第20話不死身青年と旅人童女の追憶Ⅱ
不死身の異人に成り果ててから......イヤ、成り果てる前にも恐らくは、何度も目にした彼のこの表情と、同じように何度も耳にしたその声には、どこか予感めいた何かが携えられている様に、今日の僕には思えたのだ。
実際思い返してみれば、さっきまで思い出していた事柄の全てが起きる前に、僕は彼と会話して、そしてこういう場面が必ず......
僕が彼に対して何かを言って、そして彼はそれに対して、不敵な微笑を浮かべながら、余裕がある声色で言葉を返す、こんな場面が......
なんだかいつも、あったように思えるのだ。
まぁでも、おそらく相模さんは、他ではどうだか知らないけれど、少なくとも僕とは、普段からこんな感じで喋る様な人だから、これがそのフラグだと断定するには、あまりにも大雑把が過ぎるけれど......
けれどまぁ、やはり少しばかり、警戒をするに越したことはないのだろう。
そう思いながら、僕はなるべく平静を保ちながら、彼に言う。
「まぁ......それくらいのことはわかりますよ......望ましくはないけれど、僕は貴方と、それなりに深い付き合いをしていますからね......」
そう言いながら一口、自らが用意したコーヒーを口にする。
そしてその後に、ここまでのことをなかったことには出来ないけれど、まぁ幾分、区切りをつける様な口調で、そんな感じの声色を意識して、僕は再度彼に対して、静かに問い掛けた。
「それで......一体何の用なんですか?」
「まぁそう焦るなよ~怖いなぁ~ちゃんと言うからさぁ~」
そう言いながら彼は、自身のジーンズのポケットから、一枚の茶封筒を僕に見せて、それをテーブルの上に置く。
そしてその動作の延長で、コーヒーを手に取り口にする。
一口飲み終わった後、僕の方を見ながら、促す様に彼は言う。
「まぁ開けてみなよ。悪いモノではないからさ」
「......」
その彼の言葉に対しての信用度は、ハッキリ言って無いに等しいのだけれど、しかしそれでも、この人がわざわざ、こんなクソ暑い日中に僕のアパートにまで訪ねて来て渡したかった物が、その封筒の中にはあるわけで......
だから僕は、その封筒を丁寧に、わざわざその場を立って、机の上にある鋏を使って、慎重にその中身を取り出した。
そしてそこまでのことをして取り出した中身は......
「あの......なんですか......これ?」
明らかに学生が持つには不釣り合いな『黒いクレジットカード』だったのだ。
状況は一変......っという程でもないけれど、しかしそれでも些か、キナ臭いというか、胡散臭い方向に進みだしているように、僕には思えた。
なんせあの、胡散臭さが服を着て歩いている様な、琴音曰く『顔面詐欺』のおっさんのジーンズのポケットから出て来た一枚の茶封筒の中には、コード支払いが主流になりつつある現代では、学生は愚か、社会人ですら持っている人が少ないであろう、黒色のクレジットカードが現れたのだ。
そして現状、僕とそのおっさんの間には、そのカードが一枚、テーブルの上に鎮座している。
これは......
「......っ」
「......~」
何かを言うべきなのか......
「......」
「~~」
先程僕が尋ねたあとに、それに対する彼からの言葉としての返答は特にはなくて、代わりに彼は、また一口、コーヒーを口に運ぶ動作をするだけだった。
そしてそこから、互いに無言ではあるのに、心情的な余裕の差は明らかに、明白なまでの歴全的な何かが、明らかに異なるであろう何かが、僕と彼の中にはたしかにあって、そしてそれを口にしてしまうと、それ自体がもう、なんだか僕と彼の、謂わば実力差みたいな気がしてしまって......
けれどやはり......
