第7話 「Encounter・2 woman」

アイはホストになって今年で五年目だ。

過去ナンバーワンになった事もあるが、元来の控えめな性格もあって無理にナンバーワンを死守しようとはせずナンバーツー、ナンバースリー辺りを常にキープしてそこそこの売上で店に貢献していた為に店からは大切にされていた。

とは言え、何年も一店舗に留まっていた訳でもない。

先輩曰くやり方が下手だっただけだと言われたが過去には来店客を本気にさせてしまい、ストーカー行為を受け、泣く泣く職場を変えた事もある。

それ以来、相手を本気にさせない程度に夢を売って

顧客との良い距離感を保って接客業をこなしてきた。

ある日、新規の客が一人でふらりと店舗に現れた。

基本新規客は新人に任せるのがこの店の暗黙の了解で、

もしも新人と新規客の間に何かあった場合にだけアイ達ベテランがフォローに回る仕組みだった。

何かあったらとは…、例えば新人が失礼な事をして新規客を怒らせてしまったとか…。

よほどの事がない限りベテラン勢は新規客には着かない。

それが常連客のステータスでもあるからだ。

なのに何故か今回に限って店の代表が自ら接客をすると言い出し、アイはそのサポートに付いてほしいと頼まれた。

代表はホスト歴も長く、どのお客が太客になりそうなのか、または絶対逃してはならない客というものに非常に鼻が効くタイプの人間だ。


接客前にバックルームで代表に訪ねる。

「代表、あの新規客は代表の知り合いか何か?」

「いや、違うよ。でもあの客は絶対捕まえないとダメだ。」

「ふーん。またいつもの勘ですか?」

「そうだな。ま、どう見ても良い物身に着けてるしな。」

「え?それだけ?」

「いや、なんつーか。あの客の雰囲気っていうのかな…あの女…、只者じゃない感じがするんだ。」

「はぁ。まぁ、俺は来店予定の○○さんが来るまでまだ時間あるんで一緒に席に着きますよ。」

「おう、頼むな。」

代表と二人で席に着く。

「いらっしゃいませ、こんばんは。」

「いらっしゃいませ。」

「あら、こんばんは〜。」

なんだが随分おっとりしているというか…。

初めて来た割には肝が座っているというか…。

「御来店、ありがとうございます。当店へは初めてお越し下さいましたか?」

「そうなのよ〜。」

年齢は四十代半ばだろうか…。

品のある話し方をする。

メニューを見せて好きな飲み物を選んで貰い、自分達も一杯付き合わせて貰えないか伺う。

「もちろんよ。好きな物、飲んでちょうだい。」

そう言われても最初からシャンパンが飲みたい等と馬鹿な事は言わない。

初めは控えめにビールを頂く。

とは言え、ここはホストクラブだ。

普通のバーで飲むビールの三倍くらいの値段はするのだが…。

彼女は値段は気にしなくて良いと言った。

どうやら代表の勘は当たったようだ。

代表と二人で彼女に色々と質問をする。

勿論、深掘りしないあくまでも『貴方に興味があります』アピールの質問だ。

彼女は自身の事を色々と話していくうちにお酒の力も借りて段々と気分が良くなってきたようだ。

すると、こちらが聞いてもいない事を次々と話し出す。

ここまでくれば今日の接客の七割は成功したようなものだ。


聞けば彼女は昔、歌手だったそうだ。

でもそれもアイが産まれたかくらいの時に引退しているという。

「素敵ですね。今度、失礼でなければ是非歌声が聴きたいですね。」

「あら、嫌ね。もう、すっかり歌の世界からは離れているから恥ずかしくて聞かせられないわよ〜。」

「いえいえ。話し声だけでも綺麗なのに、きっと歌声はもっと綺麗なんだろうなって思いますよ。」

女性の好きな言葉、『素敵』『綺麗』を連発する。

色々と話しているうちにあっという間に二時間が経過しようとしていた。

そろそろアイの予約客が来店する時間だ。

「それでは僕はこの辺で失礼しますね。今日はお会い出来て嬉しかったです。

また是非、御来店下さい。お待ち致してます。」

御馳走様の合図に乾杯よろしく軽い会釈と共に笑顔でグラスを上にスッと持ち上げると

彼女も笑顔でグラスを傾けていた。

それから三〜四十分後に彼女は店をあとにした。

常連客の接客中ではあったが彼女の御見送りの際には顔を見せに行った。


「今日はありがとう御座いました。またお越し下さい。お待ち致してます。」

「ええ、ありがとう。楽しかったわ。」

エレベーターの扉が閉まっていく間、彼女が見えなくなるまで頭を下げて見送る。

エレベーターから店に戻るまで数メートルだが廊下を歩く。

その途中で代表が言った。

「なぁ、アイ。彼女は絶対近いうちにまたうちに来るぞ。」

「なんで分かるんです?」

「うん、勘だけどな。俺の勘は当たる。」

何の根拠があってこの人はいつもこんなふうに言い切れるのだろうか。

「はいはい、代表の勘ね。」

少しからかい気味に言うと代表が続ける。

「それでな。次に来た時、彼女はお前を指名するぞ。」

「えっ?俺ですか?代表じゃなくて?」

「あぁ。ちょっと悔しい気もするけどお前が席を離れてから彼女、急に大人しくなっちゃってさ…。まぁ、酔ったってのもあるんだろうけどな。」

「ふーん。でも俺、彼女の連絡先聞いてないっすよ?代表が聞くと思ったから…。」

「そうなんだよ。だから俺が連絡先教えてほしいって言ったら彼女、教えてくれないってさ…、なんか凹むよな。」

「でも、勘だとまた来るんですよね?」

「あぁ、来る。」

「じゃ、その勘信じて次に期待しましょ。」

「おう。そだな…。」

店の扉の前まで来ると二人共、ホストの顔に戻る。

「お待たせ、○○さん。俺が居なくて寂しくなかった?」

にっこり微笑みながらアイは常連客の隣へ座った。

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