第11話 「Brother」
サトルの感情はここ数ヶ月の間に急成長を遂げている。
アイハに出会い、昼間ほんの十分〜十五分くらいの軽いお喋りを毎日しているだけなのに。
毎日少しづつではあったが、なんだかサトルがどんどん人間らしく(?)子供らしくなっていくのが鈍感なアイハにも分かった。
「今日は何の話しをしようかな〜。」
サトルに会う事を楽しみにしている自分に気付く。
そして同時に疑問も沸く。
何故、今までサトルはあんなロボットみたいな子供だったのだろうか?
少し考えたら答えは分かった。
それはサトルの周りにいる人間達に原因があったのだと。
施設の職員達は皆、自分の仕事というフィルターを一枚掛けた上でサトルに接する。
なのでサトルと一言会話をするにも「仕事だから」とか「仕事上こうするべきだ」といった感情で接しているのだ。
まぁ、仕事ならば仕方がない。
そんなところか…。
今日も昼休みにアイハはサトルの元へ向かった。
「よぅ!サトル!」
「アイハさん、こんにちは。」
「な、サトル。最近の〜…」
こんな感じで会話は始まるのだが、今日はサトルにとって残念なお知らせをしなくてはならない。
勿論、自分にとっても残念な話しだ。
「あのな、サトル。俺が今やってる工事なんだけどさ…。」
「うん。知っているよ。今月いっぱいで終わるんだね。」
「あぁ、そうなんだよな…。」
「じゃあ、僕達はもう会えなくなるんだね。」
「そうなんだけどさ…、その、あれだ…。」
「あれ?」
「っていうか、お前は寂しく思わないのか?」
「寂しいよ。けれど仕方がない事なんだ。」
そう言われるとなんだか、こちらの方が駄々をこねている子供みたいだ。
「お前はそれでいいのか?」
「???いいって?だって、アイハさんはここの仕事が終わったらまた別の場所で仕事をする。それがアイハさんのスケジュールだよ?」
「そうなんだけどさ、俺考えたんだよ。確かにお前の言うとおり俺には仕事がある。でも俺には休みもあるんだ。だから休みの日にここへ来てもいいかって施設のお偉いさんに聞いてみようかと思うんだけどさ…。その前にお前の気持ちを聞いておかないとと思ってさ。ほら、あれだろ?俺の独りよがりだったらお前に迷惑だし…。」
「迷惑?…。迷惑じゃないよ。僕はいつでも歓迎するよ。」
「そうか。じゃあ聞いてみるか…。」
「ありがとう。アイハさん、僕は嬉しい。」
「そっか、良かったよ。じゃあまたな!」
昼休みがそろそろ終わるのでアイハは仕事に戻った。
そしてその日の夕方、仕事が終わると少しだけ時間を貰い施設職員の元へ向かった。
砂埃まみれの作業服姿のアイハに一瞬、嫌悪感を見せた施設職員だったがサトルの話しを持ち掛けると態度は一変し、工事が終わっても週に一度だけだがここへ来る事を快諾された。
そして翌日の昼休みにサトルに今後の話しをする。
「嬉しいよ。僕は今月いっぱいでアイハさんにはもう会えなくなるって知っていたから…。」
「でもな、サトル。未来はほんのちょっとの気持ちと行動で変わるんだよ。」
「うん、そうだね。今回は何パターンもある予測の中のかなり低い確率のものが…」
「あーっ!難しい事はいいんだよ。んで来月からな、毎週土曜日に俺はここへ来るよ。」
「うん。分かった。」
「時間も今迄は十分〜十五分くらいだっただろ?でも来月からはお前と会うのに時間は気にしなくても良さそうだ。」
頭を掻きながら話すアイハを見てサトルも嬉しくなった。
思えばアイハに出会ってから自分には色々な感情がある事を発見出来た。
そしてそれらと自身が元々知っている事を組み合わせると感情というものは無限に広がってゆく事に気が付いた。
好奇心を持つと楽しい感情が広がる。
楽しい感情が広がると嬉しくなる。
嬉しい感情が広がると幸福感を味わう。
違和感を持つと不快感がひろがる。
不快感を持つとそれは時には怒りに変わり、時には悲しみに変わる。
怒りや悲しい感情が広がると苦しい。
このようにしてサトルは感情というものを自分なりに分析、整理して学習していった。
まだまだ自分の知らない感情が自分の中には沢山あるのではないだろうか?
