第2話 「AiEyes」

目が覚める。

喉がカラカラで寝る前に枕元に置いておいたペットボトルの水に手を伸ばす。

ムクリと起き上がってがガブ飲みする。

「あ〜…しんどい…。」

完全に二日酔いだ。身体が怠い。

時刻は午後三時。

寝たのは朝七時だったから八時間は寝たはずなのに…。

でも途中で喉が乾いて一度起きているから眠りが深かったのか浅かったのかは不明だ。

取り敢えず、携帯電話を手に取る。

そして当たり前のようにベッドの中でメールを打ち始める。

今日は百五十件。

あいうえお順に名前の部分だけを変えてどんどん送信していく。

あ〜から始まって あい→あおい→あかり→あき→あきこ→…。

「う〜ん、今日は誰から連絡来るかな〜…。」

そして昨日来店してくれたお客様には丁寧なお礼のメールを送る。

五十音、最後の→れみ まで打って寝起きの作業は終了。

あとは連絡を待つのみ。

喉の乾きが少し潤うと急にお腹が空いてくる。

二日酔いの日は極端で物凄く食欲があるか、全くないかだ。

「腹…減ったなぁ〜…。カレーが食いたい…。」

ようやくベッドから起き上がり、

よれたシャツとGパンを身に纏い部屋の鍵をポケットに入れ、財布をGパンの後ろポケットに差し込んだ。

サンダルをつっかけフラフラと街へ出る。

夕方前の街中は皆、忙しそうだ。

繁華街の少し外れにあるお気に入りのカレー店へ足を運ぶ。

「お〜、アイちゃん、いらっしゃ〜い!」

「ちわ〜。」

軽く会釈して店内に入る。

「いつものでいいの?」

「あ、お願いします…。」

元気のない様子を見て店主が言う。

「なに?二日酔い?」

「あ、はい。あはは……。」

数分で目の前に食欲をそそる香りと共にカレーライスが運ばれて来た。

「あ〜、旨そう。頂きます。」

ひと口食べると旨さが口の中に広がる。

幸せだ。

綺麗に完食すると店主がカウンターの中から声を掛けてきた。

「サービスのスープ、あるけどどうする?」

「あっ、頂きます!」

すべて完食すると二日酔いが少し軽減した。

「ごちそうさまでした。」

店を出て次はサウナに向う。

繁華街から更に離れた所にあるサウナは広く、設備も充実していてお気に入りだ。

サウナに入ると昨日の酒が身体から抜けるような気がする。

水を沢山飲んで汗を目一杯かいたら少し通常モードに戻ってきた。

一時間程居てからサウナを出ると外は暗くなってきている。

「いけね、待ち合わせに間に合わなくなる…。」

足早に帰宅してメールを確認すると着信が百件近く入っていた。

早速、着替えながらそれらに対して返信を始める。

スーツにネクタイ、アクセサリーに革靴。

それらを身に纏い香水をひとふり。

これから美容室に行って、ちょうど待ち合わせの時間だ。

タクシーに乗り込み、いつもの美容室へ向う。

その間も先の着信に対して次々と返信をしていく。

美容室に着くと担当の美容師が素早く表れて髪をセットし始める。

その間もひたすら返信の作業に追われる。

残すはあと数件のみ、という所でセットが完了した。

「いかがですか?」

「うん、今日もいいね、ありがとう。」

付けたてだった香水のキツ過ぎる匂いも香る程度に薄まって『ホスト』の姿がそこにはあった。

再びタクシーを拾い待ち合わせのバーへ向う。

タクシーの中で残りのメールの返信を完了させる。


今日のお客様は若くして会社を起業し、経営も上手くいっているエステサロンのオーナー社長だ。

ワガママで少し気難しい所がある彼女だが、気に入られた瞬間から太客になってくれた。

待ち合わせのビルが見えてくる。

そのバーはビルの上階にあり、外から中の様子は見えにくいが一応ガラス張りになっている。

彼女は何処にいるのかな?

