第8話 ヒーロー
タイキを自宅に戻してからもサトルはアイの携帯電話に何度も連絡をし続けた。
通り魔事件が発生してから二時間後にようやくアイの電話が繋がった。
「もしもし、アイ!」
「……すみません、私は秘書の者です。」
「あっ、すみません。僕はサトルです。あの、アイいや、アイさんは?」
「あ、サトルさんですね。先生から名前は何度も伺っておりまして……。」
「アイさんは?あの、そこに居ますか?無事ですか?」
「あぁ、貴方のお噂はよく聞いているんですよ。あなたはお若いのにしっかりしているとか……。」
「すみません!そんな事より僕は…だからアイに用事があるんです。」
サトルがいくら焦っていても電話の向こうの人間は至ってマイペースなようだ。
「あの、聞こえていらっしゃいますか?アイは?いや、アイさんは?」
「はい。只今生憎先生は席を外せませんで……。」
「どういう事ですか?アイは無事ですか?僕に嘘は通じませんよ?」
「はい、それは承知しておりますが……。」
アイの秘書が何かを隠そうとして話を引き伸ばそうとしているのがわかる。
「僕はあなたが今何処でその携帯電話を使っているのか知っています。アイもそこにいますか?」
「いえ、あの……。すみません、お答えしかねます……。」
「今✕✕病院に居ますよね?アイも一緒ですか?」
「あの……いえ……。」
「何度も言わせないで下さい。嘘はすぐに分かります。アイはその電話に出られないんですか?」
サトルの勢いに観念した秘書がようやく言った。
「はい……。実は先生は今ここで手当てを受けておられます。」
「手当て?アイに何かあったんですか?先程まで交差点にいましたよね?そこで何かあったのですか?」
「……はい。先程起きた通り魔事件は御存知ですか?」
「はい。だから僕はアイが…、」
本当はサトルの言わんとする事を予め理解していたのだろう。
堰を切ったように秘書が話し始める。
「先程の事です。車を走らせていると車中から先生には何かが見えたようで……。急に交差点へ急げと仰いました。それでその近くに差し掛かると急に車から飛び出して行かれて…。だから私も慌てて先生を追い掛けました。それから交差点内で先生は女性に後ろから襲い掛かろうとしている人を止めようとしていました。それで私と二人で体当たりするような格好になり…。私はかすり傷で済みましたが先生は腕に怪我を追ってしまったのです。」
「わかりました。そこは✕✕病院ですね?すぐに行きます。」
サトルは施設の受付へと急いだ。
外出の許可を求めると事情が事情だった為にすぐに外出許可が降りた。
施設の運転手と共に車に乗り込んで病院へと急ぐ。
まもなく病院へ到着すると受付でアイの居場所を聞き、足早に外来の外科病棟の入口付近まで行くと受付窓口前に並ぶ長椅子に座るアイの姿を見つけた。
「アイっ!!大丈夫!?」
駆け寄って見るとまくった袖の下の左腕から掌にかけて包帯を巻いている。
「ああ、サトル。俺なら大丈夫だよ。さっきはごめん、急に驚かせて……。」
「僕の事なんてどうでもいいよ。それより大丈夫じゃないよ、怪我してる。」
「いやぁ、参ったよ。でも大したことないってさ。あぁ、それよりサトルに謝らなきゃならない事があるんだ。さっきの件で大切なピアスを失くしてしまったみたいで…。」
「いいよ、そんなの…そんな物……。いくつでも作れるよ。それより何があったの?」
「あれ?秘書から聞いてない?なんて、俺も偉くなったもんだよなぁ。秘書とかさ。」
