第24話不死身青年と旅人童女の追憶Ⅵ

 そんな風に思いながら、僕は隣に座る彼女を見ていた。


 そして、だからだろうか......


 そんな風に見ている僕の視線に気が付いて、柊は言葉を紡ぎ出す。


「ねぇ......荒木君」


「ん?」


「私達、出会ってからもう一ヶ月くらい経つわよね......」


 そう言いながら、彼女は僕の方を見る。


 その視線が、いつもよりも少しだけ、妙に力が入っている様に見えたのは、きっと気のせいかもしれないけれど......


 それでも、きっと何かを、僕に伝えようとしているのは......


 それだけは何故か、たしかなことの様に思えた。


 だから僕も、柊に言葉を返す。


「そうだな......あの時は本当に、散々だったよ......」


「そうでしょうね、こんなわけのわからない女に、いきなり見境なく絡まれて、しかも散々、刃物まで突き立てられて、何回も、貴方のことを殺したものね......」


 そう言いながら、柊は一度言葉を切る。


 そして少しだけ間を置いて、まるで少しだけ、何か心の準備をする様にして、また彼女は口を開く。


「あの時は本当、ごめんなさい」


 そう言いながら、柊は僕の方を見て、頭を下げた。


 その彼女の姿に、その彼女の、唐突とも言える行動と言動に、僕はただただ、呆気にとられる。


 しかし彼女は、そんな風に呆気にとられている僕に対して、そこまで間を空けずに、続けて言葉を紡ぐのだ。


「......それと、ありがとう。荒木君。こんな私を、ちゃんと救ってくれて......」


 その彼女の口から出た、謝罪と感謝の言葉を聞いて、僕はどう反応するのが正解なのか、どんな言葉を返すのが正解なのか、わからなかった。


「......」


 わからなかったから、ただ、頭を上げた彼女の瞳を、見ることしか出来なかったのだ。


 けれどそんな僕を見て、彼女はからかう様な口調で、僕に言う。


「......フフッ、戸惑っているわね」


「そりゃあ......そうだろ。そんないきなり、いつもよりも真面目な声色で謝罪されて、しかもその後に、そのまま『ありがとう』なんて言われたら、誰だって戸惑うさ......」


 そんな風に、あまりにも正直な僕の言葉に対して、彼女は静かに笑いながら、言葉を返す。


「それもそうよね、でも荒木君。安心して、さっきの言葉には、何も裏はないから......」


 そう言いながら、今度は僕から視線を外して、目の前に広がる海に視線を向ける。


 そしてその景色を見たまま、隣の僕に、彼女は言う。


「ただ、あのときに伝えるべきだった言葉を、気持ちを、ちゃんと伝えたかったのよ。謝罪も感謝も、全部本心だわ。だから、素直に受け入れて......」


 そう言いながら彼女は、目の前に広がる海を見る。


 決して、隣に座る僕のことを、見ようとはしない。


 けれど、それでいいと、僕は思った。


 だからだろうか......


 僕も彼女に釣られて、彼女からは視線を外して、目の前に広がる海を見る。


 そして見ながら、とりあえずは、言葉を返す。


 簡単な、誰でも知っている、普通の言葉。


「......どういたしまして」



 時間経過(数分程度)


「ねぇ......荒木君って、もしかしてロリコンなの?」


「......」


 先程の、それもほんの数分前には、自分で言うのもアレだけれど、それなりにイイ雰囲気だったと思うんだ。


 それも別に、イカガワシイ意味でも何でもなく、これから先の未来に向けて、それなりの希望が持てる様な......


 一ヶ月前の、もう言ってしまえば、過去になっていた事柄を、ちゃんと清算して、清く正しく順序立てて......


 いや、別に順序立ててはいなかったけれど......


 それでも、それなりに、それ故の決着を着けて、ちゃんと思い出にしたはずなんだ。


 それなのに......


「どうしてこうなった!?」


 頭を抱えて、僕は本気で問う。


 いや、誰にだよって、話だけれど......


