第5話 感動と洗脳

自身が思う悪に制裁を下しながら一方では人の進化を促し、この世の中は随分と変化していた。

初めはアメーバを殲滅する事だけが目的だったサトルも多勢の人々と繋がる事によっていつの間にか目的は変わり今現在に至る。

進化した人間の新しい人生を覗き見る事がサトルの最近の楽しみだ。

勿論、彼等のストレスケアは相変わらず続けている。

しかし、初めて関わった時に比べると現在は皆ストレス度は軽くサトルが選択をするレベルのものは皆無に等しかった。

それならそれでいい。

本人が平和だという証拠だ。

しかし、この限られた人々の進化というものが新たな火種を生む事をサトルはまだ知らない。

何でも知っていて予測も完璧な筈なのに。


今現在チップの不適合や洗脳をしてこの世からサトルが消した人間の数は一千万人を越えた。

これではアメーバに寄生されてそのまま数千万人が死を迎えなければならなかった世の中とあまり変わりないのではないだろうか。

サトルはそれに気付いているだろうか?


Q.自分は正義か?

A.いいえ。

Q.今のこの世の中は正しいか?

A.いいえでもあり、はいでもある。

Q.では、誰がこんな世の中にした?

A.それは僕だ。

Q.悪がいなくなった世の中を見ることは可能か?

A.不可能だ。

Q.では、このような事をいつまで続ける?

A.少なくとも僕が死ぬまでは。


今まで他人との関わりを殆ど持たずに生きてきたサトルには大きな欠点がある。

それは他者と共存する事でしか芽生えない感情というものの欠落だった。

幼い頃に芽生え、現在も引き継がれている感情も当然ない訳ではない。

喜怒哀楽は勿論学習済みだ。

感動や思いやりも知っているつもりだ。

しかし、恋愛感情や殺意や嫉妬という感情は他人を介して垣間見たもののイマイチ解っていない。

これらは恐らくタイキを使っても理解するのが難しそうだ。


ある日の午後、アイからのアクセスでサトルは目が覚めた。

(サトル、聞こえる?)

(あぁ、アイ。おはよう。)

(ちょっと見て欲しいニュースがあるんだ。)

(ん、何?)

アイからビジョンが送られて来る。

それは、とある都市部で行われているデモのニュースだった。

『エボリューター反対!チート人間反対!』

※エボリューターとはチップを埋め込まれ進化した人達の事。

そう書かれたプレートを掲げ行進をしている。

(何?これ)

サトルが眠気まなこを擦りながらアイに尋ねると

(うん、これはアメーバに寄生された人々に対するデモなんだ。)

(で?アイがどうして?)

(いや、困った事にこの『エボリューター』ってやつとエーアイシンプトンも同じような存在だってなっているんだよ。)

(なんでエーアイシンプトンも?)

(ほら、俺等は昔から常人を逸脱した存在とか言われてるだろ?今更だけどエボリューターと何ら変わりないっていう発想らしい。)

(でも、こんなデモなんかすぐに鎮圧出来るでしょ?)

(それは、そうだけど…問題はこれがニュースで地球上にばら蒔かれたって事だよ。)

(ん?)

(だってそうだろ?今までは少なくとも心の中で思っていただけだった事がこうして世に出ると賛同者がどれだけ出てくる事か……。)

(そっか……。)

(この問題はこれからこの国でも出てくるし、そうなったら俺が守りたいと思っているエーアイシンプトンズもどうなる事か……それにそのエボリューター達がエーアイシンプトンズと一緒くたにされてどう思っているのかも気になるし…。なぁ、サトル。何か良い策はないか?)