自身がダメージを受けているのにも関わらずアイはサトルを心配させまいと何処か飄々とした態度を取る。
「聞いたよ、聞いたけど……。それよりアイからの連絡が急に途絶えて…。僕は凄く心配したんだ。」
「ごめんな、サトル。ほら、俺は普通の人より目がいいだろ?だからさっきの事件があった交差点付近を偶然通りかかった時に刃物を握っている人が見えてさ。その時、後先考えずサトルに呼び掛けてしまったんだ。それからうちの車が交差点に着いた時には既に二~三人が倒れていてね……。刺されそうになっている人を助けようとして自分が切り付けられたんじゃ話しにならないよな。あと、俺が見た限り犯人は一人じゃないんだ。早くそれを警察に伝えないと……。」
恐らくピアスは通り魔に体当たりした時か何らかのはずみで失くしてしまったのだろう。
それにアイは倒れていていた人間が二~三人と言ったが、タイキが現場に行った時にはその十倍の人間が倒れていたのだ。
「アイが無事なら僕はいいよ……。本当に無事で良かった……。」
そう言いながらサトルは身体の力が急に抜けて、ようやくアイの隣にストンと座った。
すると、すぐさま警察官が複数人バタバタと早足でアイの元へとやって来てアイが切り付けられた時の状況を教えて欲しいと言った。
「わかりました。勿論、協力します。私はどちらへ向かえば宜しいですか?」
そう答えたアイの横顔はサトルが今迄見た事のない頼もしい顔だった。
まだ傷も痛むだろうに左腕を庇うようにしてアイは立ち上がるとサトルに言った。
「サトル、ありがとう。それからごめんな。もう心配はいらないよ、明日また連絡するよ。」
「うん……。」
複数の警察官と秘書を連れ立って去って行くアイの後ろ姿を見送った。
それから暫く一人で椅子に座り考える。
先程のアイの話とタイキが見た状況に今も更新され続ける頭の中のニュース。
今知り得る全ての情報を整理する。
現在の死傷者の数は四十数名程、サトルの計算では通り魔の人数は五名。
交差点内にいた人の中にエボリューターは一人も居なかった。
やはり不特定多数の中にエボリューターやエーアイシンプトンズが紛れ込んでいる確率は低く、これは先日の火事然り加害者も被害者も全てノーマルだ。
このような惨劇を目の前にしてしまうと圧倒的な人数を占めるノーマル達をもっとどうにかしない限りこの世界はこれ以上何も変わらないのかも知れない。
ほんの数ヶ月前にエボリューターを監視役として使って自身が悪と思う人間を散々排除したはずなのに……。
サトルは本格的にノーマル達を管理するべきなのかを考え始めた。
Q.本当にノーマルの管理は必要か?
A.今の世の中を乱しているのは彼等だ。
Q.それを管理する権利が自分にあると思うのか?
A.権利はない。但し、誰かが管理をする必要はある。
Q.法があるのでは?
A.それが守られないから惨劇は繰り返される。
Q.守らせる方法はないのか?
A.あったらとっくにこの世の中は平和になっている。
Q.人間が持つ良識や道徳は?
A.良識や道徳を全ての人間が同じように守る事は不可能だ。
Q.何故、不可能と言える?
A.それらはとても曖昧なもので良しとするものが共通しないからだ。
Q.今も人間を好きになりたいという気持ちは変わらないか?
A.人間の情報は以前より沢山ある。故に好きになりたいと思える人間とそうではない人間がいる。
Q.それをエゴイズムというのではないか?
