第25話不死身青年と旅人童女の追憶Ⅶ

 泊まっていた宿がある熱海市から、数キロほど離れた所にある三島市には、雄大な景色を見渡すことができる観光地が存在する。


 その場所のメインは日本最長の大きな吊り橋で、その橋を渡りながら眺める光景は、まるで空の上を散歩しているかの様な感覚を味わえることから、『三島スカイウォーク』と呼ばれている。


 もちろん僕も、そのくらいの観光地があることくらいは、この旅行がある前から知っていた。


 しかしまさか、自分がその場所に来ることになるとは正直思っていなくて、端的に言ってしまえば、あまり心の準備をしていなかったのだ。


 だって、まぁ......


 いくら車で数十分の所にあるからと言っても、それでもやはり、目的地の場所からはズレた所にあるわけだから、行くはずがないだろうと、そう思っていたのだ。


 そしてそうなると、どうなるか......


「いやいやいや、高い高い高い、怖い怖い怖い」


 そう、こうなるのだ。


 吊り橋の中央でしゃがみ込み、足を震わせて、しかし両手で、尋常ではない程の力で手すりを掴む、そんな僕の情けない姿を見て、柊はうんざりとした表情でこちらを見る。


「あの......荒木君、いくらこういう場所が好きだからと言っても、あまり変に騒ぎすぎると、周りのお客さんにも迷惑だから、その、静かにしてくれるかしら」


「どう見たらそう見えるんだよ!!普通に怖いよ!!」


「えっ、だって荒木君でしょ?煙と荒木君は高い所が好きなんじゃないの?」


「さては柊、僕のことバカだと思っているな!」


「ちがうの?」


「もういっそのことそう言ってくれ!!」


 そう言いながら、風で揺れる吊り橋に怯えながら、僕は足元を見る。


「まさかここまで高くて下が丸見えだとは思わないだろ!?ダメなんだよ僕、こういう高い所で、尚且つ安全が保証されていない所!!」


「騒ぎ過ぎよ......いや本当に......そんなに古い吊り橋でもないし、むしろ安全面はかなり配慮されている方なのよ?それともなに?高い所が苦手で乗り物酔いもするなら、いっそのことあの山の麓にある遊園地にでも行く??」


 そう言いながら柊は、僕が必死で掴んでいる方の手すりから見える、日本一高い山を指さす。


 そんな柊からの、嫌がらせ以外の何者でもない様なその言葉に、僕は必死に対抗する。


「どんな嫌がらせだ!!そのまま確実に廃人になるわ!!」


そう言うと嬉しそうに、柊は僕のことを見ながら言葉を返す。


「そうね、でも......」


 そんな風に、わざとらしく言葉を切って、安全が保障されている筈の吊り橋を、絶対にわざとだろうけれど、僕の前でジャンプして揺らそうとしながら、こちらを見つめて、言葉を続ける。


「死なないんだがら、いいじゃない」


 悪魔のような、綺麗な笑みを浮かべて......



 命辛々、ようやくの想いで吊り橋を渡り切り、休憩が出来そうなベンチで力なく腰掛けている僕に対して、相変わらずの冷たい視線を浴びせながら、柊は言う。


「だらしないわね、ほんとうに。この程度のことでそんなにぐったりするなんて......」


「悪かったな、苦手なモノは苦手なんだよ」


 そう言いながら、僕は彼女とは視線を合わさずに、目の前に広がる露店だとか、家族連れの楽しそうな人達とか、そういう、ありふれた風景に視線を向ける。


 しかしそんな僕に対して、柊はさらに言葉を続ける。


「そんなに苦手なんて、ほんとうに意外......だってあの子を助けた時は、23号館の屋上から、飛び降りたんでしょ?」


 そう言いながら、彼女は僕の隣に座る。


 そしてそんな彼女の言葉に、彼女が指す『あの子』という言葉が、『佐柳琴音』のことを指していることを理解しながら......


 彼女が言う『23号館』という言葉が、ウチの大学の建物であることを、僕が琴音に対して、『ヒドイことをした場所』であるということを理解しながら......