(落ち着いて、アイ。少し時間がほしい。答えが見付かったらすぐに連絡するよ。)

(あぁ頼んだよ、サトル。俺も自分が何か出来る事はないか探ってみるよ。)


アイからのアクセスは終了した。

一体何が起きて今後どのような展開が起こり得るのか、サトルの計算と予測が始まる。

元々は人間の持つ嫉妬の感情から始まった出来事だと推測される。

嫉妬の感情を理解出来ないサトルにはとんだ落とし穴だった。

そもそも嫉妬云々より前に持たざる者達の感情が理解出来ていないのだ。

彼等の言うエボリューターはこの地球上におよそ八千万人。

エーアイシンプトンズは約五千万人。

両方足しても一億三千万人。

対して地球上の人口は約七十五億人。

仮にエボリューターやエーアイシンプトンズの味方になってくれるノーマルの人間を合わせたとしても数字の上では圧倒的にこちらが不利だ。

しかし、サトルには秘策がある。

いざとなったらエボリューターを使って反対する者達を洗脳すれば良いのだ。

今回の洗脳は殺す事が目的ではなくその人が持った思考をねじ曲げるというものだ。

この方法を取る事は当然アイには言えない。

アイには後でどう伝えようか。

その方法を考える方がサトルにはよっぽど難しく感じられた。

まず、アイには今後予測される人々の動きのパターンをいくつかとその対策または対処法を伝える。

勿論、その中にこの争いは自然に終息を迎えるという理想的な予測も混ぜ込んだ。

これでアイには悟られずエボリューターとエーアイシンプトンズを敵対視する者達を一掃出来る。


補足にはなるがエボリューターとエーアイシンプトンは相性が良かった。

それもその筈である。

エボリューターの脳の数パーセントはエーアイシンプトンのサトルなのだから。

エーアイシンプトンズを否定する事は、すなわちサトルを否定する事に繋がる。

エボリューターには当然サトルを否定する者は一人もいない。

暫くして世の中のあちらこちらでサトルの予測通り、ノーマル人間によるエボリューターとエーアイシンプトン狩りが始まろうとしていた。


サトルの予測を少しだけ裏切ってノーマル達のやり方はこうだった。

まず何者かが病院や役所の記録を盗み、チップを埋め込まれた人間とエーアイシンプトンを割り出す。

そしてその情報をネット上に公開し、それを閲覧した賛同者達が片っ端から対象者を叩き潰していくというあまりにもシンプル且つ野蛮な方法だった。

サトルとしてはもう少し捻った展開を予測していたのだが…。

情報には住んでいるおよそのエリアと顔写真が公開され、街中を歩いていてもすぐにエボリューターかエーアイシンプトンかが判ってしまうという。

ある者は大怪我を追わされ、ある者は金品を奪われ、またある者は家族までもが狙われるという計画だ。


こんな愚策にエボリューターを使って洗脳するまでもない。

サトルはノーマル達が作ったネット上のエボリューターとエーアイシンプトンズのリストの顔写真を数分毎にノーマルで似た顔の人間に入れ替え、更に似た別人の角度の違う写真も複数枚あげ、これを繰り返し続けた。

サトルの頭の中には様々な顔のデータがある。

世の中には似た顔の者などいくらでもいる。

しかもそれが写真となり、角度の違う物をそれぞれ別人で構成したとしても、これが同一人物ですと公開されたら容易く人は信じ込んでしまう。

つまり、ネット上のリストに載っている一人のエボリューター、もしくはエーアイシンプトンの写真は複数人のノーマルで構成されている状態にしたのだ。

アイに対して言い訳を考えていたのが馬鹿らしくなる。

情報といえば、サトルに敵う者などこの世の中にはいないというのに……。

するとその情報に見事に踊らされたノーマル達はノーマル同士で潰し合いを始めた。

他者に危害を加えるのも大怪我をするのも皆ノーマル人間同士という結果になり、そのリストの顔写真が数分毎で微妙に変化していて更に一人の写真のはずが写真の枚数分、別人で構成されていた事に気付くまでは暫く時間が掛かった。