A.僕も含めて人間は皆エゴイズムの塊だ。
自室へ戻るとサトルの膝にハイロが飛び乗って来た。
ハイロを抱え机に向かうと先ずは失くしてしまったというアイのピアスをもう一度作り直す事にした。
今回はサトルからもアクセスが出来るようにしようかと一瞬考えたが、以前の物と同様にサトルの方からは敢えて連絡が出来ない物にした。
理由は以前と同じだ。
一時間もしないうちにピアスを完成させると次は先程の通り魔事件のニュースを再度見直す。
やはり犯人は一人ではなくグループで行われたものだと報道され、犯行時の街の防犯カメラの映像も流れている。
犯人達は皆同じようにフードを被って交差点内に散らばっていた。
サトルの予測通り五人の人間の犯行だ。
報道はされてはいなかったが、警察内部のコンピューターは既に五人のうちの三人の顔写真も入手している。
これはアイが協力した映像だ。
程なくして三人が逮捕され、それが報道されると残りの二人の面が割れるのも時間の問題となった。
すると二日後に残りの二人は逃げられないと思ったのか自ら警察に出頭してきたという事を報道で知り、大惨事を招いた割には呆気ない幕引きだった。
更に数日後に犯人達の動機が明らかになり、それが報道されるとサトルは怒りを覚えた。
『最近の世の中にはエーアイシンプトンズやらエボリューターやらが蔓延り、少数派の分際にも関わらずあちらこちらで目立つ行動が多い。正統派の人間であるノーマルがあんなチーターに負けているのが悔しい。学校や職場、色々な所で奴等が活躍しているせいで自分等の居場所が脅かされている。我々ノーマルにもまだまだ力があるのだという事を世の中に知らしめる為だ。』
更に彼等は
『複数人で犯行に及べば誰が誰を殺したのかも分からなくなって、罪の意識に苛まれる事も少なくて済むだろうと考えた。』
と言ったそうだ。
これはどこかの誰かのようにガヤなら罪はないという精神と同じだ。
サトルは特に集団行動と縁もなく育ったせいか、このような集団心理の最悪なパターンを見ると何よりも腹が立ち、卑怯だと認識してしまう。
いよいよノーマル達を管理するべき時がやって来たのだという答えがサトルの中で出された。
方法はデモ鎮圧の時に使おうと思いながらも使わなかったやり方でいいだろう。
しかし今回は規模が違う。
それとシロガネにも気付かれないようにしなくてはならない。
要所で使えそうなエボリューターを頭の中でどんどんピックアップしていく。
彼等の協力なしにはこの計画は遂行出来ないからだ。
まずは世界各地にいるエボリューター達を中継役として使ってサトルの理想とする世の中の在り方をテレビ、ラジオ、電光掲示板、パソコン、携帯電話等の音の出る電波通信機器全てにサブリミナルと超音波を仕掛ける。
それらの機器とは縁のないノーマルは殆ど存在しないが、完璧な世の中にする為に機器とは無縁な者達には直接エボリューター達に音波で洗脳をして貰う。
それからアイを応援する元教団のノーマル達はサトルの洗脳が強く効くので彼等にも協力して貰う。
エーアイシンプトンズは洗脳の対象になるかと言えばその答えは「いいえ」だった。
彼等には何故か洗脳の為の超音波やサブリミナルが効かないという特徴が見られたのだ。
サトルの理想とする世の中とは、差別のない、他者と自身を傷つけない世界だ。
月日が流れ、洗脳が世に広まり始めるとノーマル達に変化がみられるようになった。
自分と他人を比べる事もなくなり日々の仕事や自身に与えられた責務を坦々とこなすだけの人間になっていった。
しかし、当然のように困っている人間には手を差し伸べる事も忘れてはいない。
だが、このような人助けもどこか皆が機械的というか、当たり前の事をこなしているといった様子で人間臭さは感じられない。
サトルはこの洗脳で他者から何を奪い、何を与えたのだろうか。