何でも知っている筈なのに…。
そして他人の心の中にもサトルの知らない領域がまだ沢山あるのだという事をアイハから学んだ。
ふと、アイハと自分の関係性を考える。
(アイハと僕は何?)
友達?アイハを『さん』付けで呼んでいるからこれは該当しない。
同僚?これも違う。
多少の上下関係がありつつも世間話が出来る。
且つアイハの職業に絡まない自分はアイハにとってどのような立場の人間に該当するのだろう?
エーアイシンプトンという共通項がある仲間?
否、仲間と呼べる程長きに渡って時間を共有していない。
では、知り合い?共有した時間や側面を考慮すればこれが一番適切な筈なのだが、なんだか違和感を感じる。
これは、明日アイハに会った時に質問してみよう。
翌日のいつもの時間にアイハはこの部屋の窓辺にやって来た。
「よぅ!サトル!元気か?」
「うん。こんにちは、アイハさん。今日は僕から質問があるのだけれど…。」
「お?なんだ?珍しいな。お前は何でも知っているんじゃないのか?」
少しからかい気味に言われてしまった。
「僕にも分からない事があるんだ。」
「へぇ〜。んで、何だ?その分からないって事ってのは。」
「うん。僕とアイハさんの関係性を何と呼ぶの?」
「ん?関係性?」
「そう。例えば友達とか、同僚。または知人、仲間…。色々あるでしょう?」
「あぁ、そう言う事か。なんだ、それがお前には分からないっていう事か?」
「うん。」
「そっかぁ〜、分からないのか〜、ならこの俺様が教えてやろう!」
ニヤニヤと嬉しそうにアイハは言う。
「サトル。お前と俺は兄弟だ!」
「へっ?」
慌てて頭の中の辞書を検索する。
自分とアイハは兄弟の定義に該当しない。
驚くサトルにアイハは言った。
「そんなに驚くなよ。なんか凹むだろ?俺とお前は血は繋がっていないけどさ、兄弟みたいなものだって俺は思っているって事だよ。」
「?」
「ほら、あれだ。お前も俺も天涯孤独っていうかさ…、家族がいないだろ?だから俺はお前の事を弟みたいだなって…。もし俺に弟が居たらこんな感じかな〜って。」
「アイハさんが僕のお兄ちゃん?」
「まぁ、そんな風に思っていてくれたら嬉しいっていうか何ていうか…。」
「名前を『さん』付けで呼んでいるのに?」
「えっ?お前、そんな事気にしてたの?」
「うん。初めて出会った時に指摘されたから…。」
「あーっ!ゴメン、ゴメン!!あの時はだな、初対面だったからそう言ったんだ。今は別に『さん』なんていらねぇよ。」
「年上なのに?」
「あぁ、いいよ。だって俺とお前は随分打ち解けただろ?」
「うん。じゃあ、アイハ。」
「おぅ、なんだ?」
「アイハがお兄ちゃんだと言うなら『アイハお兄ちゃん』って呼んだ方が良いの?」
「かぁ〜っ、それはいいや。なんか照れくさいだろ。いいよ、呼び捨てで。」
「うん、分かった。」
今月末まであと残すところ数日でサトルには兄のような存在が出来た。
夜になり、一人になって昼間の会話を思い出すとまた両頬の筋肉が勝手に上に持ち上がり、嬉しい気持ちになった。
工事は無事に終了し、また今迄通りの静かな毎日が始まった。
でもサトルは今迄とは違う。
毎週土曜日に楽しみが出来たからだ。
今迄は窓越しに会話をしてきた二人だったが、アイハが訪問客扱いになると施設の別室で会うようになった。
ちょうど、シロガネと初めて会ったゲストルームと呼ばれている部屋だ。
アイハの訪問時間に合わせて自室から移動する。
少し早めに着くといつものように窓の外を眺める。
コンコンコンとノックの音と少し重そうな扉が開く音がほぼ同時にしたかと思ったら
元気なそれでいて優しい声が背中に響く。
「よぅ!サトル!元気か?」
振り返るとアイハが立っていた。
「うん。アイハ、こんにちは。」
ニッコリ笑って近付く。
今日は何を話そうか。
アイハとゲストルームで会話をするようになってから既に数ヶ月が経つが、初めての訪問時には二時間程会話をしただろうか。
その時のサトルはこれまで長時間、人と会話をした事がなかったのでアイハが帰った直後に目眩と酸欠のような症状にみまわれた。