「あっ、あの......」
「安心していいよ、そのカードは所謂、謝礼と言われる類のモノだから」
「はっ......?」
そう言いながら僕は、自分から再度切り出すタイミングで被せられた彼の言葉に、呆気に取られていた。
しかしそんな僕の反応とは裏腹に、彼はそのまま話を続ける。
「先日の殺人鬼騒動の件や、ゴールデンウィークの佐柳ちゃんの件、それらの異人関連の事象において、君は少なからずというかなんというか......巻き添えの様な形でこちら側に引っ張ってきてしまったからね......これはそれらの事に対する、異人組合本部からの謝礼と謝罪......まぁ、誠意ってヤツだよ」
「......いや、謝礼って......それなら普通現金とか、そういう、言ってしまえば限度がある様な、計り知れる様なモノにしませんか......?」
そう言いながら僕はもう一度、変わらずにテーブルの上に鎮座しているそのカードを、黒色のクレジットカードを見る。
こんな得体の知れない誠意など、恐怖以外の何者でもない。
やはりここは、キッパリとお断りするべきだ。
「あの、申し訳ないんですけれど......」
「あぁちなみに、そのカードに繋がっている銀行口座は、異人組合本部の経費がたんまり入った口座だから、君が四年間一人暮らしで生活するだけの資金は賄えるよ。よかったね、荒木君。これで君の大学生活、少なくとも四年間は、お金を気にすることはなくなったよ?」
そんな風に、わざとらしく被せる様に言い出した相模さんのその言葉は、僕が言い掛けた言葉を遮るどころか、違うモノに変えてしまう。
「......少しだけ、考えさせて下さい」
そんな風に言いながら、僕は思う。
『使わせて頂きます』と言わなかっただけ、まだマシである......と......
時間経過......
計り知れない程の気持ち悪さを携えている謝礼を持って来たあの専門家は、「まぁ使うかどうかは君次第だから」という言葉を言い残して、僕の部屋を後にした。
そしてそこから数時間後の現在、時刻は 二十一時五十七分
暇つぶし目的で僕に電話をして来た柊に、今日の出来事を一通り、相談というか、雑談の話題にしているところである。
「でも荒木君、結局それを受け取ったのよね?」
「......まぁ......うん」
「それなら結局、相模さんが持って来たその得体の知れない誠意を、貴方は受け入れたことになるんじゃないかしら?」
「......でもクレジットカードなら、使わない限りはただのカードだろ?」
「そんなこと、貴方が本当に出来ると思う?」
電話越しに言い放つ柊のそんな声色は、出会った時と比べれば、多少柔らかくはなったけれど、しかしそれでも、やはり幾分、冷徹に似た彼女の物言いは、相変わらずのそれだった。
「......」
そしてその彼女の言葉に対して、結局のところ僕は、ぐぅの音も出やしないのだ。
けれどそんな僕の代わりに、電話越しの彼女は意外なことを口にする。
「......まぁ、私だってそんなこと、出来やしないんだろうけれどね......」
「えっ、そうなのか......てっきり柊なら、そんな物使わないって、言い張るかと思ったけれど......」
「そんなこと言わないわよ。私だってお金は欲しいし、それを自由に使えるならそうしたいわ......でも......」
「でも......?」
「......何をするのにも、今はお金がかかるじゃない。もっとも、一人暮らしをしている荒木君の方が、そういうことを色々と、知っているのでしょうけれどね......」
そう言って、その後は「じゃあもう寝るわね、おやすみ」と言い残して、彼女は電話を切った。
ほんとうに何も用はなく、ただの暇つぶしが目的で、僕なんかに電話をして来たのだろう。
そしてそれに付き合わされた僕は、聞こえる電話からの無機質な音を聞いた後、自分の耳元から携帯を外す。
そしてその後は特に何もすることは無いし、なんなら後は寝るだけだから、部屋の明かりを消して、そのまま自分の寝具に身体を埋める。
おっと......そうだった......