ここまで来るとこの地球上にはナチュラルな状態でサトルに介入されていない人間は産まれたばかりの赤子かエーアイシンプトンズだけになってしまった。
そして、その産まれた赤子達もエーアイシンプトンズではない限りいずれはサトルに洗脳されるであろう。
もはやそれを元通りに出来る人間は地球上にサトルしかいない。
そして、元のような世界に戻そうなんて考えは微塵もなく洗脳を止める事もなかった。
今まで放置していたノーマル達を徹底的に管理した為に犯罪率はほぼゼロに近い状態になり、エーアイシンプトンズを長年苦しめてきた差別的な制度やグリーンリストも今後は見直されるとの事だ。
また、意識的もしくは無意識に他者を傷付けるような失敗をする人間ももういなくなるだろう。
サトルの思う理想的な世の中が完成するのだ。
この頃、サトルは十九歳になった。
ある日、施設の受付にサトルは呼び出された。
アイから電話が掛かって来たのだ。
最後に病院で会ってから既に数週間が過ぎていて、
そう言えばあの日に明日連絡すると言っていたはずだったアイから連絡がなかった事を急に思い出した。
「もしもし、アイ?」
「あぁ、サトル。ごめんな、連絡遅くなって…。」
「いいよ、気にしないで。僕も少しだけ忙しかったから。」
「そうか。サトル、今日は大丈夫?」
「うん、アイの方こそ忙しいんじゃない?」
「いや、俺は今日はオフなんだ。サトルに電話するって言ってから随分と経ってしまったからね。」
「僕の事は気にしないで。あっ、そうだ!また新しくピアスを作り直したんだ。早く渡したいよ。」
「そうか、ありがとう。そうだなぁ…今日そっちに行くって言ったら迷惑にならないかな?」
「全然、迷惑なんかじゃないよ!」
「じゃあ、二時間後そっちに行くよ。」
「えっ?いいの?じゃあ、施設の人間には僕が伝えておくよ。」
「あぁ、じゃあ後で…。」
電話を切ってから自室に戻る途中で先程の会話を思い出し、いつものアイの声が聞けた事が嬉しくなった。
だが、アイの怪我の具合も心配だ。
病院の時は流石にサトルも動揺していたのだろう。
取り敢えず生きていたアイの様子を見て安心してしまい、怪我の状態をすっかり聞きそびれていたのだ。
いつものように予定時刻十分前にハイロと一緒にゲストルームでアイを待つ。
すると敷地内に黒塗りの車が入って来るのが見えた。
やはり予定時刻よりも少し早めに到着する癖は変わっていない。
約束の五分前に扉をノックする音が室内に響く。
「はい、どうぞ。」
声をかけると静かに扉が開いてアイの姿が見えた。
「やぁ、サトル、久し振りだね。ハイロも久し振り。」
いつもの挨拶に、いつものアイの姿だ。
「アイ、怪我の具合はどう?」
「あぁ、問題ないよ。心配させてしまったね。」
「どこをどんなふうに怪我したの?切り付けられたって言ってたけど…。」
「あぁ、うん。もうすっかり良くなっているから俺の話はいいよ。」
「良くないよ。怪我した所、僕に見せて。」
「サトルは心配性だなぁ…。」
袖をまくったアイの左手を痛めないように包帯を巻き取りながら一方の手で軽く自身へ引き寄せて怪我の様子を注意深く見る。
傷そのものの深さは殆どなく、長さは十五センチくらい。
化膿している様子もない。
恐らく白くテカったような傷痕にはなるだろうが、筋肉や神経等が損傷して引きつっている事もなく、安心した。
「少し、痕になるかもね……。」
「いいよ、そんなの。勲章みたいなもんだよ。」
笑いながら言うアイを見て少しだけ悲しくなった。
確かに通り魔事件をきっかけに被害者を救い、自身が怪我を負ってしまったアイは今世間では勇気ある議員として更にメディアから注目を集めている。
「アイ、大丈夫?」
「ん?何が?怪我ならほら、この通り……。」
「何か仕事が上手くいってないの?」
「急にどうしたんだ?サトル…。」
「アイ、困った事があったらいつでも呼び掛けてって僕は言ったよね?」
「あぁ。」
