穴の8 違います
雑踏のざわめきで目を覚ますと周りには通勤中のサラリーマンや通学中の女子高生が溢れていた。
はっと飛び起きると同時に手に持ったお汁粉の空き缶に目がいく。
座っていたはずの青いベンチは紫外線による劣化で白っぽく変色した薄ピンクのものに変わっていた。
時計に目をやると出社の時刻が迫っている。
僕はあわてて立ち上がって会社に向かう電車に乗り込んだ。
電車が発信して自動販売機を横切る時に思わず注意深く自販機を観察すると、そこにはお汁粉など置いていなかった。
あらためて手に持ったお汁粉の空き缶を凝視してから、僕は中に残ったお汁粉を一口で飲み干した。
そこそこ混み合った電車の中で僕に注意を払う人など誰もいなかった。
ほとんどの人が携帯の画面を眺めて、他人に対して素知らぬ振りを決め込んでいる。
そんな人々を眺めていると小さな男の子が僕のことをじっと見つめているのに気が付いた。
「僕。どうしたの?」
気持ちの悪い笑顔で話しかけた途端、男の子は僕を指さして大声で泣いた。
「痴漢ーーーー!!!」
人々の視線は一瞬で携帯の画面から僕に向いた。
「ち、違います」
僕は吊り革を握っていない方の手で、つまりお汁粉の缶を握った手を、顔の前で大袈裟に振って身の潔白を訴えた。
ちょうど次の駅に着き、ドアが開いた。
男の子のお母さんは僕のことを凄い目で睨みつけてから、子どもの手を引いて降りていった。
まだ数名がこちらを見ていた。
「ほ、ほんとに違いますから!!」
たまたま目があった女性にそう言うと、彼女はサッと顔を伏せて携帯の世界に戻っていった。
「ほんとに違いますから…」
ぼそりとつぶやいて僕は窓の外に視線を移した。
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