第3話 「AiBrain」
朝五時。目覚まし時計が鳴り出す。
もう起きる時間だ。
アイハは寝ぼけ眼をこすりながらテレビをつける。
今朝のニュースは昨日夕方から一人のエーアイシンプトンの少年が行方不明になっている。というものだった。
何者かに連れ去られた可能性もあるとかで、その少年の年齢と顔写真、名前まで公表されていた。
「サトル君、八才ねぇ、大丈夫かよ…。」
着替えながらニュースに目をやる。
なんでも夕食の時間になっても姿を見せない少年を心配した児童施設の職員が施設内の何処にもいない彼の身を案じて警察に連絡したという。
どんな能力を持ったエーアイシンプトンなのかまでは報道されなかったが、それは当然かも知れない。
エーアイシンプトンは見た目は普通の人間なのでそれを伝える意味がない。
というよりは余計な混乱を招かない為だろう。
次のニュースが報道される頃にアイハは家を出た。
家の前には現場行きのワゴンが出迎えに来ている。
「おはよーっす。」
「おぅ、アイハ、今日は頼むよ!」
「任せて下さい!」
ワゴン車が現場へと走りだした。
午後三時。
アイはいつもの時間に目が覚めた。
昨日の酒はそんなに残っていない。
今日の同伴はゆっくりなのでジムにも行けそうだ。
起きてキッチンへ行き、冷蔵庫からミネラルウォーターを一本取り出してリビングへ向かいテレビをつけた。
テレビのワイドショーはどこの局も昨晩から行方不明になっている少年の話で持ちきりだ。
「エーアイシンプトンの子供か…。」
施設が嫌になって抜け出したのだろうか?
その子供の能力も気になる。
世間の人達がエーアイシンプトンを脅威に感じるのは能力次第だ。
アイは子供の頃から自分の能力を周りの大人達が好ましく思っていない事に気付いていた。
両親だけは別として。
さておき、人探しならば自分の能力がとても有効な事にも気付いている。
なにせ一度見た映像などは一瞬で記憶出来るのだ。
このズーム機能と防犯カメラの能力を活用すれば世の中に貢献出来る事も知っていた。
でもエーアイシンプトンは公務員にはなれなかったし、このような事件が起きていても警察はアイの能力に頼ろうとはしなかった。
「さて、朝飯にでも行くか。」
いつものよれたシャツにGパンを履いてサンダルをつっかけて家を出た。
その少年は街の大型ビジョンに自分の顔が映し出されているのをビルの隙間から眺めていた。
名前と年齢、何処の施設から居なくなったのかが報道されている。
まるで逃亡犯にでもなった気分だ。
いや、気分というよりもこういうケースは逃亡犯探しと酷似していると判断しただけた。
サトルは誘拐された訳ではなく自分の意志?で施設を出て来たに過ぎなかった。
なのになんでこんなにも大事になっているのだろう。
Q:まずは何故、施設を出たのか?
A:自分が知りうる事が真実なのか判断したかったから……たったそれだけなのだ。
Q:それは真実と判明したのか?
A:まだ分からない。情報が少な過ぎる。
これはサトルの頭の中で都度繰り返される自問自答だ。
真実であるかないか興味はそれしかない。
感情と呼ばれる物もサトルにはよく分かっていない。
ただ、こういう場合は人間が統計的に怒るとか、悲しむとか、笑う、等の情報は知っている。
また、怒りのメカニズムや笑うというのは何処の筋肉を使う事かも知っている。
サトルは全部情報として知っているのだ。
そう、サトルは脳のエーアイシンプトンだ。
産まれた時には所謂、脳死状態で産まれてきたが病院の一人の医師が推論を立てた。
「もし、この子がエーアイシンプトンだったら……凄い事になるぞ。」
そして初めはあまり情報の入っていないPCに触れさせた。
案の定、サトルは色々と反応しだした。
その時点からはサトルは世の中から隔離されてサトル専用の施設で育てられる。
サトルはアイハやアイ、他のエーアイシンプトンとは別格とみなされた。
実際にその能力は使い方次第では世界をサトル一人で動かせてしまう程危険なものであるに違いない。
そして上書き可能なこの能力で世界中のコンピューターにサトルがリンクしてしまったらどうなるのだろう。
とはいえサトルは脳以外は普通の生身の人間で、しかも子供だ。
荒っぽい手段を取ればたいした脅威ではないという意見もあった。
それに対してイザとなったらの荒療治でサトルをみすみすこの世の中から消し去っても良いのか?