 しかしそんな僕に対して、数分前とは打って変わって、明らかに冷たい視線をこちらに向けている柊が、ちゃんと答えを返してくれる。


「どうしてって......荒木君がいきなり、私とそれなりにイイ雰囲気で海を眺めていたのに、たまたま通りかかったあの子を、あの浴衣姿の可愛い女の子を、ナンパしたからでしょ?」


 そう言いながら柊は、部屋の隅で小さく丸まっている、昨日と同様に、浴衣姿の若桐を......


 たまたまさっき、海を眺めていたタイミングで目に入ってしまった、浮世離れした存在感を放つ少女のことを、指差した。



 ちなみに補足を加えると、僕が若桐に声を掛けたのは、単に見かけたからと言うよりも、それなりに近い距離を通りすがった筈なのに、柊はおろか、若桐すらも、気付いて居なかったからだ。


 まぁ、柊に関しては無理もない。


 だって昨日、彼女と会って遊んだのは、僕と琴音だったのだから......


 だから柊が若桐に気付くのは、まぁたしかに、難しい話だけれど......


 それでも、若桐が僕に気付いていないのは、流石に不思議に思った。


 だからまぁ、声を掛けたのだ。


 そしてその後に、もうその後は、ただ単に部屋に戻るだけだったので、そのまま若桐も一緒に、僕達が泊まっている部屋に通したのだ。


 補足(言い訳)終わり。


 

「まったく......声を掛けるだけならまだしも、部屋に入れるなんて、一体どんな神経しているのかしらね、この男は......」


 そう言いながら、腕を組んで、仁王立ちをしながら、柊はこちらを睨む。


「いや、だって......昨日色々案内してもらったわけだし......それにほら、外けっこう暑いし......別に部屋に入れても、相模さんは何も言わないだろうし......」


 そう言いながら、僕は思った。


 ダメだ、今は何を言っても、言い訳にしか聞こえない。


 言っている僕でもそう思う。



「あっ......あの......」


 そんなタイミングで、あまりにも、良いとは言い難い、僕が言い訳をしているという、言ってしまえば最悪のタイミングで、ずっと様子を伺っていたのであろう若桐が、言葉を挟む。


「......あら、なにかしら、お嬢さん?」


 そしてそんな彼女に対して、取って付けた様な疑問符を伴いながら、柊の冷たい声が、言葉を帯びる。


 いや、もう明らかに、十代の女の子を相手にしている様な声でも視線でもないよ......怖いよ......もう普通に恐怖だよ......


 しかしそんな柊に対して、若桐は言葉を続ける。


「荒木さんは昨日、海岸で一人だった私に声を掛けてくれたんです。それでその......お昼ご飯をご馳走してくれて......一緒に熱海城に行って......あっ、あと......琴音さんって方も一緒に......だから......」


 そう言いながら、若桐は一拍置いて、言葉を選んで、それを言う。


「貴女が考えている様なことは、なにもしていない、ですよ?」


 その言葉を聞いて、僕も柊も、少しの間だけ無言になって、若桐のことを見ていた。


「「......」」


 きっと、その時に必死になって、僕のことを弁護しようとしてくれた若桐の言葉は、何も悪くはない。


 それにその言葉には、まったくと言っていい程に、嘘偽りは皆無で、本当のことしか言っていない。


 そう、だからきっと......


 だからきっと柊は、それを理解できる彼女は、あんなにも優しい声で、若桐に言ったのだ。


「......そう、わかったわ。じゃあ今日は、私とも遊びましょう」


 その柊の提案を若桐は、言葉に詰まりながらも、快く了承する。


「......えっ、あっ、はい。いいですよ、遊びましょう」


 そしてそんな若桐に対して、柊はさらに声色を優しくして、言葉を返す。


「......うれしいわ。じゃあ準備をするから、少しの間だけ、ホテルのロビーで待っていてくれるかしら?今の格好、少し出歩く程度にはいいけれど、流石に観光となったら、もう少しちゃんと準備がしたいから」


 その言葉は、字面だけなら、明らかに若桐に向いている。


 いや実際、字面だけでなくとも、その若桐の言葉に対して、無言で頷きながら、浴衣姿の女の子が、早々に部屋から出る、そんな光景からしても......


 そんな情景からしても、そのときの柊の台詞は、僕ではなくて、若桐に向けられているのは、たしかなことだった。


 しかしだからこそ......


 それ故にだからこそ......