そうやって同じ志を持った者達が争っている間にサトルはアイを使って次なる一手を既に打っていた。

世の中のにはエーアイシンプトンの著名人がいる。

アイに先立ってもらい彼等と一緒にメディアに出演して平和を訴え、この暴動を止める活動をしてもらうのだ。

その時、出演した映像や動画にはサトルの考えたサブリミナルを仕掛ける。

これらを見聞きしたノーマル達は知らず知らずのうちにこんな争いは無意味だと思うようになり、また世界は平和な日常を取り戻しつつあった。

そして、エーアイシンプトン初の議員であるアイの知名度と信頼度はぐんと上がったのであった。


人間の嫉妬という感情が招いたこの騒ぎも収まりつつあり、何もかも上手くいっているように見えていた時にまたもやサトルの予測出来なかった事態が起こる。

先の暴動を止める活動の為にアイが出演したテレビ番組においてサトルの仕掛けたサブリミナルが一人のエーアイシンプトンによって暴かれようとしていたのだった。

彼の名前はシロガネ。

耳のエーアイシンプトンだ。

本人はその才能を生かして今となっては世界的にも有名なミュージシャンである。

彼自身、サトルとアイとは同じエーアイシンプトンとして面識があるだけではなく深い関わりを持っている。

シロガネはサトルの住む施設の設立者である財閥の一族の御曹司であると共にサトルが教祖を勤めていた教団の初代教祖でもあった。

また、過去には自身のコンサートにアイとサトルが足を運んでいる。

今は音楽活動で得た資金を元にエーアイシンプトンの子供達の為の施設を国内外に数ヶ所造り、その運営もしている。

シロガネの建てた施設は他の施設とは比べ物にならないほど子供達にとっては理想的な設備と環境が整っている。

残念ながらエーアイシンプトンの子供達の施設は全てが良い環境とは言えず、中には劣悪な環境に身を置かざるを得ない子供達が沢山いるのだ。

出来る事ならば全てのエーアイシンプトンの子供達の為の施設を自身の理想とするものに変えたいとシロガネは常々思っている。


そんな折、彼自身も今回のデモのニュースに心を痛め、それを止めるべくアイからの出演依頼を快く引き受けたのだった。

しかし、いざ番組に出演してみると突然の違和感を感じたのだ。

自分以外の誰も気付いていないその音に。

それは雑音とでもいうべきか……初めはテレビスタジオ内にある何かの機械の不具合から発している音かと思えた。

彼自身、普段から人には聞こえない音をよく耳にしている為に雑音には慣れている。

しかし、この収録現場ではそういった類いのものとは少し違う音がしている。

その正体が何なのか、この音は何処から発せられているのか、耳を最大限に研ぎ澄ます。

収録中でもあるために不穏な表情は決して見せられない。

音の発信源を探しながら熱弁しているアイの方へ顔を向ける。

見つけた。

アイのピアスからその音は発せられている。

だがピアスを付けているアイ本人はその音に全く気付いている様子もない。

暫くアイの話しに相槌を打ちながら更に音を注意深く聞く。

間違いない。

他者を洗脳する時によく用いられる音を改良したもののようだ。

地球上には耳のエーアイシンプトンはシロガネ以外にも複数いる。

しかし、その彼等全員がこの音に気付けるかというとそれは不可能である事が音楽を生業としているシロガネには分かった。