という意見も出た。
取りようによってはサトルは至宝だ。
もしも他国と戦争でも起きたとしよう。
サトルを指揮官にすればかなりの高確率でその戦争は勝利を収めるだろう。
そんな大人達の思惑を知ってか知らずかサトルは今、夜の繁華街にいた。
時刻は午後九時。
このまま時間が過ぎていくと統計的に八才の子供が一人でいたら不審に思われる確率が高くなる。
しかし、お金という物を持ち合わせていないサトルにはそろそろ施設へ帰らなければならないという選択肢も出て来た。
お金という物が僅かでも手元にあれば高確率で増やせる方法をサトルは知っているのに。
しかし、それもゼロの場合はゼロでしかない。
繁華街の中には色々なAi達がいた。
でもどの子もサトルの能力以上の子は居なかった。
昨日の夕方から今まででサトルの知らない事は見つからなかった。
但し、その知っている事が何処まで真実なのかは残念ながらあまり知る事は出来なかった。
街の案内ロボットの横に座り、その子にそっと触れる。
「そうか、君もなんだね。君の中の情報は僕も既に知っているよ。」
この知っているという感覚は不思議だ。
誰に何を教わらなくても知っているのだ。
そして施設の医師達がよく口にしている感情というものはどんなふうに習得したり、感じるものなのだろう?
「サトル君が大人になるにつれ、備わっていく可能性もあるんだよ。」
と言われたそれはいつ、どのようなケースで備わっていくのだろう?
そろそろ大通りにいては確保される確率が上がる。
なので狭い裏路地へ移動を始めた。
人気のない裏路地まで来たはいいが、この裏路地こそ何もない。
取り敢えずポリバケツの横に座る。
すると数メートル先から声がした。
「君〜、大丈夫?」
ふと目をやるとサトルのデータ内にある「ホスト」と呼ばれる職種の人間が目の前へやって来た。
「あれ?君……。サトルくん?だっけ?」
脳内で統計と予測と計算が始まる。
「あ、怖がらないで。俺もエーアイシンプトンなんだ。」
確かにこの時間のこの暗い裏路地で人に発見される確率はゼロに等しかった。
なのに何故?
一言も言葉を発しないサトルにその男は更に話掛けてくる。
「俺の名前はアイ。人より目が良いんだ。」
成程、目のエーアイシンプトンか。
ならばこの男の機能は……。
まぁ、サトルにとっては無害だ。
「うん。僕、サトル。」
ようやく口を開いた。
「サトル君、大丈夫?何か怖い目に合わなかった?どうしてここに居るの?」
首を横に振りこう答える。
「大丈夫。僕が自分でここまで来たんだ。」
「そっか、でも皆が君を心配しているよ。」
「知っているんだ。僕があそこから居なくなって、みんなが僕を探している事。」
「そうだね。でも施設で何か嫌な事でもあったの?」
「ううん。それは違うんだ。」
「そっか。じゃあ、俺と一緒に交番へ行く?もし、嫌だったら……。」
そう言いかけて言葉を止めた。
いや、マズイだろ。
このまま家に泊めたら俺が誘拐犯にされてしまう。
参ったな…。
そう思っていたらサトルが言った。
「ありがとう。優しいお兄ちゃん。僕なら大丈夫。僕はこれから交番へ行くよ。」
「そっか、交番までの道はわかる?」
「うん。知っているよ。」
アイの目の前からサトルは走り去る。
背中越しに
「あっ、ちょっと待って!」
と声が聞こえたが聞こえない振りをした。
計算上、この男にこれ以上関わるとこの男が不利になる。
更に色々計算した結果、施設へ戻るのが妥当だと判断した。
帰る理由は
1,睡眠と食事を一切取っていない為に身体が疲弊している
2,ここに居留まっても何も発展性がない
3,自分の目的を果たす為に必要な準備が出来ていない
帰らない理由は
1,自分の知っている事がどこまで真実なのか判明していない
2,……………
帰る理由が帰らない理由を上回った為に、現時点をもって帰るという選択肢を選ぶ。
帰り方なら知っている。
「交番は……あっちか。」
頭の中で地図を一瞬にして読み取り、目的地までのルートが選択される。
交番の中へ入り、警察官にこう言った。
「僕は現在行方不明と報道されているエーアイシンプトンのサトルです。施設へ帰ります。」
大慌てであちらこちらへ連絡をする警察官を横目に先程の事を思い出す。
あれ?優しいって何だ?
人から親切にしてもらった時に言う言葉として選択は間違っていなかったのは確かだが…。
これも施設の医師達が言うように大人になるにつれ養われていく感情なのだろうか…。
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