それでも毎週土曜日が楽しみでアイハの為にお笑い芸人の情報やアイハが好きそうな食べ物の情報を片っ端から検索して一つのフォルダーにストックするように会話を纏め上げ、準備していた。
これもサトルならではの能力だ。
ある日の土曜日サトルにとって不思議な出来事があった。
ゲストルームでアイハを待っているとノックの音とほぼ同時に扉が開き、何かを抱えたアイハが立っている。
「よぅ!サトル!元気か?」
いつもの挨拶言葉だ。
「うん。アイハ、こんにちは。」
「サトル〜、聞いたぞ。お前、この前誕生日だったんだってな。」
「うん。」
そう言えば数日前、サトルの誕生日だと言って施設の職員や医師がお祝いをしてくれた。
お祝いと言っても、いつもの昼食にショートケーキが一つ付いていただけで取り立てて何がおめでたいのかもピンと来なかった。
「でさ、これは俺からのプレゼントだ!」
それはサトルが好きだというチョコレートの詰め合わせと一枚のメッセージカードだった。
まぁ、メッセージカードという程洒落たものではなく、絵葉書に近いものだが…。
そのカードの表面には美しい山と滝の風景写真が彩られており、裏面にはアイハの手書きのメッセージが書かれていた。
〈サトルへ お誕生日おめでとう!!サトルがこの先も幸せになりますように。これからもよろしくな!! アイハ〉
何気なく書いた文章だったのかも知れないがアイハが自分の幸せを願ってくれているなんて何とも不思議な気持ちに包まれた。
それをもう一度読むと次は目の周りが急に熱くなり、鼻先が誰かに引っ張られるようにツンとした。
その直後、涙が溢れてきた。
そんなサトルを見てアイハは
「なんだよ、サトル。それぐらいで泣くなよ。」
と小さな頭を大きな掌でガシガシと撫でてくれた。
サトルがその時感じた不思議な気持ちというのは言葉で表すならば優しさや思いやりというものなのだろう。
そしてこのメッセージカードはサトルの宝物になった。
九歳になったサトルにはもう一つプレゼントが待っていた。
それは月に一度だけ施設外への外出が許された事だ。
しかし、これは条件付きのもので施設の外へ出る時は必ず職員、もしくは医師の同伴が必要だった。
おまけに夕方六時の門限もあった。
それでもこの施設以外の場所へ行けるのかと思うとサトルの心は踊った。
外出初日は施設の医師と職員が二人お供に付いてきた。
何処へ行きたいのか尋ねられたので子供らしく動物園に行きたいと言ってみた。
生で初めて見る人間以外の生き物達はサトルの良い刺激になった。
中でもゾウの親子は子象の可愛らしさや、母親象が子象の面倒を見ている姿が印象的で見ていると胸の奥が暖かくなる感じがした。
それから頭の中だけでは見きれなかった蛇の不思議な動き方や予想以上にワニやライオンが大きかった事。
派手な色の鳥の鳴き声が大きかった事や園内に漂う匂い等、頭の中以外の情報を沢山得る事が出来た。
少しだけ興が冷めたのは医師と職員がそんなサトルの反応をいちいちメモっている事だった。
施設の自室に戻るとサトルは今日のデータを整理する。
外の世界はサトルがまだ知らない事も沢山あるだろう。
次の外出日が楽しみになった。
これで週に一度、自分に会いに来てくれるアイハとの会話もますます弾みそうだ。
季節は流れ、月一回の外出日。
今日は施設の職員と二人で外出をした。
いつものように何処へ行きたいのか尋ねられ、少しの時間考えているとその職員が言った。
「サトル君の行きたい所へも行くけど僕がサトル君を連れて行きたい所がある。付いて来てくれるかい?」
まぁ、いいだろうと頷いた。
その職員がサトルを何処へ連れて行ったかというとそこは場外馬券売場だった。
「ね、サトル君。君なら簡単だろ?どの馬が来るか当てて欲しいんだ。」
サトルは超能力者ではないから未来予想が出来る訳じゃない。
でも予測と統計だと言われればその答えを簡単に導き出せる。
「な、サトル君。君に一着から三着までを予想して欲しいんだ。」
「うーん。じゃあ、この順番かな…。」
レースの結果は見事に的中した。
「凄いぞ!サトル君!」