それぐらいこの音は巧妙で複雑に作られている音だった。

そして、このような物が作れてアイに渡せる者をシロガネは一人しか知らない。

真意を確かめるまではアイにこの事は聞かないでおいて近く時間をつくってサトルに会いに行こうと決心した。


ある日の午後、サトルはハイロを抱いて施設内のゲストルームにいた。

扉をノックする音が聞こえてサトルが頭の中でよく見る顔がそこにはあった。

「こんにちは、シロガネのお兄さん。」

「やぁ、サトル君。何年振りかな?」

「うん。」

ハイロを撫でながら窓際へ向かい、シロガネに一度背を向けたサトルが振り返りながらこう言った。

「今日は何を話しに来たの?」

「うん、サトル君なら分かっているかと思ったよ。」

「うーん、そうだね。白々しいのはやめよう。アイのピアスの事、聞きに来たんでしょ?」

「あぁ。テレビ出演の時に僕だけが気付いてしまった事なんだ。」

「うん。知っているよ、流石だね。耳のエーアイシンプトンにも分からないように作ったつもりだったんだけどね。実際シロガネのお兄さん以外、誰も気付いていないよ。」

「それで…サトル君はどうしようと思っているの?」

「ん?何の事?」

「うーん……あれはさ、何て言うのかな……。人を洗脳出来る音だよね?」

「うん。そうだよ。」

何の屈託もなく、あっさり認めたサトルに驚きつつも問い正してみる。

「それって危険な事だとサトル君は思わない?」

「どうして?僕は暴動を止めたいって言うアイに協力しただけだよ。」

「うん、そうか……いいかい?サトル君。人の心って、そういうやり方で変えてはいけないんだ。」

「そうなの?シロガネのお兄さんだって音を使って人の心を動かしたり変えたりしているよ?それと何が違うの?」

その言葉を聞いてシロガネは愕然とした。

確かにサトルの言っている事は間違ってはいない。

但し何と言うか……。

そういう事ではないのだと、どう言えばサトルに伝わるのだろうか。

初めて会った時のロボットのようなサトルがフラッシュバックする。

「うん、何て言ったらいいか……音って人の心を感動させるものであって欲しいって僕は思うんだ。それは洗脳とは違うものなんだよ。」

「そっか、分かったよ。ありがとう、シロガネのお兄さん。」

笑顔で自分を見送るサトルに少し不安を抱きつつも、気を取り直す。

自分の伝えたい事は伝わったはずだ。

サトルを信じよう。

そしてアイには黙っておこう。

サトルが分かったと言うのだから余計な波風を立てる必要はない。

それに自分さえ時間を作ればいつでもサトルには会えるのだし、彼がここから出られない事は百も承知だ。

そしてまた何かがあったらすぐ会いに来よう。

忙しいシロガネは次の仕事現場へ向かって行った。


感動と洗脳は異なるものだ。

そんな事くらいサトルも知っている。

でも、もしピアスの音を消したとして各メディアでのアイの訴えを聞いて心を揺り動かされたた人間がいたとしよう。

その訴えを聞いた人間の思考に変化があったとしたらそれも洗脳だ。

仮にピアスの音のみで人の心が動いたとしても平和な日常を取り戻す為のものなのに、この洗脳の何処がいけないと言うのだろう?

また、シロガネの歌を聞いて感動した者達はシロガネに洗脳されていないと言い切れるだろうか?

