第26話不死身青年と旅人童女の追憶Ⅷ

 そう言いながら、その見ず知らずの派手な女性は、僕のことをジッと見る。


 ジッと見ながら、うっすらと口元に、微笑を添える。


 そしてそこまで見てようやく、僕はようやく、目の前の人物がどんな人間であるのかを、理解した。


「専門家......ですか......?」


 そう僕が尋ねると、その女性は口角を上げて、言葉を紡ぐ。


「やっと喋ったね~いいじゃないか。そっちの方がずっと良い」


 そう言いながら、こちらのことを完全に、完全に掌握している様なその女性ヒトの瞳は、僕のことをジッと捉えて、放さない。


 だから僕は、ただ思っていることを正直に、知っていることを洗い浚い、全て口にしたのだ。


「だって、どういう訳かは知りませんけれど、僕の考えていること、全部あなたに筒抜けなんですよね?それに僕のこと『不死身の兄ちゃん』って、そう言っていたじゃないですか......」


「あぁ、たしかにそう言ったよ?だってその通りだろ?」


「そうですね......でもそれを知っているのは、僕のことを知っている、僕が人間でなくなったことを知っている、数少ない人達です。それに貴方のその感じは、僕の知り合いにすごく似ているんです。僕の様な異人を、専門的に管理する専門家......」


 そこまで言葉を口にして、そのあと少しだけ迷って、しかしもう、ほとんど確実にそうだろうと思ったから......


 だから僕は、彼の名前を口にして、もう一度尋ねた。


「あなたも、相模さんと同じ、異人を専門的に管理する、専門家なんですか?」


 しかしそう尋ねた途端、僕の耳元にとてつもなく速い銃弾が通過した。


 いや、正確には......


 僕はそれが銃弾であることを、すぐには理解できなかった。


 すぐに理解できたのは、騒音と火薬の匂い。


 そしてその後に、いつの間にか、さっきまではその女性の手元になかった筈の、小さなピストルが視線に入って......


 そこまでを感じて、そこまでを見てようやく、僕は自分の耳元スレスレの所に、銃弾が通過したことを、理解したのだ。


 そのすぐ後に、目の前の女性は言う。


「あぁ、不死身なら当てても良かったなぁ......いつもの癖でつい外しちまったぁ~」


「......っ」


「まぁでも、アタシをあんな、未だに自分の事を『専門的に管理する専門家』だなんて......そうやって、高い所からモノを見下ろすような役目をしている様な、自分では何もしない様なド三流と、同じ括りにしようとした罪は、万死に値するんだよ、兄ちゃん」


 そう言いながら乱暴に、僕の髪の毛を掴んで......


 今度は確実に当たる様に、僕の口に、そのピストルの銃口を突っ込んで、その女性は言う。


「人の口に戸は立てられねぇらしいが、銃弾くらいはなんとかなるんじゃねえかな~どう思うよ、兄ちゃん」


「......」


 どうもこうも、話せないんだけど......



薄暗いこの場所では、相変わらず今の時刻がわからない。


 僕が記憶している、最後のまともな時間帯は、明るくて暑い、そんな昼過ぎ頃だったかもしれない。


 いいや、昼前だったかな......


 まぁ、どっちでもいいか......


 少なくとも夕方とか、深夜とかではないのは確かだ。


 もしかしたら、今がそれくらいの時間かもしれない。


 そんな風に思いながら、僕は髪の毛を掴まれながら、銃口を口に入れられている。 


 そしてそんな、口を利けないような状態で続く数秒の沈黙の後に、派手なその女性は、「あぁ悪い悪い、これだと話せないよな~」と言いながら、僕の口に刺し込んでいた銃口を外して、僕の髪の毛から手を離す。


 そしてその動きの流れのまま、チラリと左腕を見て、その女性は僕に告げる。


「今はだいたい18時頃か......そろそろ夕飯時だな。兄ちゃん、何が食べたい?」


「......(絶句)」


「どうした?そんな鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をして」


 そう言いながらこちらを見るその女性の表情は、さっきまでと、一切何も変わらなかった。


 そして僕から見れば、それがとても不気味に見えたのだ。


 こちらに銃口を向けていた......っというよりも、僕の髪の毛を掴んで、口の中に銃口を突っ込んでいた時の表情と、それらを解いて、今僕に対して語りかけている時の表情に、一切境目が、変化が、なかったのだ。


 そんな風に思いながら、僕は慎重に口を開く。


「言い得て妙なことを言いますね。喰らうというよりも、食らいそうでしたけれど......ってか、そんなことよりも......えっ、なんですか?もうそんな時間なんですか?道理でお腹が空いたと思ったら......」


 そこまで言いながら、僕は自分が、現在進行形で口走っていることに気が付いて、口を噤む。


 そしてしばらくの間、また沈黙が、二人の間に横たわる。


 しかしそんな僕を見て、女性はまた、語り掛ける。


「ほぅ......少しは賢いんだなぁ、兄ちゃん。ちゃんと経験を活かしている。賢者は歴史に学び、愚者は経験から学ぶと言うけれど、アタシに言わせれば、そんなのは大した差ではない。要は、他人から学べるか否かってことだろうけれど、どうせ皆、自分が大事だ。自分がした経験からしか、自分が感じた痛みからしか、ほんとうの意味では学べない。あぁ、そういう意味で言うなら、兄ちゃんのその身体は、愚か者には打って付けの代物なんだろうなぁ......」


 そう言いながら、僕のことを見て、口元に変わらず、微笑を浮かべるその女性に、僕はもう一度、言葉を紡いだ。


 今度こそ、慎重に。


「とりあえず、まだ訊いていなかったので、名前を訊いてもいいですか?」


 その言葉の後に、その女性は躊躇なく、引き鉄をひいた。


 そしてその後に、その女性は口にする。


「相模 佳寿(さがみ かずは)だ、あのド三流とは似ても似つかない、双子の姉だ、よろしくな、不死身の兄ちゃん」


 ......情報過多だろ......コレ......





 


 

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異人青年譚 kumotake @kumotake

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