第21話不死身青年と旅人童女の追憶Ⅲ

 車に乗り合わせてから数時間と掛からない間に到着した、関東近県のリゾート地である静岡県熱海市は、相模さんの言う通り、遠過ぎず近過ぎない、言ってしまえば、程よく旅行気分を味わえる程度の距離に位置していた。


 もっともそれは、スタート地点が埼玉県や千葉県とかではなくて、神奈川県の横浜市だから言えることで、僕や琴音や柊が過ごしている大学の立地の良さが関係していると言っても、過言ではないのだ。


 それにこの場所を指定したのは、実は僕ではない。


 ここまでの経緯でなんとなく、察しの良い方なら気付くかもしれないが、あの夜、僕の携帯に着信を入れた相模さんに、僕は今日のことを、どこかいい所は無いかと、相談したのだ。


 そしてその結果が、今日のコレである。


 運転手付きの車を用意したことに関しては、あまり詳しく言及していなかったけれど、相模さん曰く、仕事のついでということらしい。


 まぁそれを聞かされたのは今日の出発当日で、それどころか出発する時間に、いきなりそう言われたわけだから、驚くというか、呆気に取られたという感じだったのだけれど......でもまぁ、それ以上に驚いたのは、やっぱりこの二人を会わせたことだ。


 そんな風に思いながら、僕は両隣の、やはりどこか険し目な雰囲気漂う彼女達に、視線を向ける。


「「なにか用?」」


「......いや、べつになんでもないです......」


 お前等、ほんとうは仲良しなんじゃないのか......?




 熱海駅周辺に到着後、車から降りた僕等四人は、相模さんが手配した車を見送った後、相模さんの案内で昼食を取ることになった。


 その道中、僕は未だに無言を決め込んでいる二人の雰囲気に耐えきれなくて、逃げ道として相模さんに話しかけた。


「......それにしても、相模さん」


「ん?なんだい?」


「どうして熱海だったんですか?」


「べつに、特に理由はないよ。強いて言うなら、僕が好きな町だからかな?」


 そう言いながらいつもと変わらずに、口元に笑みを浮かべる彼の表情に、僕は苦言を呈する。


「いや......相模さんがそう言うと、なんだかメチャクチャ嘘くさいです」


「ヒドイな~相変わらず。別に君等の旅行を邪魔する気なんてサラサラないから、安心しなよ」


「......その言い方だと、やっぱり何かあるんですか?」


 そう言いながら、僕は彼の方に視線を向けると、彼はこちらを見て小さく笑い、視線を逸らした。


 いや、逸らしたというよりも、移したという方が、もしかしたら適切なのかもしれない。


「......?」


 なぜなら相模さんが移した先の視線には、それを追う様に移した僕の視線の先には、見知らぬ筈の、しかしながら、なぜだか身に覚えのある様な雰囲気の人間が二人、こちらをジッと......


 人通りが多い筈なのに、それが気にならない程にジッと、こちらを見ていたのだ。



 人通りが多い、様々な店が立ち並ぶ、熱海駅前の平和通り商店街。


 駅前から歩けば下り坂で、海の方から歩いて来れば上り坂になるのが特徴的なこの場所で、わざわざその上り坂を歩いて来たのだろうか、それとも元からその場所に居たのだろうか、こちら側を、僕と琴音と柊と、そして相模さんをジッと見る、スーツ姿にサングラスの二人組が、限りなく、少なくとも普通とは言い難い雰囲気の二人組が、静かな歩幅でこちらに近づく。


 そしてその二人に向けて、相模さんはまるで軽口を叩く様にして、言葉を紡ぐ。


「まさかここまで出迎えてくれるとはねぇ......もう少しのんびりしてても良かったのに~」


「はっ?」


 そしてその、全てを把握している様な、掌握している様な相模さんのその言葉に、僕はつい反応する。


 しかしその僕の反応は、見るも無残に流されて、その代わりにその二人組のうちの一人が、スーツ姿にサングラスの細身の女性が、丁寧な、しかしその丁寧さの中に、強く通った芯がある様な声色で、返答する。


「そう吞気にコトを構えても居られないのは、あなたもご存じの筈でしょう?相模くん。もっと勤勉に仕事に向き合って頂かないと、困りますよ」


「そんなに困窮した状態でも無いでしょう。それに今は、まだ何も影響は出ていないし、もしかしたら今後も、何も影響はないかもしれない。それなら僕等は、いつもと変わらず、普段通りにしている方が得策では?」


 そう相模さんが言ったところで、今度は隣の、スーツ姿にサングラスの細身の男性が口を開く。


「そんな風に楽観的になっていいのは、少なくとも私達ではありませんよ、相模くん。私達のように組合に属する専門家は、異人である者達とそうでない者達の調整をしなくてはいけないのですから、常に意識は高く、深い注意力で行動する必要があります」


 そう言いながら、サングラス越しでもわかる程の鋭い眼差して僕達を見るその男に、相模さんは変わらずに、軽快な言葉遣いで返答する。


「フフッ......相変わらず、クソ真面目な双子だね~わかったわかった。じゃあ予定より早いけれど、ここからはまぁ、お仕事しようか」


 そう言い終えると相模さんは、僕の方に視線を向けて、そして何かの紙切れをポケットから出して、それを僕に手渡して、こう言った。


「いや~ほんと、悪いと思ってるよ」


「えっ......それって、どういう......」


 そんな風に、言いながらというよりも、言葉に詰まらせながら、手渡されたその紙に視線を落とす。


 そしてそこには、こんなことが記載されていたのだ。


~熱海旅行スケジュール~

 1日目:柊、相模(静岡支部でカウンセリング)

     荒木、佐柳(熱海観光)

 2日目:佐柳、相模(静岡支部でカウンセリング)

     荒木、柊(熱海観光)

 3日目:荒木、相模(静岡支部でカウンセリング)

     佐柳、柊(熱海観光)

 4日目:全員で観光→帰宅



 あまりにも馬鹿げた角度で曲折したこの展開を、一体誰が予想できただろうか......


 イヤ......けれど相手があの相模さんであるならば、こういうことになることは案外、容易に想像できた筈で、そもそもこの旅行自体に、相模さんの裏側に、『異人組合』なんていう、得体の知れない組織が絡んでいるのだから......


 ここに来るまでに乗っていた、あの運転手付きの車は、『仕事のついで』という彼のあの言動は、もうこれ以上ない程に、こうなることを示唆していた様なモノなのだから......


 だからまぁ、それに気付かずに、それにすら気付けづに、僕と琴音だけ、土地勘なんてあるわけがない様な旅先に、こんな風に置いて行かれてしまったのは、僕達が迂闊だったと、そう言うしかないのだ。


 そんな風に思いながら、とりあえずは歩きながら、商店街を抜けて、横断歩道を渡って、階段を登って、そうやって海辺を見渡せる様な所まで歩いて来たら、歩き疲れた拍子に、手摺に体重を預けながら......


 だらしなく、やはり愚痴を溢すのだ。


「あームカつく......完全に騙された......」


 そう言いながら、海辺を見渡せるその場所で不貞腐れながら、目の前に広がる海と砂浜に視線を落としていた。


 すると隣で、琴音が言う。


「まぁ、最初からこんなことだろうとは思ったよ。あの顔面詐欺の専門家が、ただ単に私等を旅行に連れて行くなんて、有り得ないでしょ......」


 そう言いながら琴音は、だらしなく手摺に体重を預ける僕の隣で、海とは反対の方を向いて、手摺に仰向けに、体重を預ける。


 そしてそんな風にしている彼女を、僕はただ、視線を移すようにして、景色を眺めている延長で、視界に入れる。


 そして視界に入れながら、僕は言葉を返す。


「......なんだよ、その言い方だとまるで、琴音は今回のコレを、最初から知っていた様に聞こえるけれど......」


 そう言いながら、相模さんに渡された例の紙切れを、僕はヒラヒラと、潮風に靡かせるようにして、彼女に見せる。


 そしてそんな紙切れを、彼女は乱暴に、奪う様に取りながら言葉を返す。


「いいや、全く知らなかったよ。でも少し考えてみれば、わかるでしょ?」


「えぇ~そうかな......」


「そうだよ。だってわざわざ、あんな運転手付きの車を用意して私達を送迎するなんていう手間と金、何かの目的なしに使うなんて、それこそおかしいでしょ?それに、あの子はたぶん知っていたよ」


「......あの子って......柊のことか?まぁたしかに、さっき連れて行かれる時、いつも通りというか、落ち着いていた様だったけれど......って、あれ?そうなると、まさかこうなることを予想できていなかったのって、ひょっとして僕だけになるのかな?」


 そう言いながら、僕は隣で佇む琴音に対して、顔を上げて視線を合わせる。


 すると何故だが、少しだけ口元を緩ませながら、彼女はそんな間抜けな僕に言うのだ。


「ひょっとしなくても、そうなるでしょ」


 そしてそんな彼女の、少しだけいつもより弾んだ声色を聞いて、僕は心の中で訂正する。


 迂闊だったのは、僕だけだったと......



 さて、ただ単に不貞腐れていても仕方がないし、なんなら結局、食べる筈だった昼食を食べ損ねて、特に何か考えがあるわけでもないままこうして、商店街を抜けて海辺の近くまで来てしまっているのだから、せめてここら辺で、昼食やら軽食やら、とにかく何かしら、食事を口にしたいのだけれど......


「......ここまで歩いて来ちゃうと、飲食店はあまりないんだな......」


 ロープウェイ乗り場の近くに食堂はあるけれど、それ以外は特に、コレといったお店は見受けられなくて、しかもその食堂は、この距離からでもわかる程に、多くの人で賑わっていた。


 昼時を少しばかり過ぎた時間、おそらく待つことになるのだろう。


「まぁでも......それでもいいか......」


 ここら辺よりも店が多くあるからと言って、今から商店街の方に戻っても、多分変わらず、すぐに食事は出来ないだろうし、それなら、どうせ待つなら、普段は見ない様な、海が見えるこの辺で順番を待つことも、そういう時間の潰し方も、悪くはない筈だ。


 そう思いながら、僕は身体に力を入れて、歩くために、だらけていた姿勢をちゃんとして、そしてその動きの流れのまま、隣に居る琴音の方を見る。


「......」


「......ん?」


「いや、『ん?』じゃなくて......はぁ......どこで買って来たんだ?」


「あそこ」


 そう言いながら彼女は、近くにあった露店を指差して、自分の手に持ったソフトクリームを、スプーンを使いながら口に運ぶ。


「なんで昼食まで待てないかなぁ......」


「だってお腹空いてたし、そしたら近くに露店があったからさ、誰でも買っちゃうでしょ?」


「普通お腹が空いたら、甘い物とかよりも、ご飯とかを食べるだろ......?」


「そんなの気分によりけりでしょ~私は今ソフトクリームが食べたいの~」


 そう言いながら彼女は、手元にあるソフトクリームをまた、もう一口、自分の口に運ぶ。


 まぁ彼女の場合、僕とは違って、ちゃんとあのコンビニでアルバイトをして、自分で働いて稼いだお金が手元にあるわけだから、それをどんな風に、どんな用途で使おうと、彼女の自由ではあるのだけれど......


 そんな風に考えながら、ため息を混ぜながら、食堂がある方に踵を返して、僕は歩き始める。


 すると琴音は、そんな僕の隣に並んで、歩きながら、スプーンで掬ったソフトクリームを、僕の口元に近付けて、何の気なしに言うのだ。


「食べる?」



 炎天下の昼過ぎにソフトクリームを食べるかどうかを尋ねられれば、甘い物や冷たい物が嫌いでないなら、自然とそれを受け入れることになるだろうけれど、しかしながらいかんせん、普段は体質的にあまり食欲を示さない僕も、今日は旅行ということもあってか珍しく、昼食を食べたいと思っている。


 だからまぁ、あいにく琴音の誘いには首を横に振って、僕はそのままの足取りで、ソフトクリームを食べながら歩く琴音と一緒に、目の前に見えている食堂を目指して、そこまで距離のない道のりを歩いていた。


 でもそんな道のりで、たった数十メートル程の距離の間で、僕の視線は食堂ではなくて、その食堂近くにある海の方に......


 もっと正確に言うならば、海沿いの船が並ぶ、浜辺とは違うコンクリートのその場所に、ただ立ち尽くして居る様にも、どこか遠くを見ている様にも見える、浴衣姿の小さな女の子の方に、僕は視線を移していたのだ。


 ......なんだろう、あの子?


 歩いていた筈の僕の足取りは、いつの間にか動作を止めていた。


「......おい、誠?」


 だってその子の姿は、その周りに居る筈の、他の十人十色の観光客達とはあまりにも、装い以前に何かが大きく違っているように僕には見えて......


「......どうしたんだよ、行かないの?」


 そんでもってただ一人、唯一無二といえる様な存在感を放っているその小さな女の子は、少しずつ、次第に歩みを、自分が見ている海の方に進めていて、それなのに全然、その女の子は足元を見る様な素振りはなくて......


 もう誰がどう見たって、浴衣姿のまま海に入ろうとしている様に、まるでそのまま、その海の深い所に行ってしまう様に見えたのだ。


 そしてそれを見て感じた、とてつもない程の嫌な予感は、僕の足取りをその方向に向かわせる。


「......えっ誠、どこ行くんだよ!?」


  冗談だろ、せっかくの旅行なのに......


 そう思いながら、その足取りを次第に早くして、しまいには最近していない様な速度で足を動かして、そしてその勢いのまま、普段は出さない様な声量で、その女の子がいる所に、不思議な程、誰も気が付いていないであろうその子の所に向かいながら、僕は叫ぶように言ったのだ。


「き、きみ!ちょっと、まったぁぁぁぁぁーーーーーーー!!!!」


 そしてそんな風に、普段はしない様なことをするモノだから、僕はその子の真ん前で盛大に、見るも無残に、すっ転んだのだ。



  僕の存在自体はもう既に、人間というモノから大きく逸脱しているわけで、だからそれに起因するような事柄を、今更ながら気にしてしまうのは、建設的では無いと思うけれど......


 ただまぁ......この年齢にもなって、あんな風に盛大に転倒するとは、僕は愚か、多分目の前に居る小さな女の子すらも、そんなことは予想していなくて......


「......」


 だからそれを見て、一拍を間を置いた後、結構本格的な声色で、その小さな女の子は、海辺に居るには不釣り合いな格好をしているその女の子は、心配しながら、覗き込むようにして、その言葉を僕に向ける。


「あっ......あの......大丈夫......ですか?」


 だから僕はとりあえず、身体はうつ伏せの状態そのままに、視線だけを彼女に向けて、顔だけを彼女の視線に合わせて、返しの言葉を、彼女に向ける。


「あぁ......うん、だいじょうぶ......ダイジョウブ......です」

 

 死にたくなるような気持ちを、押し殺して......


 

 時間経過(そこまで経っていないけれど......)


 年齢不相応に転がった僕と、そんな僕を見て現在進行形で笑っている琴音と、僕の盛大な転倒を目の当たりにした浴衣姿のその女の子は、とりあえず立ち話もアレだからという琴音のテキトウな発言で、目の前にある食堂に、三人ではいることになったのだ。


 一通り注文をした後、その着物姿の女の子は、申し訳なさそうに口にする。


「......あっ、あの......ほんとうに良いんでしょうか......?」


 そしてその言葉に、気さくな声色で琴音は返す。


「いいのいいの~最高に面白いモノを見れたからそのお礼だよ~」


 そう言いながら琴音は、嘲笑を含んだ瞳で僕を見る。


 まぁたしかに、大人と言っても遜色ない様な身体をしている奴が、あんな子供の様な転び方をすれば笑いたくもなるだろうけれど......


 そんな風に思いながら、琴音の視線を気にしない様にして、僕は言葉を返す。


「まぁ僕も、あんな風に転ぶとは思わなかったけれど......」


 そう言うと、そんな僕に気を遣ったのか、目の前の小さな女の子は、慰めを口にする。


「でっ......でもあんな派手に転んだのに、傷一つないなんて、不幸中の幸いですよ......」


 そう言いながら可愛らしく、彼女は僕に笑い掛ける。



 こんな風に、主に僕だけが最高に格好悪い、不相応を固めた様な出会いが、僕と彼女の......


 荒木 誠 と 若桐 薫わかぎり かおる との出会いである。


 一拍置いて、隣の琴音が僕に尋ねる。


 「ところで誠ってさ......もしかしてロリコン?」


 「ちがうよ!!!」




 

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