食物連鎖

「律、あぶない!!」


 甲斐がとっさに律を突き飛ばすと、黒い何かが彼の肩に喰いついた。


「ぐぁっ!!」


 喰らいつかれ、肉を喰いちぎられた肩から血がほとばしる。律は驚きのあまり声も出せず、肩を押さえてうずくまる甲斐をただ見つめることしかできない。


「律!!早く逃げろ!!」


「な……なぜ……親が迎えにくれば、結界に戻れるんじゃなかったのか……」


「いったん結界が破られてしまったからね。そう簡単にはいかないよ」


 呆然と呟いた律に、肩に乗ったままの尾崎があっけらかんと言い放った。


「……っ!! それじゃ、甲斐が危険だ!!」


「自業自得だよ。勝手に人の家の敷地の結界に入り込んで、せっかく卵のまま眠らせていた土鬼の仔を孵してしまったんだから」


 身も蓋もない言い分に、律が焦った様子で訴えかける。


「そうかもしれないけど……早くあいつを何とかしないと甲斐が!!」


「なんで? 司に息子の……律の事を頼まれているから、律が襲われれば守るけど、あいつの事は俺は知らないよ。」


 冷たい拒絶に肚の底がきゅぅっと冷えた。

 甲斐が、自分をかばったために怪我をした。しかも、まだ狙われている。


 土鬼の仔は執拗に甲斐に飛びかかっては少しずつ肉を喰いちぎる。

 苦鳴をあげる甲斐の額にびっしりと脂汗が浮かび、尋常ではない痛みに耐えている様子が見て取れる。


「もとはと言えば父さんが見つけて封じたあやかしだろ? それが他人を傷つけるなんて、父さんが許すはずはない!!」


 律が必死に叫ぶと尾崎は面倒くさそうに後足で頭をかいた。


「司に頼まれたのは律を守る事だけなんだが」


「自分が封じたあやかしが人間を傷つけるのを黙って見てたって、父さんが知ったら嫌われるんじゃない?」


 できるだけ辛辣な顔を作って自らの肩の尾崎を睨みつける。


「あ~あ、しょうがないな。まぁ、俺も腹減ってるからちょうどいいけどね」


 尾崎は律の肩から飛び降りると、大型犬ほどの大きさの狐の姿になった。

 ふわふわの茶色の毛並みにだいだい色の瞳、二股に分かれた豊かな尾。


 蛇のような姿で俊敏しゅんびんに飛び回る土鬼の仔に無造作に飛びかかると、そのまま一飲みに喰らってしまう。

 またたく間に土鬼の仔を平らげた尾崎は、逆上したように無音で襲い掛かって来た土鬼もばくりと一飲みにしてしまった。


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「あ~満腹」


 そしてあっけない幕引きに律と甲斐が呆然とする中、見事な尻尾をゆらりとゆらすと、実に満足げに丸くなったのだった。

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