エーアイシンプトンズ 0

@sougoss

第1話 「AiHands」

ガタン、ガタン〜…夕方の街に機械音が鳴り響く。

空を見上げると遠くに綺麗なオレンジ色がうっすらと見える。

「おーい、そろそろ上がれよ〜!」

少し離れた背中越しに現場の監督の声がする。

「うぃーす、リョーカイでーす!」

アイハは額の汗を拭う。今日も良く動いて働いた。

監督が運転するバンに乗り込み、いつものようにコンビニ前で下ろしてもらう。

作業着姿のままコンビニへ寄り、今日の自分への御褒美としてカツ丼と唐揚げ弁当と缶ビール一本を買

って自分のアパートへと足を向けた。

アパートは二階建ての玄関扉がむき出しになった造りで各扉が横一列に並んでいる。

二階へ向かうための階段はコンクリート製でアイハの部屋は二階にあった。

小さな玄関で靴を脱ぎ、キッチンには冷蔵庫とレンジだけ。

六畳一部屋の中にはテレビと小さなテーブル、部屋の隅に畳んでおいた布団が一式あるだけだ。

ミニマリストと言えば聞こえは良いが随分と質素な部屋。

でも、それだけあれば充分だし他の物に必要性を感じていない。

小さな玄関で靴を脱いで部屋に上がるとテーブルにコンビニの袋をドサッと置いてテレビを付ける。

取り敢えず何でもいいから音が欲しい。

そしてその音を背にそのままシャワーを浴びに行く。

サッパリした所でさっき買った弁当を二つレンジの中へ放り込んだ。

身体に合わない小さなテーブルの前にあぐらをかいてまずは冷えた缶ビールをキュッと飲む。

「かぁ〜っ、旨い!」

ちょうどレンジがチンと鳴って温かい弁当からいい匂いが部屋中に漂う。

唐揚げ弁当とカツ丼、どちらから食べようか。

「うん、今日は唐揚げだな。頂きます!」

弁当を頬張りながらニュースに目をやると

今日も何処かでエーアイシンプトンが産まれたと報道されていた。

「ふーん、やっぱ名前と住所は報道しないんだな…。」

他人事のようにテレビを見ているアイハだが、何を隠そうアイハ本人もエーアイシンプトンだ。

エーアイシンプトンとは、とあるパンデミックの直後から特別な能力を持った子供達が低い確率ではあったが産まれ、彼らを称してそのような言葉がつくられた。


主な症状としては産まれた直後から身体の一部の何処かしらが全く機能していないのだが、

何故かAi機器に触れる事で動かなかった箇所にAi機器が宿ったかのようにその性能を宿す事が出来るのだ。

しかし、これはかなり限定的な能力で例えばアイハのように腕と掌ならば腕と掌の代わりになるAiロボットに触れる必要がある。

仮に用途の違うAi機器に触れてもアイハの身体には何も起こらない。

一度でも触れた事のあるアイハ限定(腕と掌の代わりになるAi機器)ならばその能力はどんどん上書きされ学習していく。

そして見事に人間離れした能力を携えたその腕と掌の見た目は意外にも普通の人間とはなんら変わりのないものだった。


アイハが産まれた時、それはとても元気に泣く赤ん坊だったそうだ。

足をバタつかせ大きな声で泣くアイハだったが、何故かダランと腕と掌が全く動かなかった。

そんなアイハを見てエーアイシンプトンなのでは?と疑ったシングルマザーの女は

アイハを産んだ三日後に勝手に病院を抜け出し姿を消した。

取り残されたアイハはそれから病院で暫く面倒を見てもらい、エーアイシンプトンだと分かると特別な施設へ送られる。

施設では何が普通なのかは分からないが、優しい先生や他のエーアイシンプトン達とそれに所謂普通の子供達が暮らし、季節の行事や勉強に遊びにとそれなりに楽しく過ごした。

それから十八才になると施設を離れて頼るあてもなく自力で生きてきた。


今の職場も自力で探し勤めて五年が過ぎようとしている。

たまに施設で一番仲が良かった同い年のアイの事を思い出す。


アイはその名の通り産まれたばかりの頃には目が全く見えていなかった。

それでもアイの両親はアイに愛という意味をもった名前を付けて目が見えなくても自分達で愛情を持って育てる覚悟があったのだと言う。

ある日、アイをデジタルカメラで撮影しようとした時に偶然伸ばしたアイの手がカメラに触れると

アイがエーアイシンプトンである事が判明した。