 あの時のことを思い出しながら、僕は彼女に投げ掛ける。


「......相模さんに、聞いたのか?」


「えぇ、そうよ。あの人は、あなたに関することなら、なんでも知っているらしいの。だから訊いたの......私と会う前の、荒木君のこと」


 そう言いながら柊は、隣に座しながらも、僕とは視線を合わせない。


 だから僕も、そのままの状態で、言葉を紡ぐ。


「前に一度ファミレスで、僕からも話したと思うけれど......」


「そうね。でもあの時は、そこまで詳細なことを、あなたは言っていなかったわ。まぁ私もその時は、事細かく聞く程、興味はなかったけれどね......」


 そう言葉を切って、彼女は僕の言葉を待つ。


 だから僕は、自分があの時にしたことを思い出しながら、言葉を返す。


「そっか......まぁ、そんなにいい話でもないからな......」


「そうね......でも、流石だなって思ったわ。だって、誰にでも出来ることじゃないでしょ?自分の考えとか願いとか、そういうモノを、垢の他人に強要するなんてこと......まぁでもそのおかげ、あの子とあなたが、異常な体質も、正常な人間性も共用しているというなら、それは言い得て妙ね」


「......そうかもな。でも別に共用はしてないよ」


 そう言いながら、僕は柊の方を見る。


 すると柊は、薄っすら微笑を浮かべながら、僕に言う。


「あら、そうかしら......」


「......」


 そのわざとらしい言葉に、僕は敢えて、何も言葉を返さなかった。



「あれ......」


「なによ荒木君、急に立ち上がって」


 そう言いながら柊は、平然とした様子で、急に立ち上がった僕に視線を向ける。


 しかし僕は慌てながら、彼女には、柊には視線を合わせずに、辺りを見渡して、もう一人いた筈の彼女を、浴衣姿の女の子である若桐を探す。


 しかしながら、どんなに辺りを見渡しても、若桐の姿は見えない。


 そして、どうしてかはわからないけれど、何故だかこの時、僕の中には不安があった。


 なんだろう、名前を付けようにも付けられない、けれど経験がある様な、この得体の知れない不安は......


 そんなことを思いながら、僕は柊に、平然を装いながら、口にする。


「いや、さっきから若桐の姿が見えないから、どこ行ったのかなって......」


 そう言いながら、さっきまでの、ココに着いてからの状況を思い出す。


 そういえば、吊り橋を渡っていた時から、恐怖心があったせいか、その時くらいから、僕は彼女のことを、若桐のことを認知していなかった。


 いいや、違う。


 単純に、忘れていたんだ。


「......」


 そこまで考えて、僕は思った。


 そんなことがあり得るだろうか......


 だって、いくら怖いからって、いくら恐怖心が勝っていたからって、あんなにも特徴がある少女のことを、あんなにも、目立つような服装をしている彼女のことを......


 浮世離れした、まるで何かの物語にでも出てきそうな、若桐のことを忘れるなんて......


 そんなこと、あるのだろうか......


 そんな風に思いながら、僕は未だにベンチに腰掛けている柊に対して、視線を向ける。


「柊......」


「ん?どうしたの?」


「いや、だから......」


 そう言い掛けた所で、僕は自分の服の袖が、小さく引っ張られていることを感じる。


 だから柊に言う筈だった言葉を切って、後ろを振り向く。


「あの......すみません、ちょっと迷っちゃって......」


 するとそこには......


「......」


 浴衣姿の少女が、立っていた。


「あの......荒木さん......?」


 そう言いながらこちらを見つめる、浴衣姿の少女が、若桐薫であるということに、そう認識することに、僕は少しばかり、時間を要した。


「あっ、いや......ううん、なんでもないよ。ってか、何処にいたんだよ。探したんだぞ......」


 そう言いながら、若桐の方を見て、しかしその後に、彼女からは視線を外して、下を向きながら、僕は自分に言い聞かせる。


 大丈夫だ。


 ちゃんとこの子は、ココに居る。


 どうしてそんなことを考えているのか、まるでわからないけれど、しかしそれでも、現に今は、そんな風に感じてしまっているのだから......


 だから僕は、自分に言い聞かせる。


 大丈夫だ......ちゃんと居る。


 そんな風に思いながら、もう一度視線を若桐にも戻すと、そこにはベンチに座って居た筈の柊が、若桐の頭をやさしく撫でながら、やさしく言葉を掛ける、そんな光景が目に映る。


「まったく......いきなり居なくなったら、心配するでしょ」


 そしてそれに対して、若桐は笑いながら、答える。


「そうですね、ごめんなさい」


 そしてそんな二人の、当たり前の様な光景を見ながら、僕は思う。


「......」


 なんであんなにも、不安だったのだろうか......