「この傷……、」
そこまで言うと、やれやれといった様子でアイは言った。
「サトルは何でも知っている……か。」
「……アイ、何があったの?」
「……。……。」
「アイ、本当の事を教えてよ。」
「……サトルは何でも知っているんだろ?俺の口から言わせるのか?」
「そうじゃない。そうなった経緯が知りたいんだ。」
「そっか、流石にサトルでもそれは知らないのか……。」
「アイ……僕は人の心の中まで知ることは出来ないんだ……。むしろ人の心を知るのは苦手だよ……だから話して。」
不自然に付いた傷痕を隠すように包帯を巻き直しながら大きな溜め息をついてアイが話し始めた。
国内で初めてエーアイシンプトンでありながらも議員になったアイにはサトルの知らない現実が降り掛かっていた。
それは議員同士の大人のいじめだ。
本来、議員になれば必ずと言っていい程どこかの派閥に入り、お互い色々と助け合う。
しかしアイにはそれがなく、議会の中でも常に孤立していたのだ。
それでもアイはエーアイシンプトンズの未来の為に日々奮闘していた。
定例会議の折りに発言しようと資料を何日も徹夜で作成してもそれを発表する場すら与えて貰えなかった。
お飾り議員と陰口を叩かれて何も出来ないままどんどん月日は流れて行く。
アイにも後援会があり、元教団のメンバーや支援者達はアイに勇気を与えてくれはしたが実際に議会そのものに行くと結果いつも爪弾きにされる。
こんな目に合いながらもサトルに助けを求めなかったのはアイのプライドでもあったのだろう。
そんな中でエボリューター反対のデモが起きた。
この時のアイの活躍は目を見張るものがあり、普段アイの事を無視している彼等の中でも数人には話し掛けられたくらいだ。
しかし、時が過ぎるとまたいつものように議会に顔を出しても空気のように扱われ、誰とも話さずに何も出来ないまま帰宅する日々が続く。
辛い日々を脱却するべくアイはもう一度ヒーローになる事を思い付く。
今回の通り魔事件を利用して自身が被害者を助ける事で再び世間に注目され、議会での発言権を得ようとしたのだった。
他の議員達がアイを除け者にする理由はアイ本人が一番よく解っていた。
只ですらエーアイシンプトンズに対して冷やかな彼等は目のエーアイシンプトンが議員になったと知ると尚更アイとは徹底的に関わらないよう務めた。
彼等がアイと関わり合いたくない理由は云わずもがな自身のほの暗い部分を見られたくないからだ。
アイは以前のデモの時の反エボリューターや反エーアイシンプトンズの中枢メンバーのネット掲示板を見付け、そこに彼等の怒りを刺激するような書き込みをした。
後にどのような行動を取れば世間が認めてくれるのかとか複数で犯行に及べば捜査が厄介になる事や罪の意識レベルが軽くなる事も助言したのだ。
初めは誰にも相手にされなかったその書き込みも月日が経つにつれ賛同者が現れると勝手に盛り上がりを見せてやがては実行しようと言う者が現れ始める。
ここまで静観してアイは身を引き、後はその日が来るのを待っていたという。
交差点に向かう車中で敢えてサトルに話し掛けたのは、あくまでも偶然現場にいたと思わせる為だったのだ。
それから腕の傷も犯人に無防備に体当たりしたのではなく、ある程度の予測とシミュレーションをして重症にならない角度でぶつかるようにした。
現場の状況と傷の深さや位置がおかしいとサトルが感じたのはこの為だ。
「サトル、全部話したよ。で、俺をどうする?」
「どうするも……。この事を知っているのは僕だけだよね?」
「あぁ、俺の名前が世間に出る事は今後もないだろうな。実際犯人達を煽って凶行に及ばせたのは俺じゃないしな……。」
「じゃあ、誰が?」
「これはさ、沢山の民意が犯人なんだ。湖にさ、俺はほんの一滴の水滴を落としただけ……。そしてそれを利用したんだよ。」
