第4話 「AiEars」

シロガネは恵まれている。

何がって、彼の両親が素晴らしいからだ。

いや、彼の両親のそのまた両親も素晴らしい。

彼の母親は裕福な家庭に産まれて音楽大学の在学中に世界的コンクールで次々と優勝し、オペラ歌手として世界中の脚光を浴びていた。

父親も素晴らしく、国内の大病院をいくつも経営する一族の生まれで幼い頃から経営学を学ぶ所謂、財閥の御曹司であった。

そんな二人が結婚をしてそれを理由に母親は世間に惜しまれながらも音楽界を引退した。


シロガネというのは実は本当の名前ではない。

愛称のようなものだ。

元気な男の子が産まれたと知らせを聞いた親族は一族の跡取りが産まれたと一同、大喜びしたという。

彼の様子が他の赤ん坊と少し違った事に気付くまでは…。

生まれてから数日。

産後の母親は我が子を胸に抱くとまずはその美声で子守唄を唄い聴かせ始めた。

母親に抱かれた赤ん坊は母親を澄んだ瞳で見つめている。

大人しい性格なのかあまり声を発しないが、そこには緩やかで美しい空気が流れていた。


そんな幸せとしか言いようのない光景に水を差すかのように母親の元へ医師がやって来た。

「検査の結果が出ました。残念ながら息子さんは耳が全く聞こえていません。」

絶望する母親。

肩を落とし、うなだれる父親。

「諦めないで下さい。もしかしたら…。」

医師がAi搭載のイヤホンを手にしている。

「まさか…。」

驚きを隠せない母親に医師が言う。

「試してみますか?」

「ええ、お願いします!」

すかさずそう言ったのは父親だった。

医師がAiイヤホンを我が子に触れさせる。

ビクン、と一度だけ目を見開いた赤ん坊が今までにない大声で泣き始める。

「やはり…。もう少し検査が必要ですが、息子さんはエーアイシンプトンのようですね。」

「そうですか、先生、妻と二人きりにして下さい。」

医師が病室から出ると父親がこう言った。

「大丈夫。この子を施設なんかに入れる必要はない。ずっと二人で育てよう。」

そう言って父親は涙ぐむ母親とその腕の中の赤ん坊を抱きしめた。


家は国内でも有名な高級住宅街にあり、先祖代々受け継ぐ豊富な資金のもとシロガネは何不自由なく育てられた。

本来ならば学校ではなく十八才まで施設で勉学に励まなければならない所を優秀な家庭教師を複数人雇い、大学合格までは全て自宅で賄った。

大学生活は特に普通の大学生と変わりなく送っているが、シロガネにはもうひとつの顔がある。

それはシロガネが十才の時に遡る。

彼の両親はエーアイシンプトンズの研究施設の経営を行う一方で密かに宗教団体を立ち上げていたのだった。

そしてその団体の教祖として自分達の息子を祀り上げた。

元々あった名前からシロガネと呼ばれるようになったのもその頃だ。

世の中にはエーアイシンプトンを忌み嫌う人々がいる中、逆にその能力を神格的に敬う者がいる。

自分の息子の将来の為だと信じながらも父親はシロガネの存在を利用し、人を集めて今はまだ許されてはいない政治の世界へゆくゆくは息子を送り込みたいと思っていた。

十才のシロガネは大人達の事情をまるで理解していなかったのだが、毎週決まった曜日になると集会所なる所へ親に連れられて行き、豪華な椅子に鎮座させられて何をするでもなく、只々自分の目の前にひれ伏す大人達を見つめていた。

「シロガネ様」になったのはその頃からである。

そして集会の最後には決まって母親からレッスンを受けた唄を歌う。

その歌声を聴いた信者達は神の歌声だと言い、皆、涙した。

当然である。

シロガネの耳にはノイズキャンセラー機能が備わっている為に雑音と言われる音を全て省いてから、それを声にして人に届ける事が出来るのだ。

その他にも高周波や低周波も聞き分ける事が出来たり、人が心地良さを感じるというα波なんかも簡単に声で再現出来た。


初代教祖シロガネ様になってから十年が経つ。

大学生活も順調だし、優しい両親とずっと一緒に暮らし、周囲にエーアイシンプトンだと知られていてもシロガネの周りにはいつも人が集まっていた。

育ちの良さ故の性格か、その裕福な家庭に憧れてか、はたまたその美しい容姿と発する美声に心を奪われてか…。

シロガネは全てに恵まれている。


つい先日、父親が経営する特別医療機関の実験施設から一人の少年が行方不明になったらしい。

でも翌日の夜には自ら交番へ出向き無事保護されたそうだ。

監視も厳しいと父親が言っていたのに、どうやって抜け出したのだろう。

詳しくは知らないが、どうやらその少年一人の為だけに建てられた施設らしい。

能力は違えど自分と同じエーアイシンプトンの少年は両親と離れて暮らし、友達もいないのではないだろうか?寂しく思っていないのだろうか?