サトルの知るべき課題がまたひとつ増えた。

人の心は本当に謎が多い。

自分はアイの手伝いをしただけという意識は変わらないし、進化した人間やエーアイシンプトンズが住み良い世の中になれば良いと思っているのも事実だ。

明日は気分転換にタイキになり代わり外へ出てみよう。


朝というか、ほぼ昼前にサトルは起床してまずは部屋の窓を開けて空気を入れ換える。

ハイロに挨拶をして御飯の用意をする。

テレビの電源を入れて適当な番組を流す。

これはサトルの朝のルーティンだ。

テレビは自身にとっては無意味だがハイロの為に音と映像を流す。

たまに気になる映像が流れるとハイロはテレビに釘付けになる。

これが見ていてとても微笑ましく感じるのだ。

テレビのリモコンを手にハイロの好きそうな映像はないかチャンネルを次々と変える。

適当なチャンネルに設定してから椅子をテレビの前まで運んで座った。

すると御飯を食べ終えたハイロがピョンと膝の上に乗ってくる。

背中をゆっくり撫でられハイロも一緒にテレビ画面を見ている。

さて、出掛けるか。

サトルは椅子に座ったまま意識をタイキへ飛ばす。

タイキは既に起きていて家のベッドの上に寝転んで音楽を聴いていた。

タイキにスイッチしたサトルはおもむろに立ち上がり、クローゼットの前に行き着替え始める。

着替え終わると携帯電話を後ろポケットに入れて玄関を出た。

今日は何処へ行こうか。

適当に街中を歩き始める。

タイキの身体を使っている時にサトルはよく思う。

それは、この身体が何をするにでもとても軽いという事だ。

サトルも自身が持つ身長の割に体重は圧倒的に軽いのだがそういう意味の軽さではない。

階段ひとつ登るにしたって買い物をして沢山の荷物を抱えて歩くのにも、信号が変わりそうになって小走りするのにも…。

理由は知っている。

現実のサトルとは違う引き締まったバランスの良い筋肉と身体能力の高さ故だ。

それを実感しながら街中を抜けて公園に辿り着いた。

公園の芝生の上に座って深く息をする。

冷たい空気が鼻先にツンと刺さる。

同じ深呼吸でも普段の自分より沢山の空気を吸っている感じだ。

ひんやりとした冬の匂いが鼻から喉に流れていくのがわかる。

ハイロを連れて来られない事を残念に思う。


ふと、タイキの右手の薬指と小指に目をやる。

確かにこの指二本は間違いなくエーアイ機能を持っている。

しかし、エーアイシンプトンとしてどんな活躍が見込まれるのかと問われたらサトルでも返答に困る。

頑張っても右手の指二本だけをドリルのように動かしてせいぜい鉄板に小さな穴を開けられるとかくらいだろうか。

薬指と小指だけ異常にタイピング能力が早いとか…?

それならば、それ相応の機械を使った方がマシだ。

(こんなエーアイシンプトンもいるんだな…。)

それからサトルは公園内をぐるっと一周して食事を摂ることにした。

普段の自分は施設の職員達が利用する食堂で日替わりのランチを食べているが、メニューも当然の如く全てを食べ尽くし、いつも同じ色の壁と食器を見ながらそれを繰り返しているだけだ。

まぁ、死なない為の栄養は十分摂れているのだから

問題はない。

でも、食事をしながら雰囲気や風景に会話を楽しんだ事もない。

いつだったか誰かの脳の中で見た沢山の人で大きなテーブルを囲みながら皆で会話を楽しみつつ、食事を摂るなんて夢のまた夢だ。

今日は町外れの高台にある庭を一望出来るレストランで普段食べられない物を食べるとしよう。

レストランに到着すると席に通された。

見るとテラスがある。

あちらの席に移れないか訪ねると少し戸惑った店員が言った。

「でも、今日は少し寒いですよ?」

「構いません。」

「では…どうぞ。」

テラス席に着いて食事を注文すると店員がせめてこれでも……と膝掛けを用意してくれた。

確かに寒くないと言ったら嘘になるが、広い庭を一望出来て更にその向こうにある海まで見渡せるこの席は暖かい季節ならばこの店の中での特等席だろう。

食事を摂りながら景色を堪能していると、たまに潮風の香りがやって来て食事を更に美味しく感じさせる。

海岸に目をやると小さな人影が複数人でバーベキューをしている光景が見えた。

(あぁ、あれもいつかやってみたいな……。)

そう思った時に閃いた。

タイキに友達をつくってみたらどうだろう?

