一件落着

 しばらく呆然と土鬼たちのいたあたりを見ていた律は、ふと甲斐の肩に滲んだ血に気付いて我に返った。


「甲斐、早く手当てしないと……傷口が大きいから、化膿したら大変だ」


「ん……ああ、確かになめときゃ治るって訳にはいかなそうだな。悪いが律ん家に戻って手当てしてもらえるか?」


「駄目だ、ちゃんと病院に行かないと。母さんに車出してもらうから、とにかく家に戻ろう」


 少し顔色の悪い律が甲斐の手を掴んでぐいぐいと引っ張る。焦るあまりにつんのめりながら家に駆けこむと、母に車を出してもらった。


「ごめん……俺の認識が甘かったせいでこんな怪我をさせて……」


「何言ってるんだ。俺が遊び半分で結界を壊してしまったのが悪かったんだろう?」


「それはそうだけど……」


「それにしても、律の父さんってずっと前に亡くなったよな? 今まで壊れなくて本当に良かったな」


 何気ない甲斐の言葉に律はハッとした。律の父、司が病死したのは今から十年以上前のこと。ちょっと人が入り込んだくらいで壊れるような脆い結界だったのなら、なぜ今まで壊れなかったのだろうか。


(この辺りにもタヌキやハクビシンなどはたくさん住んでいるし、人間だってあの竹林に全く立ち入らないわけではない。どうして今まであの竹垣に入り込む者がいなかったんだろう)


「まさか……わざとやらせた……?」


「どういうことだ?」


「尾崎が、今までは侵入者が結界に入り込まないように追い払ってたのに、今回はわざと立ち入らせたんじゃないかと……」


 青い顔で愕然がくぜんと呟く律の横顔に焦燥しょうそうの色を見て取って、甲斐は苦笑した。


「もしそうだとしても、俺が肝試しとかいって勝手に入り込んだ事には変わらないだろう? それに、尾崎さんが食べてくれたおかげでもうこの先の心配をしなくて良くなったんだから結果オーライじゃね?」


「……でも、甲斐がこんな怪我を……」


「このくらい大したことないって。俺丈夫にできてるし。それより律が無事で良かった」


 軽く背中を叩いてニカっと笑う甲斐に、律は膨れ上がった不安と罪悪感が急速に静まると同時に、何か別の感情で胸の奥がざわつきはじめるのを感じて戸惑う。


「もう変な事は起きないかもしれないけど、また遊びに来てもいいか?」


「……たまになら」


 屈託のない笑顔を直視できず、少しそっぽを向きながらも答える律の目元が少し赤くなっている事に気付いたのは、律の懐でくつろぐ尾崎だけだった。

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