猛暑が続く夏だから、流石に寝る時も冷房は点けている。
もちろん寝ている間に切れる様に、ちゃんとタイマーを三時間に設定している。
一晩中点けていたい気持ちはあるけれど、電気代もバカにはならない。
なんせ、さっき柊も言っていた様に、今は何をするにしても、なんならただ生きているだけでも、金は掛かるのだから......
「だったらバイトでもすればいいじゃん。どうせ夏休みは暇してるんでしょ?」
そう言いながら琴音は、僕の方をジッと見る。
だから僕も、相対するように座る彼女の方を見て言う。
「まぁ暇と言えば暇だな......そうじゃなかったら、わざわざお前と横浜の、抹茶が売りのカフェに来て、こんな風に雑談なんてしていないだろうし......」
「そういう言い方をするかね。いいだろ別に、美味しいんだから~」
そう言いながら琴音は、自分が注文した抹茶フローズンを口にする。
そして僕は、自分が注文した抹茶ラテを口にして、十分に味わってから言葉を返す。
「いやまぁ、たしかに美味しいよ」
そう言いながら、その後の言葉に少しだけ迷っている僕の事は露ほどもら知らないで、彼女は僕に嬉々として言葉を返す。
「それなら良かったよ~、一人でこういう所に来ても、なんだか味気ないだけだしさぁ~」
そう言いながら、徐に視線を外す彼女の仕草を、なんだか随分と久しぶりに見た気がした僕は、手に持ったまの抹茶ラテを机に置いて、そんな仕草をしている琴音に問い掛ける。
「お前、僕以外に友達いないのか?」
「いないよ......っていうか、アンタも友達じゃない」
「えっ、それは......普通に傷つくけれど......」
「私のこと、傷者にしたのはお前だろ?」
「琴音さん、その言い方だと誤解を生みかねないからね、やめようね」
「私のこと、傷付けたのはお前だろ?」
「......はい、その節は大変失礼致しました」
そう言いながら、僕は頭を下げる。
心無しか、周囲から少しだけ注目されている気もするけれど......
けれどまぁ、どんな風に言い訳をしたとしても、どんな風に言葉を転がしたとしても、僕が彼女にしてしまった、あの時してしまった事はもう、取り返しがつかない形になって、今の彼女の中に、なんなら僕の中にも、残ってしまっているわけだから......
変わらずに、形を変えて残ってしまっているわけだから......
だからこの時の僕は、ただ上辺だけの言葉だとしても、謝罪を口にする以外の選択肢はないのだろう。
そしてそんな僕を見て、少しだけを間を置いて、琴音は言う。
「まぁ......それはいいや」
「えっ、いいの?」
「いや、よくはないけれど......でももうどうしょうもないでしょ?あれからずっと変わらずに、今もこんな状態で......まぁだから、この抹茶も美味しく感じるわけなんだけれど......」
そう言いながら彼女は残っていた一口分の抹茶を口にする。
そしてそれを見て、僕も自分の抹茶に口付ける。
しかしそんな僕を見て、彼女は徐に言うのだ。
「やっぱり、まだ不安は感じるよ......」
横浜のオシャレなカフェから帰宅して、部屋の冷房を点けて、そのままの勢いで寝具に顔を埋めながら、僕は少しだけ考える。
どうやら、出会った当初僕に対して、友達が居ないことを無意識に言及していた彼女には、現在僕以外に、友人に近しい者は居ないらしい。
まぁでも、考えてみればそれもそうか。
なんせその頃の彼女は、まだ完全な吸血鬼の異人で、しかもそれ故に、必要以上に『人間』との接触を避けていたのだから......
