報い

 歩道橋から落下した律は、うずくまったまま動けないところを通りがかった近所の大人に発見され、救急搬送された。左脚を複雑骨折しており、当分入院生活を送ると言う。当然ながら傷害事件として捜査が行われることになり、蹴り落としたお調子者は警察官と先生にこってりと絞られた。


「ちょっとしたジョークなのに、トロい荻野が悪い」


「せっかく構ってやったのに、いじめたみたいに言われるのはひどい」


 お調子者はさんざん喚いて自己正当化をはかったが、さすがにまともに相手にはされなかった。とはいえ、まだ小学一年生のこと。特に罪に問われる事も、保護者が慰謝料を払う事もなく、親に無理やり病院に連れて行かれて頭を下げさせられるだけでこの小さな事件は終わったかに見えた。


「俺は悪くないからな!」


 謝罪に来たはずにもかかわらず、懲りずに病室を出る時に喚いていたお調子者は、その帰りに病院の階段から落ちて左脚にヒビが入った。


「萩野のせいだ!あいつがやったんだ!」


 松葉杖をついて登校したお調子者はさんざんに喚いたが、入院中の律が何かできる訳もない。とはいえ、こどもたちは因果応報としか言いようのない事故に何とも言えない不気味さを感じざるを得ず、「萩野をいじめると呪われる」という噂がまことしやかに流れるまでさほど時間はかからなかった。


 甲斐は両親にいじめにかかわっていたのではないかと問いただされたが、知らぬ存ぜぬを通してしまった。実際、嫌がらせには一切関わっていないし、階段の件もただ立ち尽くしていただけだ。突き落とした訳でも、一緒になって騒いでいたわけでもない。それでもどうしても後ろめたくて、一度だけ律の見舞いに行った。


「ごめん!」


「何が?」


 勢いよく頭を下げる甲斐に、律は心底不思議そうに言った。


「えっと……階段のこととか」


 曖昧に口ごもってしまった甲斐に律は淡々と言う。


「君はただ立ってただけだよね」


「で……でも」


「別に君を恨んだり呪ったりしてないから安心して。だから謝る意味ないよね」


 とても同い年とは思えない大人びた言葉に徹底した無関心。甲斐はそれ以上何も言えず、打ちひしがれて病室を後にするしかなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る