「荒木君って......やっぱりロリコンなの?」


 そう言いながら柊は、僕のことをジッと見る。


「......違いますって、一体何度言えばいいのだろうか、僕は......」


 そう言いながら僕は、そんな柊とは決して視線を合わせずに、店の天井に視線を向ける。


 しかし柊は、そんな僕に対して、その視線のまま言葉を返す。


「でもたぶん、今そんなことを言っても、全く説得力がないわよ?」


「それはお前が、こんな所に連れて来たからだろ。僕だって、居たくて居るわけじゃないんだ。それなのにロリコン呼ばわりされるなんて、濡れ衣もいい所だよ」


「こんな所って、失礼ね。ココは静岡県有数の観光地の一つ。そんな言い方をされる様な所ではないわよ?それに荒木君、ココに来たのは、貴方の為でもあるんだから」


「はぁ?どういう意味だよ」


「だって貴方、さっきの場所だと帰りも喚いていたじゃない。だから場所を変えたのよ」


「......」


「それにこういう場所、貴方普段は行かないでしょ?」


 そう言いながら柊は、僕から視線を外して、辺りを見回す。


「そりゃあ、たしかにこういう場所は、一人ではあまり来ないけれど......」


「へぇ~じゃあたまには来るのね」


「......っ!?お前、さてはハメただろ!!」


「さぁ、何のことかしらね~」


 そう言いながら柊は、楽しそうな表情をしながら、僕の方を見る。


 そしてその後に、数秒間を置いたタイミングで、柊が動き出す。


「あぁ、終わったみたいね、薫ちゃん。私たちのこと、キョロキョロと探しているわ」


「柊、お前が行ってやれ、僕は外で待っているから......」


「あら、見なくていいの?」


「見たいけれど、それ以上に、ココに居たくない......」


「まったく、強情な男ね......」


「ほっとけ」


 そう言い残し、僕はその店の外に出る。


 店の外は、店の中よりも、人の声で賑わっている。


 けれど唯一違うのは、さっきまでの、店の中で感じていた、心地よい冷たい空気はまるでなくて、むしろ蒸し暑く、日差しが照りついていて、刺される様な熱さを伴っていることだ。


 もしもこんな場所で、仮に僕が、吸血鬼の異人だったら、きっと想像以上に早く、想像するよりも容易に、蒸発しているだろう。


 なんせ今でさえ、僕はそんな感じなのだから......


 そんな風に思いながら、見渡す限り人が多い、しかしそれに負けじと多い、様々な店が立ち並ぶこの施設は、さっきよりも少しだけ楽しめそうだと、そんな風にも思っていたのだ。



「荒木さん、お待たせしました」


「あぁ、べつに大丈......ぶ......」


 そう言いながら、振り返り様に見た若桐の姿は、あの浴衣姿とはまた、打って変わって、異なる様な、異質な程に、異常な程に、目を引き付ける程の魅力が確かにあった。


 だから僕も、少しの間だけ、言葉を失った


「あの、どうですか......?」


 そう言いながら、ゆるりとヒラメク彼女の服装は、もしかしたら僕が知らないだけで、今どきの女性であるならば、着こなせて当然の服装なのかもしれない。


 けれど、淡い水色のロングスカートに、柊が今着ている様な、白いTシャツ、それにその服に合わせたのだろう、少しだけ高さがある様な、綺麗な靴。


 それらを身に着けた若桐の姿は、さっきよりも一層、現実味が帯びたが故に、より近付き難さが際立ったような......


 どんな風に触れていいのかわからない、ガラス細工の様な、そんな綺麗さや儚さを、感じてしまう。


 だから僕は、言葉を選んで慎重に、若桐に言葉を返す。


「あぁ、とっても綺麗だよ。若桐」


 まぁ、言葉をそこまで多くは知らない僕だから、結局こういう、飾り気のない言葉になってしまうけれど......


 そう思って、少しばかり自分の語彙力の無さを悲観していると、そんな僕の言葉に対して、若桐が言葉を返す。


「......そうですか、よかったです」


 そう言いながら、少し俯いて、早足でまた別の店の方に行ってしまう。


 そんな若桐の姿を見て、年相応の女の子の行動に、少しばかり安心していると、後ろから肩を叩かれる。


 そして振り返ると、僕のことを見ている柊の姿が、そこにはあった。


 けれどその視線は、さっき僕に浴びせていたモノと同じで......


 いや、それよりもさらに、嫌悪感が増している様な......