しかしそれも、おかしな話だと、今になってそう思う。
だってそれなら、普通大学へ進学しようなんて、不特定多数の、様々な人間が数多く在籍する様な場所に所属しようなんて、そんな馬鹿げたこと、あの琴音が考えるとは思えない。
「もしかしたら、何か理由があるのかな......」
そんなことを独り言で呟いて、特に何か目的があるわけでもないけれど、なんとなく携帯電話の電源を入れる。
そして特に意味はなく、いつもの様に動画サイトのアイコンをタップして、幾つか面白そうな動画を見てから、今日はもう寝てしまおうと、今の僕はそんな風に考えているのだ。
シャワーは......まぁ明日の朝とかで良いだろう。
一人暮らしになると、この部分は本当にテキトウになるのだが、僕の元々の性格からして、それは弊害というよりも、むしろ利点になっている。
自分の好きな時に、好きなことが出来る。
もちろんそれに対しての責任は、それに対しての対価は、等価的に自分に圧し掛かるけれど、しかしそれでも、やはりこの年齢となれば、僕も自由というモノが輝かしく見えるのだ。
けれど今の僕は、相模さんに管理されながら生きているから......
管理されて、不安定な状態で生きているから、だからそれも、ハッキリ言ってしまえば矛盾だらけだと、そういうことになるのだけれど......
「でもまぁ、もう仕方がないことなんだよな......」
そんな風に呟きながら、携帯をテキトウにスクロールさせた所で、不覚にも指が当たって、思いの外タップしてしまった動画が、携帯電話の画面に開かれる。
「......」
その動画の内容は、仲のいい大学生達が、様々な場所を旅行するという内容の動画で、別にそれを、作品として面白いとは思わなかったけれど......
でも何故か、それを見て僕は、不意に口から出ていたのだ。
「......いいなぁ」
その瞬間、見覚えのある番号から、携帯電話に着信が入った。
いや、もうこれじゃあホラーだよ......
ホラー映画の様なあの着信から数日後......
相変わらずの茹だるような暑さは全く変わらないけれど、それは最早、この季節限定のモノだと諦めて、むしろそれすらも楽しめる様にするために、あの着信の電話で僕は、掛けて来た人物に提案したのだ。
もっとも、その人物が専門家
僕のことを専門的に管理している彼が、あんな見計らった様なタイミングで、気持ち悪いタイミングで着信を入れたことは、言うまでもないけれど......しかしそれでも、いくらなんでも、こんな状況になることを、僕は予想していなかったのだ。
前回のことがあってまだ日も浅いから、専門家であるところの相模さんが同行することは、否が応でも想像できた。
そしてそうなると、僕と対を成すようにして、同じように不安定な存在であるところの琴音を連れていくことも......前回のことがあるから、保護観察的な意味合いで、柊を連れて行くことも、僕にはなんとなく、想像というか、予想できたのだ。
しかしながら、その両方が同時に同行することは、それだけは流石の相模さんもしないだろうと思ったのに......それくらいの配慮はしてくれると、そんな風に期待したのに......
やりやがったなぁ、相模さん......
そんな風に思いながら僕が、彼が座る前方の席を睨みつける様にしていると、僕の左隣に座る柊は、外の眩しさに瞳を細めながら言う。
「それにしても、意外と遠いのね......熱海って」
そしてその言葉を聞いてか、僕の右隣に座る琴音は、外の眩しさを嫌う様にして、車の中でありながら、被ってきた帽子を深く被り直しながら言う。
「まぁでも、思っていたよりは近いけれど......熱海」
そんな風に僕の両隣に座る、些か仲が良いとは言い難い様な雰囲気を醸し出す二人に挟まれた僕は、ただただ無言のままに思うのだ。
「......」
頼む、誰か助けてくれ......
そんな僕の気持ちを知ってか、助手席に座る相模さんは、こちらを振り返りながら、年不相応な表情で、いつも通りに口元に余裕を浮かべながら言う。
「遠過ぎず近過ぎない、リゾート地にしては丁度いい所にあるんだよ、熱海って......」
そしてそんな言葉を聞いて、この瞬間まだ声を発していない僕は、自分でもわかる程に引きつった表情で言うのだ。
「はぁ......そうですか......」
あぁほら......やっぱり引きつっている......
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