喜んだ職員は次のレースも、次のレースもとサトルに予想を立てさせる。
何度かは外れたが勝率は八割と高確率を叩き出した。
気付けば夕方になっていてもう施設に帰らなくてはならない時間になっていた。
今日の外出の収穫は大人はお金を増やすのが好きなんだという事だけだった。
帰りの電車内でその職員に何故か今日行った場所の事を固く口止めされた。
その代わりに映画館へ行ったと言うようにと。
何故、嘘をつかなくてはならないのか尋ねると
「いやぁ、色々あってね。君さえ黙っていてくれたら何も問題はないんだよ。」
答えになっていない事を言われた。
なんだかモヤモヤする。
自分は悪い事をしたのだろうか?
毎月一度しかない外出日の中で今日が一番無意味な一日に思えた。
思い出すとどうしもモヤモヤが解消されずに土曜日になった。
アイハがやって来た。
「よぅ!サトル。元気か?」
「うん。アイハ、こんにちは。」
その日、サトルはアイハに質問をしてみる。
「アイハ、アイハは競馬ってやった事ある?」
「なんだ?唐突に。何、興味でもあるのか?」
「ううん。興味はないんだ。でも…。」
「でも、何だ?」
「競馬って悪い事?」
「悪くはねぇよ。国が認めたギャンブルなんだし…。」
「ふーん。アイハはやるの?」
「俺か?俺にはそんな余裕はねぇよ。」
「ねぇ、もし競馬でお金を増やせるって言ったら…?」
アイハの顔色と表情が変わる。
これは明らかに怒りのサインだ。
「おい、サトル。お前、何を考えているんだ?お前の能力はそんな事に使う為のものじゃないんだぞ。」
いつもと口調が違う。
怖い…心臓がドキドキする。
怖くてうつむいていると更に言われた。
「いいか、サトル。競馬が悪い事じゃないんだ。お前の能力を使って競馬をする事が良くない事だって俺は言いたいんだ。サトル、お前の能力は俺なんかにくらべたら凄いんだぞ。分かるか?お前の能力を使って競馬をするって事は不正に限りなく近いんだ。ましてや金の為に俺はお前にそんな真似してほしくないんだ。」
アイハの真剣な顔を初めて見た。
「ごめんなさい…。」
初めて心から謝った。
「いいよ、謝らなくて。分かってくれたらいいんだ。もう、そんな事二度と考えるなよ?」
本当は既に事を起こしてしまっていた事を怖くてアイハに言えなかった。
そしてその日の夜は眠れなかった。
一週間考えて翌週アイハに本当の事を打ち明けた。
酷く怒られると予測していたがそれは外れた。
「そうか、よく打ち明けてくれたな。一人で考えてて苦しかっただろ?競馬に対する俺の意見は先週言った通りだ。うん、よし分かった。あとは俺に任せとけ。」
「え?アイハ、どうするの?」
恐る恐る尋ねるとアイハは笑顔でこう言った。
「大丈夫。お前は何も心配すんな。」
その二日後の月曜日に例の職員がダンボール箱を抱えてタクシーに乗り込み、走り去って行くのが窓の向こうに見えた。
そして二度と彼の姿を施設内で見掛ける事はなくなった。
それから月一回の外出は決まった医師と職員が交代で付き添う事になった。
ある日、サトルは施設の職員に相談してみる。
次の外出日はアイハと二人で出掛けられないか?と。
先日の不祥事を告発してくれたのもあって施設内でのアイハの信用度はますます高くなっていた。
なのでそのサトルの相談内容はあまり時を待たずして承諾されたのであった。
そして土曜日になり、サトルはアイハにその事を告げると
「マジか!サトル。やったな!!じゃあ何処へ行こうか?」
嬉しそうに言ってくれた。
「アイハ、覚えてる?僕はお笑いライブに行ってみたいんだ。」
「おっ!いいねぇ。ライブって言っても昼の部もあるしな!行けるぞ!サトル!!」
「うん!」
自分以上に喜んでくれているアイハを見てサトルも心からのワクワク感を味わう事が出来た。
ライブの前日金曜日、サトルはあまり寝付けなかった。
明日が本当に楽しみで仕方ない。
ライブを見る自分の感情も数ヶ月前とはだいぶ違う。
たまにテレビでお笑いライブを見てはいたが、やはりいまいち楽しみきれていない自分に気付いていた。
でもライブだったらどうだろう?
