台風のおとしもの
台風到来
今年の夏はなかなかにしぶとい。
何しろもう十月になると言うのに、未だに台風様が日本列島に押しかけてくる始末である。明日は大型の台風が上陸するおそれがあるため、午前は休講になると告げられ、教室は常になくざわついていた。
「これも地球温暖化の影響かねぇ......」
妙にもっともらしい口調で甲斐が言うと、教室のそこかしこで「似合わね~」と笑い声が上がる。とは言え陰にこもった響きはなく、そのまま話題が明日の午前の過ごし方に移ったので律は安堵した。
人にきちんと興味を持って向き合うと決めてから、他人の言葉の端々に悪意がないかが妙に気になってしまう。自分に対しても、他人に対しても。
「律も一緒にやらない?」
「ごめん、何の話?」
「あれ?荻野、APAXやったことないの?」
「うん、うちゲーム機ないから……」
親がアナクロでさ、と苦笑して見せる。パソコンでもできるんだぜ、と調子よく教えてくれるクラスメイトは、かつて律を歩道橋から突き落としたことがあるのはきれいさっぱり忘れているようだ。
まぁ、そんなものだよな、と内心苦笑しながら、親切ごかして教えてもらったパソコンへのインストール方法をメモする。甲斐のように、人を傷つけた事を何年も引きずって自責の念を抱くものは少数派なのだろう。
(どうしてもこんな人間と付き合わなければならないものなのか)
あやかし相手の方が裏表がなくて付き合うのが楽だ。そう思いかけて、つい先月の事を思い出す。
土鬼の一件のあと、律は尾崎に「甲斐を故意に結界内に入らせて卵を孵したのではないか」と詰め寄った。しかし、尾崎は否定も肯定もしなかった。ただ一言、「俺は司に律を頼まれたから守っている。他の人間のことは知らない」と釘を刺された。
律の父が死んで以来、尾崎だけが不思議なものを見る律に寄り添ってくれた。力の弱いあやかしが人間の悪意に踊らされたり、律の霊力に酔って襲ってくるたびに、あるいは庇ってあるいは敵を喰らって、律を守って来たのだ。その尾崎のことを素直に信じられないのは辛い。
その一方で、なぜか甲斐の事は信じても良いような気がしてきた。ささいな一言で律を傷つけ、追い詰めてしまったことを何年も悔やんで自責の念に悩んでいた甲斐。自分が赦されることではなく律が他の人間と向き合って良好な関係を築くことを望んでいた。
(多少しんどくても、少しずつ人と向き合おう。裏表のない相手とだけ付き合うのではなく、自力で裏表を見抜けるようにならなければ)
律なりに決意を固める秋の一日であった。
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