そうとなると話は百八十度変わり、アイは両親に連れられて施設へとやって来たのだった。

四才になるまで両親と共に暮らしていたアイは自分が両親に見放されたとは露知らずに十八才になれば両親が迎えに来るのだといつも嬉しそうに話していた。

施設を出てからアイには会っていない。

アイハが施設を出る時に寂しさから別れの挨拶に顔を見せなかったアイ。

でも、アイの事だ。

遠くからズーム機能を使ってアイハを見送っていたに違いない。


話しは少し逸れたが、エーアイシンプトンを育てられなくなる親には理由がある。

一つはその能力に単純に恐怖を覚える事と、もう一つはエーアイシンプトンだと分かると毎月必ず病院へ検査を受けに行かなくてはならない。

それと政府が考案したものだが、エーアイシンプトンのいる家庭は保証金なるものを毎月国に収める義務が生じる。

これらはどちらも驚く程高額なので一般家庭ではエーアイシンプトンが一人産まれただけで家庭崩壊しかねない。

政府の保証金という物もエーアイシンプトン達を支え合う為のものではなく、その近隣に住む者達へ向けての保証金だ。

つまり、うちのエーアイシンプトンが何かしてしまったらこれでお詫び申し上げます。

という為の保証金なのだ。

「両親…か。」

ポツリと呟く。

エーアイシンプトンの中には愛情をかけられ、経済的にも豊かさに恵まれて産まれた時から大人になるまで又は大人になっても両親と暮らしていける人間がいるそうだ。

アイハは両親の顔を知らない。

アイハという名前も病院の看護師が名無しじゃあんまりだからと名付けてくれたそうだ。

自分の名前に何か意味があるのか考えた時に思わず笑ってしまった事があった。

真意は未だに謎ではあるが、アイハという名前は恐らく『Aihands:エーアイハンズ』の上から三文字を読み取ったものなのだろう。


世間ではエーアイシンプトンに対して賛否両論が渦巻く。

彼らを未知の脅威として捉える者と神からの贈り物だと狂信的に崇める者。

いずれも関わり合いたくないものである。

二つ目の弁当を食べながらアイハは思う。

もし、自分の子供がエーアイシンプトンだったら?

俺ならどうするだろう。

俺を含めて二人もエーアイシンプトンがいる家庭なんて…。

そこまで考えて考えるのをやめた。

「ま、いっか…。俺には彼女すら居ないじゃないか。」

それより明日の仕事だ。

明日は俺がいないと始まらない。


適材適所とはよく言ったものだ。

アイハの腕と掌は工場や医療現場にあるアーム型ロボットと同じ性能だ。

いや、今となってはそれ以上かも知れない。

普通の人間にはできっこない繊細な作業や、ロボットが入らない隙間等での難しい作業、更には何千度という真っ赤に焼き上がった鉄板等は素手で掴む事が出来るし、コンクリートやアスファルトも素手で掘る事が出来る。

そして機械は酷使すれば壊れたり劣化するがアイハにはそれがない。

血が通った人間ではあるがエーアイ箇所からは検査の結果、血液が通っていない事が判明している。

一度前に仕事中に事故が起こり上空五メートルくらいの所から鉄骨が降ってきた時に避けようと咄嗟に腕を出したら鉄骨が腕に直撃した事があった。

この時は右腕に大きな傷が出来たが眠ると翌朝には治っていた。

幼い頃から義務化されている毎月の検査の問診で事故の一件を話すと 

「もっと安全な職場へ転職した方が良いよ。」

そう医師に言われた。

確かにアイハの能力ならば医療現場等でも活躍が見込まれるし、給料も今よりは良いかも知れない。

施設を出てからは義務化されている毎月の検査費用と保証金は自力で払わなければならない為に生活費はいつもギリギリだ。

でも今の職場でも特別な能力に対して手当を貰えているし、何より現場の仲間達が好きだ。

彼らはエーアイシンプトンであるアイハに対して恐怖するでもなく、狂信的になるでもなく一人の仲間として大切に扱ってくれる。


「さて、そろそろ寝ないとな…。」

小さな目覚まし時計を朝五時にセットして部屋の隅の布団を広げ潜り込む。

そして数秒で深い眠りに誘われた。

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