音楽性の違い()から好き勝手に活動する小幡

 気付けばオバターはネット界隈で一家言持つ人間の立ち位置を獲得していた。明らかな過大評価だったが、急激に伸びた知名度は本人にも周囲にもその地盤の脆さを忘れさせる。


 相変わらずジムでは干されていた。大迫とは口も利かないし、目も合わせない。だが他の選手や練習生からは密かに応援されていた。


 大迫は動画配信の文化にまったく興味が無かったのもあり、小幡の展開している配信企画についてはまったく知らないようだった。


 小幡の注意は良くも悪くも大迫から離れた。否定しか浴びせてこないトレーナーに気を取られているよりも、どうやったら動画の再生数が伸びるかを考えた方が健全で楽しかった。もはや何のためにボクシングをしているのかすら分からなくなっていた。


 だが、相変わらず練習だけは通常通りにやっていた。真面目かどうかよりも、呼吸に近い感覚なので身体がなまる事は無かった。


 大迫の指導するボクシングは影も形も無くなっていた。小幡はバックステップで攻撃を外し、素早く踏み込んで強打を打ち込む縦系の動きに戻った。ガードは緩く、身体を軟体動物のように動かして攻撃を外す。


 スウェーバックしながらのアッパー。大迫の前でやれば絞首刑にされかねない禁断の技――小幡は自由に伸び伸びと、大迫の指導を完全に無視するような闘い方をしていた。


 大迫は視界から消した。見たくないものをミュートモードで消せるようにした。あんな辛気臭い顔を見せられたら士気が下がる。


 小幡は誰にも縛られずに闘い、大迫の育てた選手を無残に切り裂いていった。


 リング上の戦略や駆け引きがそれほどでなくとも、小幡には驚異的なスピードがあった。それはハンドスピードパンチのスピードでもあったし、全身を動かす敏捷性でも発揮された。


 攻撃そのものは縦系で一見ワンパターンに見えるが、間合いの取り方やタイミングでフェンシングの技術に近い巧さを発揮した。


 大迫が腹いせにぶつけたA級ボクサーでも、小幡のスピードにはついて行けず圧倒される事が多くなった。


 どう見ても4回戦の実力ではない。それでも大迫は断じて小幡を認めなかった。小幡も大迫を師とは決して認めない。二人の仲は本当に最悪の状態だった。

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