初めての炎上
ロキ少年の悪ノリ動画はあっという間に炎上し、拡散した。
本人達はほんの冗談ぐらいのつもりだったかもしれないが、未成年の学生服を着た中学生がスカートをアッパーでめくられ、淫靡なデザインの下着を全世界に発信した反響は想像以上だった――勿論、悪い意味で。
ネットの世界にはボヤ騒ぎを大火事に発展させる事を生き甲斐にしている人間が多数存在する。彼らの目的は正義を貫く事ではない。悪を罰する事だけなのだ。
ピラニアの泳ぐ川にロキ少年達はわざわざ肉を背負って飛び込んだようなものだった。エキストラのツインテールはあるところでは小幡ロキに利用された悲劇のヒロインと評され、別の所では目立ちたがりのバカ女と呼ばれた。
不幸なのか、それともただ愚かだっただけなのか、動画に出演した際の制服で学校を特定された。その名前は某有名掲示板で
ロキ少年も「エロガキ」やら「反社予備軍」等散々な評価をされたのちに、世の正義漢のおかずに使われた。小幡ロキ、人生初の炎上だった。
小幡ロキ自身がそもそもネット有名人に属するものだったので、知り合いや友達の情報網からすぐに通っているボクシングジムや学校、家までが特定された。ジムにはイタズラ電話や筋違いの苦情が殺到し、家には同様の電話が鳴っては母親をノイローゼにさせた。
一緒に出演した女子中学生も、太っていた頃の黒歴史写真や実名がネットに飛び交った上にアイドル志望である事をバラされ、「ブス」や「ツインテールの淫売」、その他に目を覆いたくなるような言葉を散々ネット掲示板に書き込まれ、いたたまれなくなったのか一家ごと姿をくらませた。
一部の噂では留学のためにアメリカへ行ったとも、一家ごと自殺したとも言われている。自殺は無いにしても、彼女が地元で居場所を失ったのは確かだった。
ロキ少年も悲惨だった。動画には内容を酷評するコメントや人格を否定する罵詈雑言が溢れ、クレームでも入ったのか動画そのものが閲覧不可となった。
それでもSNSを通じてその動画は拡散され続け、どう見てもロキ少年を殺そうとしているとしか思えないほどのバッシングは、嵐のように子供の名誉を破壊していった。
ロキ少年よりも両親の方が疲弊していた。ロキ少年を撮影しようと正義の味方が無関係の民家に侵入する事件が頻発し、あちこちに副次的な迷惑がかかっていた。
すでに動画サイトのアカウントは差し止めになり、利用出来なくなっていた。少年なりに、これまで積み上げたものが一気に崩れ落ちた結果となった。
被害はそれだけに留まらない。
小幡ロキに限らず、小幡家の少年ボクサーはほとぼりが冷めるまで、当面スパーリング大会や試合を自粛するようにというお達しが出た。
これは小幡家を排除するという意図ではなく、除名や出入り禁止の措置にまでことが発展しないよう、主催者側がきかせた配慮だった。お陰でジュニアのトーナメントで優勝候補だった兄は闘わずしてその姿を消す事になった。
誰もが引くほどの騒動を起こしたものの、当のロキ少年はふてくされるばかりで心の底からは反省していなかった。父親も当初こそ昭和式のゲンコツ制裁をしたものの、一度叱り飛ばした後はそれ以上の追求をしなかった。すでにゲンコツ制裁で済ませた過ちを蒸し返せば、逆効果にしかならないからだ。
幸か不幸かロキ少年にはボクシングで生きていくしか道がないように見えた。朝練で疲れて、授業中に寝てばかりの学力は散々なものだった。二桁以上の引き算がすでに怪しかった。
やる事は、いや、やれる事がスマホのゲームかボクシングしかない。
ロキ少年は目立ちたがり屋のくせに友達を作るのが極端に下手だった。だからクラスの人気者や同じ変わり者ぐらいしか仲良くなれる人間がいなかった。
女子に話しかけるなどもってのほかだった。動画の中学生のように、向こうから来る女子には強気だったが、自分から女子に話しかける事は絶対に出来なかった。
炎上のほとぼりが冷めると、基本的な人格に問題があるまま小学校を卒業した。
中学生になってもボクシングしかしていなかった。朝倉未来に憧れる不良もどきの先輩から喧嘩を吹っ掛けられた。叩きのめした。秒殺だった。
タバコは吸わなかった。酒も飲まなかった。
女にしか興味が無い。清純な少女と付き合いたかった。彼女ガチャで橋本環奈が出ない。実際に集まってきたのは蛾のような女ばかりだった。
誘蛾灯のように柄の悪い女ばかりを引き寄せながら、ボクシングだけは続けた。呼吸のようなものだった。空気を吸う事に飽きても、それをやめる奴はいない。
一度の大炎上を経ても、ロキ少年の名前はすぐに世間から忘れられていった。{巷|ちまた}の人間は熱しやすく冷ましやすい。不謹慎な動画を散々叩いた後、事態は沈静化していった。
炎上のとばっちりを受けたツインテールは行方知れずのままだった。じっとしていたロキ少年に比べると、無駄死にの匂いを漂わせて消えていった。
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