アッパーでスカートめくりに挑戦企画
何千人もの動画閲覧数を誇ったロキ少年はすっかり図に乗り、自分がひとかどの人物だと勘違いをしはじめた。
そのうちに実際にはやっていない珍妙なトレーニングを配信する事となった。シャドウボクシングをしながらクラシックバレエのように踊ってみたり、高所に渡した細い竹の足場を高速で走り回ったり、全力で走って犬と一緒にフリスビーを取り合うなど、一見ありそうだが誰一人としてやっていない練習を公開した。
幼いロキ少年は、悪い意味でのテレビ脳を持ち始めた。それは面白ければ何でもいいという考えである。
面白さとは難しい。
企画をした人間にとっては楽しい企画でも、観る者にとっては必ずしもそうではない。特に不謹慎な企画を売りにする者は、この線引きについて非常にシビアな判断力を求められる。少なくともロキ少年はそれが自由自在に判断出来るほど聡明ではなかった。
だが、明らかにふざけてやっているのが分かったせいか、またはこれまでの実績があったせいかは不明だが、視聴者は温かい目でロキ少年のはしゃぐ姿を見ていた。
事件はその珍トレーニングの動画が原因となった。
ある日、ロキ少年は過激な企画をやり始めた。それは、ボクサーのアッパーでスカートはめくれるのか、というものだった。深夜番組のくだらない企画のノリで、タイトル通りアッパーカットの風圧でスカートがめくれるかというチャレンジだった。
動画には頭の悪そうな中学生の女子が出演した。ロキ少年に色目を使う年上の少女だった。
学生服を着た金髪の中学生は、過剰なまでにツインテールの毛を巻いていて、隠しようのない幼さを塗りつぶすように濃い化粧を施していた。全世界へと動画が発信される事を意識して、気合を入れてきたようだった。
少女が公園の芝に立つと、やたらと丈の短いスカートが微風に揺れた。プリーツスカートに浮かぶ
ロキ少年は企画の趣旨をカメラに向かって説明すると、「これもトレーニングだ!」と気合を入れてからアッパーを振り上げた。視聴者の期待に応えるべく、天へ向かって拳を突き上げる。
だが、現実の世界においてスカートをアッパーでめくるのは非常に難しい。風にめくれるイメージこそあれ、スカートの生地は見た目よりも重い。近くでアッパーを打ったぐらいの風圧では軽く膨らむ程度で、派手にめくれる気配などまったく無い。
ロキ少年は計算外の事態に嫌な汗をかきはじめた。タレントではないにしても、この動画の行く末がしょっぱいものになるのは目に見えていた。このまま行けば過去最悪につまらない動画の出来上がりだろう。そうなると「いいね」はもらえない。
「いいね」はいくらあっても足りない。それは動画の再生数を、ひいては将来の食い扶持を左右する。
ムキになって全力で何発もアッパーを放つ。しゃがんでいる相手にダッシュアッパーを打ち続けるバイソンのようだった。
――めくれろ。
心の叫び。それは神に届かない。
ツインテールの少女が苦笑いを浮かべ始める。中学生なりに、番組中で発生した*事故*に感づいたようだった。
――このままでは企画がつぶれる。
小学生の脳裡に浮かぶ、年齢にそぐわない焦り。
その時、ロキ少年はスカートを掴んで振り上げた。
わざとらしい響きをした、黄色い悲鳴。動画には、少女のスカートをしっかりと握ったままの少年が、虚空でその拳を静止させていた。
紫色の、透けたショーツ。網タイツにも見える淫らなデザインは、少女が世界デビューを意識した勝負下着だった。
「アッパーでスカートはめくれました」
「も~バカ~!」
甘ったるい声。うまくオチたと思った。
少なくとも、どうしようもなく頭の悪い少年と少女は。
愚かな彼らは、世の中には炎上というものが存在する事を理解していなかった。
炎上そのものを知らなかったわけではない。
ただ、炎上とは自分を取り囲む世界とはまったく別のところにいるバカがごくまれに引き起こす天変地異ぐらいにしか考えていなかった。それがちょっとした匙加減の間違いで、誰にでも起こり得る事を知らなかったのは致命的だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます