第22話不死身青年と旅人童女の追憶Ⅳ
昼食もそこそこに、なんならそれなりに話をして、お互いの名前だとか、出身地とか、そういう自己紹介的な情報交換もそこそこに、どういう話の経緯だったか忘れたが......
どんな話をして、どういう流れでそうなったかは忘れたが......
僕と琴音と、そして浴衣姿の小さな女の子である、
今現在、熱海城に続くロープウェイに乗っている。
少しだけ気まずそうな笑みを浮かべながら、右隣に座る若桐は、僕に小声で語り掛ける。
「やっぱり、アレですね......他のお客さんも入ると、少し狭いですね......」
そしてその言葉に対して、僕も彼女と同じように、小声で返す。
「まぁでも、ロープウェイならこんなモノじゃないかな?特に観光地とかなら尚更......」
そう言い掛けた所で僕は言葉を切った。
いいや、そうじゃないか......
どちらかと言えば、『言葉を失った』という方が、適切な表現なのかもしれない。
なんせ、ロープウェイに乗っていることで、自分が思っているよりも近い距離に、若桐が座っていたのだ。
しかもその容姿は、ハッキリ言ってめっちゃカワイイ。
いいや、そうじゃないなぁ......
どちらかと言えば、『可憐』という方が、適切な表現なのかもしれない。
着ているモノが浴衣のせいなのか、もしくは彼女が、その容姿とは裏腹な、大人の様な柔らかさを携えた話し方をするからか、どこか現実味がない、浮世離れしたような、そんな不思議な感覚を、僕は彼女に覚えてしまう。
色んな意味で、まるで人形のような綺麗さを持ったこの女の子を、琴音は『ロリ』と評していたが、その言葉がそのまま当てはまるほど、彼女は幼くない様にも見える。
浮世離れした、現実味のない、人形のような女の子。
それはまるで、何かしらの物語に出てきそうな、そんな不思議な女の子だと、僕は静かに彼女を見ながら、そう考えていた。
そしてそんな、僕の静かな視線に気が付いた彼女は、少しだけ頬を赤らめながら、僕に語り掛ける。
「......あの、どうかしましたか?」
「......」
うん、カワイイ
なんか色々理屈っぽいことを考えていた気もするけれど、要するにこの 若桐 薫 という少女は、問答無用でカワイイのだ。
そんな風に、僕が心の中で結論付けていると、その声がまさか聞こえたのか、それとも僕の彼女に向けての視線に気が付いたのか、はたまた単純に、若桐の声に気が付いたのか......
もしくはそれら全てがあてはまっているかは知らないが......
僕の左隣に座っている琴音が、無言で僕の足を踏み抜いたのだ。
「痛って!何するんだ!」
「うるさいロリコン」
怪訝な表情と、声色を添えて......
『熱海ロープウェイに御乗車中のお客様に申し上げます。間もなく終点駅に到着しますので、降りる際は足元にご注意して下さい』
車内に流れるアナウンスの声が届いた数分後、ロープフェイは停車した。
『駅』という風にアナウンスでは言っていたが、そもそもこのロープウェイ、僕等が乗った始点の駅と、熱海城付近にある終点しか存在せず、どこか途中で下車出来る程、その始点と終点の距離が長いわけでもない。
時間で言えば、十五分程度だろうか......
だからまぁそこまでの長い時間、僕と琴音のやりとりが、他の乗客の注目を集めることがなかったのは、不幸中の幸いと言えるだろう。
そんな風に思いながら僕は、停留所に居た係員に促されるまま外に出て、振り返り、自分がロープウェイで乗って来た道のりを眺めた。
「へぇ......」
そこには、『とても雄大』という風には表現出来ないまでも、それなりに綺麗な情景が広がっていた。
天気が良かったことも、もしかしたら功を奏したのだろうか......
「......」
そんな風に考えながら、僕は数ヶ月前の自分を思い出す。
良好な筈だった天候に対して、『気持ち悪い』という風に感じていた自分を思い出す。
あれから、そこまで時間は経っていないし、そこまで大きな変化があったわけではないけれど......
相も変わらず、今も身体は不死身なままだけれど......
しかしそれでも、まだ自分が『綺麗だ』という風に思える景色があることに、しかもそれが、案外近い場所にあるということに、少しばかりの安堵を覚えたのだ。
そんな風に思いながら、その場に立ち尽くして景色を眺める僕に対して、気が付いた若桐が、軽く袖を引っ張りながら声を掛ける。
「あの......どうかしましたか......?」
「えっ......あっ、いや、綺麗だなって......そう思ってさ......」
そう言いながら僕は、若桐の方を少し見る。
そしてその僕の視線に反応するように、若桐も柔らかな声色で言葉を返す。
「......そうですね。今日は天気が良いので、遠くまでよく見えます」
そう言いながら若桐は、そのまま僕の袖を掴んだ状態で、同じ様に隣に立ち尽くす。
「......っ」
「......でも、あのお城の高台からは、もっといい景色が見えますよ?」
そう言いながら若桐は、僕が見ている景色とは反対の場所にある、熱海城の看板を指差す。
そして指差しながら、可憐な声で僕に言うのだ。
「早く行きましょう、荒木さん」
熱海城とは、静岡県熱海市の錦ヶ浦山頂にある観光施設であり、展望台からは市街地や南熱海を一望できる熱海市内有数の観光スポットとなっている。
しかしながら城郭は歴史的に実在したモノではなく、建設されたのは1959年(昭和34年頃)であり、海抜100mの位置に建てられた。
その構造は外観5重、内部9階の日本の城郭に見られる天守を模して造られた鉄筋コンクリート造建築であり、天守閣風建築物として知られている。
さらに春になると、208本の植えられた桜の木が花を咲かせ、3月下旬から4月上旬にかけては「熱海城桜まつり」が開催されるらしい。
かつては地下に温泉施設があり、隣接する離れは宿泊棟だったが、それらは共に閉鎖され、今では現役の展望台真下に、古い展望台がそのまま残っている作りとなっている。
ちなみに入場料は大人1000円、子供500円となっていて、それなりにリーズナブルな価格で観光ができる場所である。
以上、現代の便利な知識の巣窟であるインターネットの某サイトより......
「こうして改めて江戸時代の展示品を見るとさ、なんかすごいよな......」
なんとなく、誰に言うでもなく、僕はそう呟いた。
熱海城に展示されている、様々な江戸の文化を代表する展示品を、僕等はそれなりに時間を掛けて一通り見て回り、そしてその後は、熱海市の街を一望する事ができる展望台に来ていたのだ。
その景色を見ながら、さっきまで見ていた様々な展示品を思い出しながら、目の前に広がっている今の景色と比較するように、僕はそう口にした。
そしてその僕の言葉に対して、右隣に座る琴音が問い掛ける。
「すごいって、何が?」
「いや......だってさ、今では絶対に考えられない様なモノを扱って、昔の人達は生活をしていたんだろ?それって、今の僕達からしたら、絶対にあり得ないことで......」
紡いる最中の言葉に対して、琴音が当たり前を謳う様にして口にする。
「そりゃあ今と昔は何もかもが違うんだから、今の私達がそう感じるのは、仕方のないことなんじゃない?」
「いや、そうなんだけどさ......なんていうのかなぁ......たった数百年やそこらで、今では昔のそれを扱うことは、考えられない様な生活になったんだなって......なんかそう考えると、人が感じる物事に関しての速度って、途轍もなく速くて、刹那的なんだなって......そう思ってさ......」
そう言いながら、謳われた当たり前に対して僕はそう答えながら、琴音の方に視線を向ける。
けれどその言葉は、なんだか伝わり難い言い回しをしてしまったみたいで、琴音に対しては空回りしていることを、僕はなんとなく自覚していて......
そして案の定、琴音の表情は、僕が言いたいそれを理解している様には見えなかった。
けれど僕のその空回っている様な言葉を、左隣の少女はどうやら理解したらしく、微笑みながら言葉を紡ぐ。
「......人は自分達の暮らしを豊かにするために、いろいろな分野で努力をして、現代の様な生活を手に入れることが出来て、その努力がまだ1000年も経っていないなんて......そう考えると、たしかにすごいかもしれませんね」
そう言葉を紡ぎながら、彼女は僕の瞳の中の自分に、視線を合わせる。
「......っ」
「......荒木さん?」
「......あぁそうそう、僕もそう言いたかったんだ」
そう言いながら僕は、左隣の若桐から、慌てて視線を外す。
そして視線を外しながら、少しだけ考える。
「......っ」
なんだろう......この感じは......
僕が言いたかったそれを、琴音ではなく、若桐に伝わっていたことに......
見た目は十代そこそこである筈の少女に、そんなことが伝わってしまったことに対して僕は......
説明しようがない程の違和感を、異質な何かを、何故だか彼女に対して、ほんの少しだけ、感じたのだ。
そんな風に考えているところに、右隣の琴音から、服の袖を引っ張られる。
「誠、そろそろ出ないか?人も増えて来たことだし......さすがに少し飽きてきた......」
「お前......情緒ってモノをだなぁ......」
そう言い掛けた所で、琴音はあるモノを見つけて、足早に足湯から上がって足を拭き、靴を履いてそれに近づく。
彼女のその行動の速さに、一瞬何があったのか、琴音が何を見つけたのか、全くわからなかったけれど、彼女の後に、それを見てみれば、何てことはなかった。
そう、それは何の変哲もない、ただの看板だ。
『遊技場(ゲームセンター)は地下二階』
......っと、ただこう記してあるだけの......
その後は僕等三人、熱海城の地下にある遊戯場で散々遊びまくった。
ちなみに、ゲームセンターの様になっていたけそれらの中で、何故だか一番白熱したのは『卓球』である。
しかも、勝敗をつけるというよりも、ラリーが何回続くかということに白熱した僕と琴音は、百回を過ぎた辺りから、ほとんど本気の打ち合いとなり、その結果お互い、意味が分からない程に汗をかいて、その場に力尽きたのだ。
そして力尽きた琴音が、天を仰ぎながら言った。
「疲れた......何か......甘い物が......食べたい......」
その言葉を聞いた若桐が、少しだけ考えながら言葉を紡ぐ。
「甘い物ですか......それなら、熱海プリンとかですかね......お城を出て、少し歩いたところにお店はあるんですけれど......」
その若桐の言葉に今度は、疲れて死にかけの僕が、うつ伏せのまま言葉を返す。
「そっか......じゃあ、そこで......ちょっと休憩しようか......」
そう言いながら、流石に僕は思ったのだ。
お城を模した観光地で、僕等は一体、何をしているのだろうか......と......
「甘い物が食べたい」という琴音の台詞に対して、若桐が提案した『熱海プリン』が、ひたすらに遊戯を楽しんで疲れた身体を癒すという目的にも、旅行として訪れた熱海を堪能するという目的にも適している、謂わば最適解であるということを認識するのは、そう難しいことではなかった。
ただ単に糖分を補給するだけならば、近くに設置されている自販機なんかで、それほど高くないオレンジジュースを買って飲むだけでもいいのだろう。
しかし今僕たちは、この熱海という、横浜からそこまで遠くはないこの観光地にいるのだから......
そこまで遠くはなくとも、観光地なのだから......
それならやはり、その場所の名産や土産物的な何かを、言ってしまえば名物を、僕たちはこの旅行中は、目一杯楽しむべきなのだ。
っというわけで......
僕たちは散々遊んだ熱海城を後にして、その『熱海プリン』が売られているお店へ向かった。
熱海城から出て、まずは店を検索しようと、携帯電話の画面を明るくすると、そこには気持ち悪い程たくさんの不在着信の履歴と、今晩の宿の場所を知らせるメッセージが一通、画面に映し出された。
「......」
「誠?どうしたの?」
「いや......なんでもないよ......」
不在着信は、おそらく柊だろう......そしてメッセージの方は、たぶん相模さん......
なんだろう、明確な理由はないけれど、しかしこの携帯電話の画面の状況から、なんとなくこの後、僕はひどい目に逢う気がしてならなかった。
いや......ひどい目で済めばいいけれど、それ以上の、目も当てられないような状態になることも、もしかしたら覚悟しておく必要があるかもしれない。
そう思いながら僕は、もうその画面を見るのは怖いので、ただただ、恐怖以外の何者でもないので、静かにその画面を暗くした。
だからお店までの行き方は、ココの地元民である若桐に、道案内をしてもらうことになった......っと言ってもお店の場所は、ほんとうにそこまで離れておらず、言ってしまえば、熱海城からは目と鼻の先程度の距離だったので、道案内も何もなかったのだ。
ただまぁ、距離は近くにあろうとも、城の正面ではなく裏側の、見つけづらい場所に位置してあったのは確かだった。
そのせいだろうか......
その店に入る直前、僕は一言、何の気なしに口にする。
「熱海城からこんなに近くにあるのに、全然お客さんが居ないんだな......」
そしてその言葉に、浴衣姿の少女が言葉を返す。
「まぁ、死角にありますからねぇ......でも、美味しいんですよ、このお店」
お店の扉に、手をかけながら......
「ほんと、いい度胸しているわよね......」
そう言いながら柊は、僕等が泊まる宿の部屋で、腕を組み、足を組みながら、ソファーへと腰掛けて、宿に着くなり早々正座した僕に対して、まるで虫けらでも見る様な冷たい視線を向ける。
「......」
そしてその言葉と視線に対して、僕はただ下を向きながら、その冷たい彼女の視線には合わせない様にしながら、辻妻を合わせるべき言葉を、解答を、返答を、探していたのだ。
しかし彼女は、そんな僕の言葉を待つことなく、そのままさらに続ける。
「まったく......ただでさえ勝手がわからない場所で、着いて早々あんなことになったって言うのに......連絡を寄越すどころか、された連絡に対して返信すことも出来ないなんて......そんなに佐柳さんとの観光が楽しかったのかしらねぇ......」
そう言いながら僕のことをジッと見つめる彼女の視線に、とうとう耐え切れなくなった僕は、辻褄を合わせるための言葉よりも、先に謝罪を口にする。
「それに対しては本当に申し訳ないと思っている。でも......」
「でも?」
「......」
言い訳をする様な僕の口ぶりに対して放たれた、さらに冷たさと鋭さを増した彼女の声色に対して、恐怖心はたしかにあったけれど、しかしもう、ここまで言ってしまったら、ここまで行ってしまったら、正直に言ってしまった方がいい。
そう思いながら僕は、恐る恐る、口にする。
「......でも、あんな数の不在着信、流石に怖くて、なんて返信するべきなのかわからなくて......だから......」
「だから?」
「......だから、ほら、謝罪の気持ちも含めて、お土産を......」
そう言いながら、僕は指差した。
僕と柊から見て、少しばかり距離を置いたところに位置する、小さなテーブルの上に置いた、先程僕等が食した熱海プリンを、お持ち帰りで買って来たお土産を、僕は彼女に示したのだ。
しかし柊は、そんなお土産に視線は向けずに、代わりに少しだけ間を置いて、口を開く。
「まったく......こんな安い小細工で許されると思っているんだとしたら、私も随分と舐められたものね......」
「......」
「でもまぁ、そうね......荒木君の明日の行動次第では、許してあげなくもないかもしれないわ......もっとも、私のことを、ちゃんと楽しませてくれたらだけど......」
そう言いながら柊は立ち上がり、買って来たお土産の袋からプリンを一つ取り出して、残りは冷蔵庫へと入れる。
そしてそのタイミングで、大浴場から戻って来た琴音が、部屋の扉を開けて入って来る。
「はぁ~いいお湯だった~」
浴衣姿の琴音が、バスタオルで髪を拭きながら、未だに正座している僕を見て一言、口にする。
「なにしてんの......?」
ほんと......なにしてるんだろうね......
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