 僕は柊の言葉の意味を、若桐が部屋を出た後に、部屋に予め置いてあった鋏を手に取った、そんな柊の行動の意味を、僕は早々に、理解することが出来たのだ。


 まったく......十代の女の子には、この光景は見せられないぜ......



 柊が若桐に言った通り、ほんの数十分ほどで、彼女は身支度を整えた。


 そして柊の方がその程度なら、僕に関してはもっと短い。


 まぁあまり、普段から洋服とかに興味を持っていないから、いつも無難な、同じ様な服装になってしまうからなんだけれど。


 しかし柊は、そんな僕とは違い、わざわざこの旅行のために、新しい洋服を準備していたらしい。


 だから僕の予想に反して、彼女が手にしていた鋏は、彼女が準備していた新品の洋服のタグを切り離すことに......


 あまりにも単純で、拍子抜けするほどに、普通の用途で使われた。


 そしてその光景を目にした後、着替えを終えた彼女から一言、僕は尋ねられたのだ。


「似合うかしら、Tシャツは普段買わないから、新しく買ってみたのだけれど、どう?」


 そう言いながら柊は、袖を通した新品のTシャツを、僕に見せる。


 ちなみに下は、さっきまでと同様、普通のデニムパンツだ。


 そしてそれになら、多分きっと、大概の洋服を合わせることが出来るのだろう。


 だから今彼女が着ている、白色の、胸元に小さなロゴがあるTシャツは、いつも彼女が着ている様な服よりもシンプルで、しかしそれでいて、女性らしさがたしかに残るような......


 いや、違うな......


 そう思いながら僕は、ただ単に感想を口にする。


「似合ってるよ、柊らしくて」


 そしてその僕の言葉に、柊は満足気な顔をして、素っ気ない言葉を返す。


「そう、ありがとう」


 もっとも僕は、柊のことを、まだほとんど理解できていない。


 だからきっと、柊らしさなど、本当の意味で知るはずがない。


 でもこれは、きっとそう思えたから、そんな風に感じたことはたしかなことだから、僕はそう口にしたのだ。


 そしてどうやらそれは、間違いではなかったようだった。



 身支度を済ませた僕と柊は、若桐が待っているロビーに向かう。


 こちらに気付いた若桐が、小さく手を振る。


 そしてその姿は、やはり単純に可憐で、しかしそれでいて、どこか浮世離れしている綺麗さがあって......


 なんだろう、目の前に居るのは、ただ浴衣を着ただけの、十代の小さな女の子の筈なのに、何故だかずっと、昨日から、僕は若桐に対しての違和感を、拭い切れていないのだ。


 そんな風に感じて、若桐のことを見ていると、隣に立っている柊が口にする。


「ねぇ荒木君。趣味嗜好は人それぞれではあるけれど、その対象に対して迷惑をかける様なことは......」


「言っておくぞ、僕はロリコンではない!!!」



 閑話休題


 僕に対してのあらぬ誤解を正すための言葉は、おそらく柊に対しては、あまり届いていない。


 ......っというよりも単に、聞く気がないのだろう。


 その証拠に僕は今、柊に言われるがまま、今日出掛けるための車に乗り込む時に、わざわざ後部座席に促されたのだ。


 まぁ柊にとってみれば、たとえ僕がロリコンだったとしても、そんなに問題ではないのだろう。


 その話題が死活問題となるのは、結局のところ僕なのだ。


 まったく......


 身体は体質的に不死身であろうと、精神的にも、そして社会的にも、僕は普通の人間とは変わらないというのに......


 そんな風に思いながら、そんな風に想いを馳せながら、僕は車窓から流れる景色を眺める。


「ふぅ......」


 そして眺めながら、大きく息を吐く。


「荒木さん、その......大丈夫ですか......」


 大きく吐いた僕の吐息に対して、隣に座る若桐が、こちらに心配そうな視線を向けて問い掛ける。


「あぁ、うん。大丈夫だよ......うっ......」


 そう言いながら、僕は自分が呼吸をすることに集中して、なるべく前を見ながら、下を向かない様にしながら、事をやり過ごす。


 しかしそんな僕に対して、が、嬉々として言葉を紡ぐ。


「あら、もしかして酔っちゃった?ごめんなさいね、まだそこまで慣れていないの」


 そう言いながら、明らかに声が明るい彼女に対して、僕は言葉を返す。


「いいから......運転に、集中して......」


 こうなることは、なんとなく予想できたことだった。


 柊が......