アイハと一緒に見たら?
きっともっと楽しいだろう。
ライブ当日、殆ど寝ていない状態で朝からゲストルームでアイハを待つ。
いつものようにノックとほぼ同時に扉が開く。
「よぅ!サトル。おはよう!元気か?」
「うん。アイハ、おはよう。」
あまり寝ていない顔色の悪いサトルにすぐに気付いて
「なんだ?サトル顔色悪いけど大丈夫か?」
「うん。僕なら大丈夫。少し寝不足なだけ。」
「ホントに大丈夫か?あれか?遠足の前の小学生的な?」
言っている意味はあまり分からなかったが大丈夫な事は強く伝えたい。
「アイハ、本当に大丈夫だよ。早く出掛けよう。」
「お、おぅ。」
アイハと二人で施設の外へ出るのは初めてだ。
駅までの道もなんだかいつもと違って見える気がする。
電車に乗り、目的地のライブハウスに到着した。
パイプ椅子に座ると目の前にステージが見える。
待ちに待った時がもうすぐやって来る。
「皆さん、こんにちは〜!」
マイクを片手に持った男性がステージ上でライブを見るにあたっての注意事項等を説明する。
「それでは皆さん、お楽しみ下さい〜!」
会場全体の拍手と共にライブが始まった。
目の前に自分の頭の中とテレビで見た人がいる。
話し出すといつも聞いているよりも引き込まれる。
面白くて笑うと周りの人間も同じタイミングで笑っている事に気が付いた。
アイハに至っては座った自身の太腿をバンバン叩きながら大笑いをしている。
楽しそうで良かった。
でもこれは、なんと言うか…。
雰囲気というやつだ。
ここに居る人達は皆、お笑いを見て楽しみたいという同じ目的を持っている。
だから皆、あまり否定的にはならずに少しでも楽しもうとしている。
それは無理に努力して笑うとかではなく、自然に起こるもので共感覚に近い。
サトルは分析するのを途中で辞めて目の前の芸人の姿や噺ぶりに集中した。
ライブが終わると会場の温度が少し上がっているのが分かる。
自分はただ、見ていただけなのに言葉では表現するのが難しい満足感がある。
ライブハウスを背にアイハが言った。
「あ〜っ!面白かったな〜!な、サトル!」
「うん!」
「そうだ。記念に写真を撮ろう!」
「?」
ライブハウスの入口でアイハと並んで写メを撮る。
「お前にもデータ送るよ。」
「?どうやって?」
「??あれっ!そうか。お前、携帯持ってないんだっけ。よし、付いて来い!」
近くのコンビニへ入る。
「少し待っててな。」
アイハがコピー機の前に立って何か操作している。
暫くすると
「ほら!これ、今日の記念品だ。」
そう言いながら一枚の写真をサトルに手渡した。
さっき撮った写メだ。
「ありがとう、アイハ。大切にするよ。」
頭の中には無数の映像が記憶されているが、写真という形で映像を手にするのは初めてだった。
写真にはアイハに肩を組まれ目線の合っていない自分が写っている。
でもその顔は二人とも笑っていてその写真を見るとまた笑顔がこぼれた。
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