「そう……僕はアイをどうしようかなんて思ってもいないよ。それに最初にアイを議員に推薦したのは僕だ。」
「そっか……。」
「それにアイ、今後アイを差別するような人間はもう間もなく居なくなるよ。これは僕が保証する。」
「俺を断罪しないのか?」
「しない。アイの事は僕がサポートするって決めているんだ。」
「なんだよそれ。俺の方が年上なのに情けない話だな……。」
窓の外を眺めながら悲しそうに笑うアイを見て、こんな思いをさせたのは自分なのだと思った。
それに今となっては数え切れない程の人間を地球上から消した自分がアイを断罪するなんて出来る訳がない。
おまけに九年前に人を既に殺している事もアイにはずっと隠し続けているのだ。
ならば何故に今回の通り魔事件の真相に気付いた瞬間アイに対して問い正したのかと言うと、嘘でもいいからアイには自身はあくまでも被害者であり、また別の被害者を助けたヒーローなのだと言って欲しかったからだ。
でも、アイはやっぱりサトルに嘘を付く事はなかった。
「アイ、聞いて。今日ここで話した事は一生二人だけの秘密にしよう。万が一に何かが起きてアイが疑われるような事が起こらないように僕が完璧に処理するよ。」
「そんな事、出来るのか?」
「もちろん。僕の能力は知っているでしょ?」
「あぁ。」
「アイは、あの交差点で人を助けた勇気あるヒーローでいてもらわなくちゃならないんだ。」
「……。……。あぁ、わかった……。」
議員になったアイに先程聞いたような現実が訪れている事をサトルが予測出来なかったのは自身が集団の中に身を置く事もなく、いじめというものにも一切触れずに生きてきたからだ。
「あっ!そうだ。これ、次は失くさないでよ?」
サトルは話を変えようと新たに作ったピアスをアイに手渡した。
「……ありがとう。これでいいか?」
アイの耳にピアスが光る。
「うん、今後は些細な事でも困ったら僕に言ってよ。僕が力になりたいんだ。」
「あぁ、わかった。ありがとう。」
アイを施設入口まで見送り部屋へ戻る。
例の通り魔事件の情報を片っ端から調べ上げて少しでもアイが不利になるような情報はないか、噂でもそのような話が何処かに上がっていないかチェックした。
どうやらアイの言っていた通りでアイという名前が出てくるような要素はひとつもなく安堵した。
今後もこの件に関しては随時チェックしていこう。
翌日、タイキの携帯電話が鳴った。
電話の相手はハヤトだった。
「よぅ、タイキ。元気か?」
「あぁ、ハヤト。この前はゴメン。急に予定をキャンセルしてしまって…。新しいクラブはどうだった?」
「ん~。まぁ、前のクラブ程の広さはないけどさ、雰囲気は悪くないよ。レアも気に入ってたみたいだしな。それよか大丈夫だったのか?なんか慌ててただろ?」
「うん、まぁね。でも大したことなかったんだ。僕も時間が間に合えば二人を追いかけたかったよ。」
「そっか。今週末にまた行くんだけどさ、タイキはどうよ?」
「うん、喜んで行くよ。レアにも悪い事しちゃったし……。」
「あぁ、アイツの事は気にしなくていいよ。確かに電車の中で起きたらタイキがいなくて、何で起こさなかったんだ~って、ブーブー言われたけどな。」
「あはは、レアらしいね。」
「だろ?まぁ、とにかく今週末に会おうぜ。場所は変わったけど時間はいつも通りな!」
「うん、わかった。」
週末がきた。
久し振りにタイキはクラブへ足を運ぶ。
初めて来る場所だが見知った顔もちらちらあり、以前のクラブと同じジャンルの音楽と雰囲気だった為にすぐに馴染める事が出来た。
ドリンクカウンターに片肘をついてハヤトとレアを待つ。
「よぅ、タイキ!久し振り!!」
振り返るといつものように片手を軽く挙げてニカッと笑うハヤトの姿と後ろに続くレアの姿があった。
「二人共、久し振りだね。この前はゴメン!!」
「あぁ、気にするなよ。」、「うん、気にしないで。」
また二人がシンクロしている。