ちょっと気持ちを切り替える。


この『気持ちを切り替える』という感覚は、どうやら自分達にしか分からないようだ。

毎月病院で検査を受けていて、見える仕組みを説明して欲しいと医師に聞かれるがアイ本人も『気持ちを切り替える』としか言いようがないのだ。

今年で二十三才になるアイは所謂エーアイシンプトンだ。

四才になるまでは盲目だったが愛という意味を込めてアイと名付けられて両親と暮らしていた。

皮肉にもEyeとも被るのだが…。

ある日突然、目が見えるようになってから二ヶ月程で施設行きが決定して両親と離れ離れになった。

だから両親との記憶は音声のみのものが数年間と見えてからの二ヶ月分のものしかない。

アイが初めて見た映像は驚き、慌てふためく両親の姿だった。

それからの二ヶ月間はアイの前では笑顔を見せている両親が夜になると二人で何やら相談事をしている映像。

そして時折母親が涙を見せ、父親も涙を堪えている映像。

アイには全部見えていた。

でもそれが自分の事で泣いているとは知らなかった。

施設に入る前日に母親に言われたのは

「大丈夫、怖くないからね。アイがもう少し大きくなったら迎えに行くからね。」だった。


十八才になる頃には自分が何者なのか十分に理解したし、そろそろ施設を出なければならないというのにここへ来てから一度も顔を見せない両親の事を考えると信じたくはないが、現実的には捨てられたのだと確信した。

それから施設を出てからは暫く職探しに苦労をした。

高卒でエーアイシンプトンのアイを雇おうという会社は殆ど無いに等しかった。

それは施設で仲が良かった同い年のアイハと違い、

アイの能力は他者からあまり歓迎されるものではなかったのも理由のひとつだ。

エーアイシンプトンだと言う事を隠して就活すればいいのに。

そう思う人もいるかも知れないが、残念ながら国の法律でそれは禁止されている。

政府の見解ではエーアイシンプトンはまだまだ謎の多い脅威なのだ。

また不採用のメールを見ながら繁華街をトボトボ歩いていると一人の男性が声を掛けてきた。

「君、随分と綺麗な顔をしているんだね。何処かのホスト?それかモデル?」

失礼な奴だ。と思いながら

「は?違います。」

足早に切り抜けようとすると

「ちょっと待って!僕はこういう者なんですが…。」

と慌てた様子で名刺を差し出して来た。

見るとホストクラブの文字が目に入った。

「いや、結構です。就活中なんで…。」

そう言うと向こうは引き下がりながらもこう言った。

「じゃあさ、もし就活に疲れたらココに連絡してよ。」

貰った名刺を取り敢えずポケットに収めた。

それから更に十数社の面接を受けるも惨敗したアイはあの時の名刺の存在を思い出した。

連絡をして店の面接を受けると即採用になった。

勿論、自分がエーアイシンプトンである事とその能力も告げると面接の相手は「そんな事はどうでもいいからさ、頑張ってよ。」と軽く言った。

なんだかあんなに苦労していたのが嘘のようだった。

そしてアイはホストになった。

五年前のはなしである。


自分の中では当たり前の事なのだが、アイの目にはズーム機能が備わっている。

それと基本は夜の暗闇とも無縁だ。

勿論、暗闇に身を委ねたければそれも可能だ。

いつだったか病院へ行った時に興味本位でレントゲンカメラに触ってからは生き物の骨まで見えるようになってしまった。

それと酔っ払ったある日、よろけた拍子に店の防犯カメラにぶつかった拍子に連動するカメラ達の映像が一気に分割して目に飛び込んできた事もある。

まぁ、アイの言うところの『気持ちの切り替え』で普段の生活にはなんら支障はないし、上書き機能のあるこの能力も防犯カメラ以来、カメラという物に触れていない為に今の生活ではたまに便利なだけで特別な能力者という自覚すら薄れる。


タクシーの中からビルの上階に目をやるとカウンターに座る後ろ姿の彼女を見つけた。

距離はまだ三百メートル程ある。

慌てて運転手に声を掛ける。

「すみません、もう少し急いで頂けませんか?待ち合わせに遅れているんです。」

本当は遅刻なんかじゃない。

彼女が早く来すぎているのだ。

約束の時間まであと十分。

こちらだって女性を待たせないようにと待ち合わせ時刻の十分前行動を心掛けている。

タクシーを降りると急いで彼女の元へ向かった。

「〜さん、すみません。お待たせ致しました。」

「あっ、アイ君。いいの、謝らないで。私が早く来過ぎちゃったから…。」

隣に座り、一先ず乾杯をして…今日の仕事のスタートだ。

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