隔意
退院後、律は遠巻きにされながらも常に穏やかに振舞っていた。
話しかけられれば静かに微笑みながら会話に応じるが、誰に対しても必要以上に踏み込まれないよう、やんわりと一線を引いて接して、自分から関わるようなことは決してしない。
いつしか、律にはとりたてて疎まれる訳でもなく、かといって慕われる訳でもなく、いてもいなくても変わらない空気のような扱いが定着していった。律自身もその扱いを望んでいるようで、誰に対しても一歩引いて接する態度を見るたびに、甲斐はたまらなく切なくなった。
(俺が気持ち悪いなんて言ったから……)
あれから十年、懲りずにまとわりついては親しくなろうと試みたが、その都度やわらかな笑顔で一線を引かれ、むなしく引き下がるしかなかった。避けられているわけではないが、少なくとも友人だと思われていない事だけは確かだ。
(俺じゃなくてもいい、誰かと親しくなって欲しい。人間に関心を持ってほしい)
だから、今こうして律が自分を気遣ってくれているのがたまらなく嬉しい。たとえ好意は持たれておらずとも、関心だけは持ってくれている。目の前で浮世離れした儚げな笑みを浮かべる彼の、その瞳に自分が映っているだけで、何とも言えない感慨が込み上げてきた。
「律が俺のこと心配してくれてほんとうれしーよ」
「澤地はいつも大げさだな」
苦笑する律の声にかすかに煩わし気な響きを聞き取って甲斐の気分が急降下する。このままでは余計な事を口走ってしまいそうだ。
「大げさなんかじゃねーよ。俺、律に気にかけてもらえる資格ないって思ってたから」
「……どういう意味だ?」
ついに言ってしまった。口にするつもりのない言葉が勝手に零れてしまった。
「だって……律がやんわりと人を避けてばかりいるのって、俺のせいだもん」
一度口をついて出てしまった言葉はもう止まらない。
「お前、何を言って……」
「歩道橋で落とされたのも、ずっと嫌がらせされてたのも……俺が気持ち悪いなんて言ったから……」
律はいぶかし気に瞬きを繰り返したが、ふいに納得が行ったように自嘲気味に笑った。
「実際、気持ち悪い奴だったから仕方ないだろう」
ああ、だから言うべきじゃなかったんだ。
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