その様子を見るとなんだか心が和む。
三人でドリンクをオーダーして適当に空いている席に着く。
「元気にしてたか?タイキ。」
「うん。二人は?」
「俺らは見ての通りだよ。」
「レア、この前はゴメン。電車で寝ちゃっていたから声も掛けないでドタキャンして…。」
「あぁ、全然気にしないで。タイキ君久し振りだね~、この前は御馳走様。」
「うん、こちらこそありがとう。」
「じゃあ、私、踊ってくるね。」
フロアに向かって歩いて行くレアの背中を見ながらハヤトが言った。
「なぁ、タイキ。何か気付かないか?」
「えっ?何に?」
「うーん。俺の勘違いかもなんだけどな…最近レアの奴、変わった気がするんだ。」
「変わったって、どんな風に?」
「うーん。何かさ、俺知らないうちにアイツの事、怒らせたかな?いや、そうじゃなくてだな……。」
「ハヤト、どういう事?」
「あのな、レアって昔から感情豊かっていうか、俺には何でも話してくれたんだ。でも最近急によそよそしくなったっていうかさ…。タイキ、何か聞いていないか?」
「いや、僕はレアとは連絡取ってなかったから…。」
「そっかぁ。今までならアイツ、何かあったら必ず俺に言ってくるはずなんだけどなぁ。」
「ハヤト、心配してる?」
「いや、そうじゃなくてさ……心配とかって事じゃなくて俺にはレアが急に人が変わったように見えるんだ。」
「そっか……ハヤトは何かそれに対して困った事でも?」
「いや、それはない。むしろ無さすぎて気持ち悪いっていうか…。レアって少し前までは年相応に他人の噂話とか好きでさ、よく俺にしてきてたんだけどな、今は俺の方からそう言う話を振っても全然興味がないって言うんだ。むしろ聞きたくないって……。」
「ふーん。」
「あとさ、レアってわりとお節介な性格してるだろ?」
「って言うと?」
「ほら、タイキも言われただろ?誰それが誰々の事気にしてる~とか。結構この中にもレアがくっつけた彼氏彼女がいるんだよ。」
「あぁ、うん。」
「そういう類いの話をさ、最近一切してこないんだよなぁ……。まぁ、でもあれか?レアも大人になったって事か?」
「うーん、そうかもね……。」
これは単純にレアにも洗脳が行き届いたというだけの話だが、それをハヤトに教える必要はない。
しかしハヤトについて前から思ってはいたが、勘が鋭く相手の事をよく見ている。
暫くするとレアがフロアから戻ってきた。
「はぁ、疲れた~。」
「おかえり、レア。足の調子はどうだ?」
「うん、問題ないみたい。」
「そっか、なら良かった。」
こうして見る限り何も問題がないようにサトルには見えるのだが……。
一時間ほど経過した頃にタイキはレアに話し掛けてみた。
「レア、最近何か変わった事はある?」
「えっ?何で?」
「いや、特に理由はないんだ。」
「ふーん、そうなの。」
「うん。あ、そうだ。この前言っていたバーベキューの事なんだけどさ……。」
「うん、何人くらい集めればいい?」
「レアに任せるよ。」
「うん。じゃあ、暖かくなったらね。」
ハヤトの言っていた事の意味が少しだけわかった。
レアの会話は感情の起伏が殆ど見られなく、だからといって悪意もない坦々とした無駄の一切ない事務的なものだった。
確かに以前と比べて優しさというものがあまり感じられなかったが、これに何の不自由があるというのだろうか?
今日は終電近くにタイキは帰宅する事にした。
ハヤトとレアがいつものようにエレベーター前まで見送りに来てくれた。
「じゃあ、また連絡するな!」
「じゃあ、タイキ君。またね!」
笑顔で手を振る二人にエレベーターの扉が閉まる迄こちらも手を振る。
帰宅するとタイキはいつものようにシャワーを浴びてベッドに潜り込んだ。
サトルは自室で今日のレアの様子を振り返りながら眠りについた。
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