年齢の近いノーマル、エボリューター、エーアイシンプトン、男女問わず複数人の友達だ。

幼い頃に大切なあの人が言っていたサトルが学びたくても学べない、欠けているもの……。

それは、友達の大切さ。

でもあの人はこうも言っていた。

「友達っていうのは何歳になってもつくれるんだよ」と。

今ならそれが可能なのではないのだろうか。

そう考え始めると何故だか急に心臓がドキドキしだす。

デザートを食べながら友達のつくり方を頭の中で調べる。

情報を片っ端から引き出して色々と擦り合わせた。

既に友達については子供の頃に調べてシミュレーションした事もある。

結論としてはその時は上手くはいかなかったのだ。

十八歳の今もそれに関してはあまり進歩していないのもよく分かっている。

でも、今は少し状況が違う。

タイキがいるのだ。


まずは人が集まる所へ足を運んでみよう。

不自然ではなく自然と人と触れ合える場所……。

いくつか候補が挙がった。

一番簡単に思えたのは夜の盛り場だった。

サトルもタイキもアルコールは飲める年齢ではないのでアルコールの力を借りる事は不可能だが、とにかく人の集まる場所へ行ってその場の雰囲気を味わってみよう。

夜までは少し時間もあるので映画でも観て時間を潰そう。

ハイロの御世話は数パーセント残してきたリアルの自分がきちんとやっているが、今日は帰りが少し遅くなりそうだ。


映画も頭の中で観るよりは違った感覚で楽しめた。

大きなスクリーンと暗がりの中から聞こえる音。

映画に合わせて振動する椅子。

どれもサトルにとっては新鮮なものだった。

これも友達と一緒に観たらきっと楽しいのだろう。

夜まであと少し。

期待が膨らむ。

映画を観終えるとちょうど盛り場がオープンする時間になった。

オープン直後はそんなに集客していない事をデータでチェックしていたので夕御飯を食べてから向かう事にした。

繁華街の中にある適当な店を見付けて夕御飯を摂る。

この後の事が楽しみすぎて夕飯の味はあまりよく分からなかった。

さて、そろそろ良い頃合いだろう。

タイキは所謂クラブと呼ばれる場所へ足を運んだ。

入口まで来ると大きな音が反響し合っている。

足元から音の振動が伝わってくる。

取り敢えず中へ入り、ドリンクカウンターの前まで来た。

全身に音楽を浴びる感覚はシロガネのコンサート以来だ。

見渡すと暗がりの中に沢山の人が見える。

時折変わるライトの光に人々が照らされて音楽に合わせて身体を動かしている。

初めて踊っている人間を肉眼で見た。

サトルの視力よりもタイキの視力は優れていて暗くても遠くの方までよく見える。

大きな音に合わせて踊る人々を見ていると自分も踊りたいという感覚よりも雰囲気に圧倒されてなんだかクラクラしてきた。

冷たい飲み物を口に運んで気を取り直してカウンターに片肘を置きフロアを眺めていると一人の女の子が声を掛けてきた。

小柄で派手な服装。

明るい色のロングヘアにメイクもかなり濃い。

この外見はサトルの統計だと遊び人に分類される。

「ねぇ、お兄さん。あんま見ない顔だね、初めて来たの?」

「あ、あぁ、まぁね。」

「ふーん、そうなんだ。」

「…………。」

「踊らないの?」

「……僕は、いいよ。」

「えーっ?じゃあ、何しに来たの?」

「いや、雰囲気を楽しみに…。」

「ふーん。楽しい?」

「……まだ分からないな……。」

「そっかー。ね、私達の所で一緒に飲む?」

「…なんで?」

「えっ?なんでって、お兄さん暇そうだったし……。」

「そっか、ありがとう。」

「じゃあ、こっち来て!」

フロアの右奥の階段を登る彼女に付いて行く。

先程はあまり気付かなかったが、後ろを歩くとかなりキツい香水の匂いがする。

「こっちだよ。」

フロア全体が見渡せる二階のガラス張りの部屋にはソファー席が設けられていてその一画に彼女は歩いて行った。