そう思ったシロガネは夕食時に父親に話を切り出した。

「ねぇ、父さん。この前、特別施設の子が一日だけいなくなっただろ?」

「あぁ、そうだな。なんだ?気になるのか?」

「うん。僕なりに考えたんだけれど、その子、寂しかったんじゃないかなって。」

「そうだな。周りは大人ばかりだからな。」

「でさ、今度でいいから僕はその子に会えないかな?」

「ん?」

「あのさ、年は十二才も離れていて能力は違うとしても、同じエーアイシンプトンだから何か僕に出来ないかなって…。」

その話を聞いていた母親が言う。

「あら、素敵じゃない。あなた、せっかくこの子がこう言っているのだから何とかならないかしら?」

「そうだな。来週施設の視察があるからその時に責任者にでも聞いてみるか。」

「わぁ、父さん、ありがとう!」


それから数日後、シロガネはサトルのいる施設へ足を運ぶ事となる。

白を基調にしたいかにも医療施設という感じの建物は清潔感に溢れてはいるがどこか殺風景に見えた。

入口は二重扉になっていて一つ目にはセンサーが。

二つ目の扉横にはセンサーと監視カメラと警備員が二人。

そこから少し進むと受付カウンターのようなものがあってそこにも警備員が居た。

その左隣にはID無しでは入れない駅の改札口のような入口がある。

更にその奥にはシャッターの付いた扉が見える。

「随分、厳重なんだなぁ…。」

受付のような場所で『本名』を名乗るとすぐさま受付奥の扉から出て来た警備員からIDパスを渡された。

そこから警備員一人と医師が一人シロガネの元にやって来た。

「今日は、宜しくお願いします。すみません、急に無理を言ってしまって…。」

挨拶された医師が言う。

「いいえ、こちらこそ。サトル君も喜ぶと思いますよ。なにせ普段は僕らしか彼と接していませんから。」

「そうなんですね。僕の事は彼にはお話して下さったのですか?」

「ええ。」

そんな会話をしながら扉の前まで来た。

コンコンコン。

ノックすると少し重たそうな音がする。

ガチャ。

扉を開けながら医師が言った。

「やぁ、サトル君。昨日、話しただろう?君にお客さんだよ。」

窓際で小さな背中を向けている少年にシロガネは優しく声を掛ける。

「こんにちは。」

くるりとこちらを見たその少年は無表情でこう言った。

「こんにちは。シロガネのお兄ちゃん。」

あまりの無表情に戸惑ったが、こちらは笑顔で話しかける。

「こんにちは、サトル君。僕の名前はもう知っているみたいだね。」

「うん。名前だけじゃないよ。他にも知っているよ。」

「そっか、それなら話は早いね。僕らは仲良くなれそうだね。」

「そうかな…、仲良く………。」

事前にサトルの能力とあまり感情が育っていない事はちらっと聞いていたが、ここまで無感情に近いとは…。

シロガネはショックだった。


その後もサトルとの会話はあまり弾まず、何を話しても会話が続かなかった。

なんというか……こちらが感情を込めて会話をしているのに対してありきたりの返答というか、会話の回り道のない返答が帰ってくる。

そう、ロボットと会話しているようなのだ。

そんな八才のサトルの姿を見ていてシロガネは胸が苦しくなった。

そして帰り際に宗教とは全く関係のない気持ちでサトルの前で唄を歌い、歌い終わるとこう言った。

「ね、サトル君。また君に会いにここへ来てもいいかな?」

そのシロガネの言葉に対してサトルの返答は

「ありがとう、いつでも来てね。」

だった。

唄というものが人の感情にどれだけ響くのかは未知数だが、この子にはそういう物がもっと必要なのではないかと直感的に思えた。


後日、シロガネは父親にこう言われる。

「お前と面会した日の夜にサトル君は興奮して暴れて手が付けられなかったそうだ。理由はともかく、お前は暫くあの子に会わない方が良いだろう。」

悲しくなった。

確かに自分の歌声は他人の気持ちに訴えかける能力がある。

それが裏目に出てしまうなんて…。

それでもシロガネは考える。

何があの子に必要で何をすればあの子が笑ってくれるのかを。

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