『今日はいっそのこと、少しだけ遠くに行きたいわね』と言い出して......


『どうせ昨日あの子と、目ぼしい観光地は、粗方行って来たのでしょう?』と紡いだ後に......


『それに私、この場所は家族で何度も遊びに来たから、目新しさがないのよ。だから荒木君、一番の目新しさのために、私は普段絶対にしない様なことをしようと思うの』と......


 そう締めくくって、僕にドヤ顔を見せながら、新しく手に入れた約三十万円の身分証を僕に見せながら......


 若葉マークのマグネット二枚と、いつの間に用意したのだろうか、見慣れない車とその鍵を僕に見せたあたりから......


 こうなることはなんとなく、予想できることだったのだ。


 運転席から柊が、僕に声を掛ける。


「それにしても荒木君、なんか意外ね」


「なにが......」


「体質的に、車酔いなんてしなさそうじゃない」


 そう言いながら、声色を少しだけ弾ませて、変わらずに山道走る彼女の姿は、後ろ姿だけでも、やはり少しだけ、いつもより楽しそうに見えたのだ。


 まぁ僕は、生き地獄の真っ最中なんだけれど......



「着いたわよ、荒木君」


「えっ......」


 柊の僕に対する呼び掛けが、さっきよりも明らかに近づいていたことや、ずっと揺れていた筈の周りが静かになっていることに、僕は違和感を感じながら、目を開けた。


「......っ」


 そう、目を開けたのだ。


 あまりにも普段と違うというか、普段よりも過酷な状況が続いたからか、もしくは単に、僕が元から、この体質になる以前から、乗り物というモノに対して、あまりにも耐性がなかったからなのか......


 柊に声を掛けられるまで、僕は自分が、後部座席で寝てしまっていたことに、気が付かなかった。


「僕、いつから寝てた......?」


 そう柊に尋ねながら、僕は車から降りる。


 そして僕のその問いに、既に車から降りている彼女は、言葉を返す。


「そんなに長くはないわよ、到着するほんの十数分前くらいかしら......声が聞こえなくなったと思ったら、目を瞑っていたわ。隣に薫ちゃんが居てよかったわね」


「そっか、なんかごめんな、運転任せてたのに......って、薫ちゃん?」


 そう訊き返しながら、僕は再び柊に視線を向ける。


 そして僕のその視線に対して、柊は少しだけ得意気な笑みを浮かべながら、言葉を返す。


「そうよ、薫ちゃん......若桐 薫ちゃん。かわいい子ね、話していて退屈しなかったわ......」


 そう柊が言ったタイミングで、そういえばどこかに行っていた、浴衣姿の少女が、柊の下の名前を呼びながら、こちらに向かって来る。


「小夜さ~ん、すみません。お手洗い人が混んでて......あっ、荒木さんも起きたんですね、大丈夫ですか?お水要ります?」


 そう言いながら若桐は、僕に対してペットボトルの水を差し出す。


 しかしその水を、横から奪い取る様にした後に、蓋を開けて一口飲み、少しの間を置いて、柊が言う。


「大丈夫よ。この男、見かけによらず丈夫だから。私が保証するわ」


 そう言いながら柊は、飲んだ水のペットボトルの蓋を閉めて、それを僕に渡しながら言う。


 そしてその動きのまま、いつの間にか到着していた、熱海から少し離れた、三島市にある、山の中の観光地の入り口に向けて、歩みを進めた。


 歩みを進める直前に、こちらを振り返らずに、入り口がある方向に向きながら、彼女は言う。


「じゃあ早速、行きましょうか」


 そしてその柊の言葉に、「はーい」と元気に返事をしながら、早足で若桐が後を追う。


 そんな二人を見ていて、少しだけの疎外感を感じながら、しかしどこか安堵してしまっている様な、そんな不思議な感覚を覚えて、僕もゆっくりと足を動かす。


 そして手元にあるペットボトルに目を向けて、やはり思うのだ。


 いやコレ、どうしろと......


 






 


 


 





 


 




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