向かい合った三人掛けのソファー席には本来ならば六人座れるはずだが既にカップル二組が向かい合う格好で座っていてソファーに空きがあるようには見えなかった。

彼女の足がそこで止まる。

「誰?知り合い?」

タイキの顔を見た男が彼女に訊ねる。

「んー、っていうか今さっき知り合ったの。」

「ふーん。あ、初めましてー。」

女の肩に腕を回した男がタイキに挨拶をしてきた。

「あ、こんばんは。」

挨拶し返すと

「まぁ、座って、座って。」

軽い口調で手招きされ、男の目の前の席に座るよう促された。

知らない男女二人の隣に座る。

三人座るともういっぱいいっぱいだ。

黙って座っていたら隣の男女はフロアへ向かって行ってしまった。

隣ががら空きになったソファーに一人で座る格好になり、飲み物を飲んでいると目の前の男とまた目が合う。

「ここは初めて?」

「あぁ、はい。」

「そんな、堅苦しいなぁ。タメ語でいいよー。んで名前なんて言うの?」

一瞬サトルと言いかけ、慌てて言い直す。

「あ、僕はタイキ。」

「タイキかぁ、俺はハヤト。よろしく!」

「あぁ、よろしく…。」

先程の女の子が割って入る。

「やめてよー、私だってまだ自己紹介してないのにー!」

「あっ、ごめん、ごめん。」

ハヤトと名乗る男の横に先程の女の子が座り、タイキに話し掛けてくる。

ハヤトはちょうど女の子二人に挟まれる状態で座っている。

「タイキ君って言うんだね、あたしはレアって言うの。」

「なぁ、レア。お前ホント面食いだなー。」

「えーっ、そんな事ないよー。やだなぁ、ハヤト。本人目の前にしてそんな事言わないでよー。」

今座ったばかりのハヤトの横からレアがタイキの横に移動してきた。

「隣、いいよね?」

「あぁ、うん。」

「ごめんねー。見ての通りなんだけど、あたしだけ女一人であぶれちゃったの。そしたらみんなが誰か下で話し相手探して来いって言うから暇そうにしてたタイキ君に声掛けちゃったの。嫌だったかな?」

「いや、そんな事ないよ。」

「ホントにそう?なんかタイキ君、あんまノリ良くないみたいだし…。」

ダメ出しを食らったタイキは取り敢えず、雑談をしようと話を切り替えた。

暫く取り止めのない話が続く。

フロアから戻ってきたカップルも交えて時折笑い合い他人に話を合わせたり、ハヤトの話に共感を示してみたり、色々質問されたり……。

不思議な時間はあっという間に流れた。

そろそろ帰る時間だ。

タイキはその場の皆に挨拶をして帰ろうとするとハヤトとレアが出口まで付いて来た。

「ちょっと待ってー、タイキ君。連絡先交換しようよー。」

「あっ、俺とも交換しようぜ。」

「あぁ、うん。分かった。」

電子マネー以外で殆ど使う事がなかった携帯電話に二人の名前と連絡先が登録された。

「俺ら、週末は大抵ここに居るからさ、またここで会おうぜ!連絡くれよな!」

「ね、私が連絡したら返事ちょうだいね!」

二人に見送られタイキは家路に着いた。

なんだか凄く疲れた。

タイキはシャワーを浴びるとベッドに直行した。

そしてサトルは自分の身体に戻りいつもの自分の部屋の中に帰って来た。

時刻は真夜中の二時過ぎ。

ハイロはすっかり眠っていた。

起こさないようにそっとベッドに入って今日一日を頭の中で整理し始める。

どうやら自分にもというか、タイキに友達が出来たようだ。

いや待てよ?まだ友達とは言えないだろう。

知り合いといった所か。

この日から毎週末にタイキにはクラブへ通うというスケジュールが出来た。

それを考えているとなんだか胸が高鳴るような感覚になる。

近くハヤトとレアの二人には連絡を入れてみよう。

さて、連絡を入れた時の第一声は何て言えばいいかな?

そんな事を考えながらサトルは眠りに就いた。

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