろう首にコルセットが装着されている。
アイハを見ていると不安な気持ちが頭の中をぐるぐると駆け巡るだけだった。
結局のところサトルはアイハの様子をガラス越しに見ているだけで何も出来なかった。
そう、サトルはまだ九歳の子供なのだ。
アイハの容態が詳しく分かればもっと何か出来るのかも知れないが、流石にその情報を手に入れるのは不可能だ。
それからアイハに少しでも何らかの変化があったら施設に連絡を入れて欲しい旨を伝えるのも子供のサトルではなく、付添いの職員が話しをした方がスムーズだった。
サトルは自身の無力さを感じる。
職員が運転する帰りの車の中でぼんやり外の景色を目で追いながら小さな声で呟く。
「僕は何でも知っているはずなのに…。なんで今のアイハの事が分からないの?なんで何も出来ないの?」
「ん?サトル君。今、何か言ったかい?」
「ううん。何も…。」
車は施設へと向って走る。
自室へ戻るとハイロを膝に乗せて撫でながらサトルはアイハの言葉を思い出す。
『でもな、サトル。未来はほんのちょっとの気持ちと行動で変わるんだよ。』
何をどうすれば今が変わるというのだろう。
「分からないよ、アイハ…。教えてよ…。」
ハイロの背中にサトルの大粒の涙がいくつも落ちた。
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