器用貧乏

 ロキ少年は特段何の償いもする事もなく、競技生活へと戻れるようになった。時々事件の事を憶えている人間もいたが、多くは若気の至りとして大して気にもしなかった。単純にロキ少年が持つ才覚の方が重要だった事もあるだろう。どの世界でも才能さえあれば、ある程度の欠点は看過される傾向にある。


 復帰したロキ少年は、かつての事件を思わせる悲壮感など微塵も感じさせずにインパクトを残す勝ち方をしてきた。実際にはバカ過ぎて自分のしでかした事の重大性をいまだに理解していないだけの話だったが。


 だが、ロキ少年には弱みもあった。


 お調子者にありがちな話として、ロキ少年は重要な大会で優勝出来なかった。練習はした。それなりに日頃の生活にも睡眠や食事の点で規則正しさを入れている。


 それでも上には上がいる。


 ロキ少年も試合に臨むにあたり練習不足はなかったが、決勝戦でロキ少年を打ち負かせる少年達はいつだって修行僧も顔負けのストイックを持った猛者ばかりだった。


 もはやボクシングは早くに始めていれば強くなれるスポーツではない。才能に加え、日頃の鍛錬でどれだけ自己に向き合う事が出来るかが鍵になる。それは努力さえすれば甲子園に出られるというわけではないのと一緒だった。


 ロキ少年は確かに才能があった。努力もそれなりにしていた。だが上には上がいた。理屈はいつだって単純だった。


 精神性の差は大概試合が拮抗した時に出た。どちらが勝っているのか容易に判断がつかない時、より勝とうとして手を出す側にポイントが行く。


 ロキ少年はそういった正念場で不細工になっても勝ちを取りに行く泥臭さが無かった。乱戦に巻き込まれるとディフェンスに回り、手数を出していないので当然相手にポイントが行く。そのせいで勝てたはずの試合をいくつも落とした。


 インターハイの最終予選。有効打で明白に勝っていると思い、終盤足を使って逃げ回った。実際のポイントは拮抗しており、最後に攻勢をかけた相手の手が上がった。


 別の試合ではダウンを奪った。調子に乗り、倒さずにジャブだけ当てて遊んでいたら、やはり判定では相手の手が上がった。相手の方が有名な選手だったからだ。


 ボクシングにありがちな「名前勝ち」という要素を見くびった結果だった。自分よりも有名な相手は殺すつもりで攻撃しないと、勝ちをもぎ取るのは難しい。不公平さはともかくとして、実際にそのような要素はある。


 だが、小幡ロキはそういった理不尽さと闘う覚悟がいつまで経っても醸成されなかった。正論で言えば小幡の考えも間違いではない。それでも勝負の世界にはいくらかの不公平さはある。それが現実だからだ。


 結局小幡ロキは期待値ほど活躍しなかった。


 明らかに才能はあった。それでもその才能を活かしきる事が出来なかった。練習そのものは真面目にやっていても、奔放な性格から顧問や仲間との折り合いがそれほどよろしくも無く、他の部員が活躍すればふて腐れて態度が悪くなるので、次第に小幡はその居場所を無くしていった。


 終わってみれば、かつて「オリンピックに出られる」と持て囃された少年は、インターハイになんとか出られるレベルで高校時代を終わった。


 インターハイの2回戦でその年のチャンピオンと当たった。絶妙な距離感とジャブで空転させられ、フルラウンドを空回りしたまま終了のゴングを聞いた。一種の公開処刑だった。


 小幡は才能溢れる選手だった。だが相手はそれ以上だった。シンプルだが残酷な理論。勝負の世界は頑張ったものが報われるとは限らない。

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