「......なんだよ?」


「......べつに、まぁ一言あるとすれば、貴方それを素でやっているのなら、そのうちに痛い目に逢うわよ?」


 そう言いながら、さらに冷たさが増した彼女の視線を、意識して気にしない様にしながら、僕は言葉を返す。


「......なんのことかわからないけれど、僕は自分が知っている数少ない言葉の中で、一番適したそれを言ったまでだよ」


 そう言いながらもう一度、僕は若桐の方を見る。


 視線の先の彼女は、さっきと変わらずに、様々な店のショーウインドーを、目を輝かせながら眺めている。


 そんな若桐の姿を見て、僕は隣に立っている柊に、問い掛ける。


「なぁ、柊」


「なに、荒木君」


「若桐ってさ、周りと違うのは服装と雰囲気くらいで、それ以外はちゃんと、普通の女の子なんだよな......」


「そうね、どこにでも居る様な、可愛い洋服でハシャグ様な、普通の女の子に、私からは見えるわね......」


 そんな風に言葉を紡ぐ柊の声は、まるで若桐に向けている様な、優しい声色になっていて、そして僕は、そんな柊の言葉に、とても安堵したのだ。


 だから僕は安心して、言葉を返そうと、隣の彼女に視線を向ける。


「そうだよな、やっぱり......」



『そんなわけねぇだろ、バ――――――――――――――――――――カ』



「......は?」


 さっきまで居た様な、明るくて暑い、そんな場所には居なかった。


 むしろ少し寒くて、とても暗い、何処かの廃ビルだろうか......


 いや、けれど廃ビルなら、電気は通ってないと思うから、こんな寒さを感じるのは、道理に合わない様にも思う。


「......」


 そんな風に思いながら、僕は自分の状況を確認する。


「......」


 今の状況をそのまま口にしてしまうと、些か信じたくはないけれど、しかしやはり自覚するために、それをそのまま口にすると、どうやら僕は、拉致監禁されている様だった。


「......いや、なんでだよ」


 そう呟きながら僕は、自分を拘束している物を、それぞれ見る。


 両足は手錠、後ろで組まれているから見えないけれど、触れている材質や、なんとなく理解できる形的に、たぶん両手も同じだろう


 それに加えて、胴体はガムテープだろうか......


 座らされているパイプ椅子の背もたれと一緒に、まるで荷物の様にグルグルと巻き付けられている。


「......いや、だからなんでだよ......」


 そんな風に、やはりどうやっても外れない拘束に、若干の諦めを感じていると、いつの間にソコに居たのだろうか......


「よぉ~不死身の兄ちゃん、元気そうだな~」


 そう言いながら、目の前に突如として現れた見知らぬ女性は、僕の頭を撫でまわす。


「......」


 いや、スゲーめっちゃ撫でるじゃん。


 っていうか......距離感。


 そんな風に思っていると、その女性は、僕の頭を撫でることを止めて、少しだけ離れて、しかし何故か仁王立ちをした状態で、腕を胸の前で組みながら、僕のことを見る。


「......」


「......」


 その女性の風貌は、今まで見て来たどんな人間よりも、派手だった。


 銀色の長髪を、後ろで一つに纏めているその髪型も、両耳に誂えた金色のピアスも、元々そうであったのかはわからないけれど、気味が悪い程に紅い瞳や唇も......


「......」


「......」


 辛うじて常識の域に留めているのは、着たことは無いからわからないけれど、多分この時期に着るモノではないような、上下レザーのセットアップだけだろう。


 どこに売ってるんだろう、そんな服......


「通販に決まってるだろ、こんな服」


「えっ?」


「まぁ探せば、こういうのを専門に扱っている店も、あるだろうけれどなぁ」


「......はぁ、そうですか......」


 そんな風に、目の前に居る見ず知らずの、派手な女性の言葉に応答しながら、僕は考える。


 なんだろう、この違和感......まるで......


「まるで自分が考えていることが、そのままアタシに伝わっている様なんだろう?兄ちゃん」


「......っ」


「安心しな、それは違和感とかじゃない。ちゃんとした実感だ。錯覚ではないから、ちゃんと自覚しろ。お前がさっきまで考えていたこと、アタシのことを見ながら、随分色々と考えていた様だけれど、それはそのまま、全部そのまま、リアルタイムで、アタシに筒抜けだから」


「......」


「何か言いたいことはあるかい?不死身の兄ちゃん」






 

 




 





  


 


 


 


 



 

 


  





 

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